第22話 飛ぶ者(フライ)
「持っててくれ」
エルさんが放ったマントを、慌ててキャッチする。
身軽な服装になったエルさんは、手慣れた感じで髪をひとつにしばると、首を回して、手足を伸ばした。
「始めるぞ」
仁王立ちして岩壁に向かったエルさんは、肘を曲げて両腕を胸の高さまで持ち上げる。左手を開き、右手で握り拳を作っていた。
それを、パチンと合わせる。
「
一瞬ぼんっとスモークのようなものがエルさんを包んで、その場所からエルさんが消えた。
その代わりのように、人の頭よりは少し大きく、海のように青い鳥がばっさばっさと羽音をさせながら滑空している。
「本当に鳥になった……」
死者が蘇るという経験をしてもなお、なかなか信じられない光景だ。
「これが、
作戦はこうだ。
エルさんが
『
『わかった』
そんなやり取りも、僕はただ聞いているだけ……。
なにか2人を手伝いたいけど、下手に動いて邪魔してしまってはいけないので、なるべく端っこの方で見守ることにする。
「うわあっ!」
僕の心配を
「
「キィッ」
頭上にいる
びっ、くりしたあ……。
わずかな間にずっと遠くへ行ってしまった
どこからどう見ても鳥だ。
◇
「エルさん、遅いね」
「そうだね」
エルさんが飛び立ってしばらく経ったが、何の音沙汰もない。
セイは少しの変化も見逃さないとばかりに、じっと先を見据えている。
『ここで、ひとつ問題がある』
作戦を話し合った時の、エルさんの言葉を思い出す。
『問題、ですか?』
『わからないか?』
考える。エルさんの計画に問題があるとしたら……。
『……距離、ですか?』
『正解だ』
エルさんが褒めるように僕の頭にぽんっと手を置いた。
エルさんは、僕のこと10歳くらいの子どもだと思っているのではなかろうか。まあ、そう思われるのも仕方ないんだけど……。
エルさんは僕よりも背が高いし、女性ながらに目に見えてわかるほど筋肉のついた体つきをしている。僕なんて一ひねりだろう。
年齢は直接聞いていないが、ジャックさんの話の中で、エルさんとリリアンヌさんが20年来の友人だったと言っていたので、30歳は超えているのだろう。
10歳も離れていたら子ども扱いされるのも納得だ。うん、断じて僕が貧弱だからじゃない……。
『お前がネオを追いかけていった時に、ある程度の距離は離れても大丈夫だということはわかった』
ネオを追いかけていった時、とは、エルさんを蘇らせたあの日のことだろう。
確かに、あの時は何も考えずにネオを追いかけていってしまったけど、宿屋にいたセイとエルさんには特に何も起こらなかった。
『あの時の距離は大体、300mくらいだったから、そのくらいは大丈夫ってこと』
さすがセイ。盗み聞きのみならず、抜かりなく距離まで測っていたらしい。
『半径300mであれば、なんとかなるだろうが……』
エルさんの視線の先を辿る。
あの頂上付近まで、さすがに300mもないはずだ。でも、鳥を追っていたら、300mなんて範囲は簡単に超えてしまいそうでもある。
『もしも私が、日が暮れても戻らなかったら、制限距離を超えて消滅したのだと判断しろ』
『消滅……』
その言葉に一気に不安がこみ上げる。
そんな僕の考えを呼んだように、エルさんが付け足した。
『何にしろ、制限距離は知る必要があるし、お前の話だと、また蘇らせることもできるのだろう?』
そういえば、そうだった。
魔女曰く、一度壊れてしまっても、未練が晴れない限りは同様の工程を踏めば再び蘇らせることができるのだという。
『……わかりました。でも、無茶はしないでくださいね』
『お前はおかしな奴だな。私はもう死んでいるんだぞ』
そう言ったエルさんは笑っていた。
「もしかして、本当に消えちゃったのかな……」
「そうかもね」
「……またあの儀式をして、もしも蘇らなかったら、どうしよう」
考えると不安になってくる。エルさんが加入してまだそんなに時間は経っていないが、彼女のリーダーシップは凄まじく、いつも話を進めてくれるし、何よりも頼もしい。ディノ・スチュワートについても詳しいし、いなくなってしまったら大打撃だ。
「それ以前に、手がかりがないよね」
「あっ……」
セイがさらりと放った言葉で、思考が止まった。
「そうじゃん!!!」
そうだ! 手がかりがない!
エルさんを蘇らせた時に使った万年筆は、捨てられていたのを拾ったものだと言っていた。ネオが他に何か持っているとも思えない。そうなると……。
「もしエルさんが消えちゃったら、ミルドランドに戻って手がかりを探さなきゃいけないってことだよね!?」
「そうなるね」
ミルドランドへ行くには、旅費も時間もかかる。そうなると、クランの申請をしなきゃいけない期限までにエルさんを再び蘇らせることは不可能……。
「気づいてたなら言ってくれても……」
せめてエルさんが飛び立つ前に言ってくれれば、もうちょっと慎重に話し合ったのに。
「エルがいなくても、私がいる」
いかにもセイらしい答えに、これ以上何を言っても仕方がない気がして頷く。
「そうだね……」
セイは頼もしいけど……エルさん、どうか無事で戻ってきてください!
そう祈った時。
キィィィィイッ!
「うえっ!?」
どこからともなく、甲高い鳴き声が響いた。
これは……エルさん!?
「
セイの瞳が水色に変わる。
「見つけた……
微弱な風が吹き始めて、「気持ちいいなあ」なんて思っていたら……。
ヒュゥォォォオオオッ!
どんどん勢いが強まっていき、ついには踏ん張らないと立っていられないまでになる。
風が強すぎて目を開けていられないっ……!
「セイ! 大丈夫!?」
風の音に負けないように叫ぶと「大丈夫!」と返ってくる。
キィィィィッ!
ぐっと足に力を入れて吹き飛ばされないように耐えていると、ややして、すぐ近くから鳥の鳴き声が聞こえた。
と思うと、風がぱたりと止む。
一体、何が……。
そっと目を開けると。
「セイ、やってくれたな……」
「エルさんっ!」
エルさんが地面に座り込んでいた。
しかし、その姿は数時間前のものとはうって変わって、服はボロボロ、露出している手足や顔にはいくつもの擦り傷が……。
「大丈夫ですか!?」
「ああ、大したことはない」
エルさんは立ち上がると、ポンポンと服を叩いた。目に見えるほどの埃が舞う。
「何が起こったんですか?」
「さあ、
エルさんの視線の先には、力なく倒れている一羽の鳥がいた。
エルさんと同様、傷だらけだ。気絶しているらしく、起き上がる気配はない。
どうやら、
「一度死んでいても、痛みは感じるようだ」
エルさんは血の滲む頬の傷を拭うと、興味深げにそう呟いた。
痛そう……。
「それにしても、もっといい方法があったんじゃないか」
エルさんが呆れたようにセイに目を向けると、セイはなんてことないように返した。
「これが一番手っ取り早かった」
どうやら、セイがエルさんと神隠鳥のいた場所に竜巻を作って、こちらまで運んだらしい。
そんなこと、僕なら思いつきもしない。やっぱりセイはすごい。
「私じゃなかったら、こんなんで済んでないぞ」
むしろ竜巻に巻き込まれたのにかすり傷程度で済むなんて、エルさんはよっぽど丈夫なんだろう。丈夫で片付けていいのかわからないけど……。
「相手は見る」
「そうか、ならいい」
エルさんはさらりとそう言うと、
「さっさと血を抜くぞ。鮮度が重要だからな」
この2人に狙われてしまった鳥の不運に同情しながら、僕は鞄の中から血液採取セットを取り出したのだった。
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