第37話 赤竜の縄張り

「エルさん、ディエゴ・デトロイトを殺したのは、ディノ・スチュワートで間違いないんですか?」


 エルさんは生前、ディエゴが殺害されたイーチェンにまで行ってその件を調査している。そして、ディエゴの件も含めた一連の事件はディノ・スチュワートの犯行だと結論づけた。


「ああ。証拠はないが、間違いないだろうな。ディエゴが殺された時、周囲にはかなり人がいたらしい。ディエゴは大柄で、でかい槍を背負っているし、有名人だ。相当目立っていただろう。それなのに、誰も犯人の姿を見ていなかった」


「誰も……」

 セイの時と全く状況が同じだ。路上で刺されたのに、目撃者はなし。


「セイの言う通り、ディノ・スチュワートがそういうスキルの持ち主なら、すべて納得がいく」


 ディノ・スチュワートについての最大の謎が、ユニークスキルだった。


 セイを殺したのは、『勝者のクランウィナー』のディノ・スチュワートだった。それは間違いない。

 そして、彼と生前接触していたセイは、彼のユニークスキルは『隠れる者アサシン』だと言っている。

 これに関しては、自分でそう言ってたらしい。スキルの内容を実際に事細かに聞いたわけではないらしいが、殺された時の状況から『気配を消すことができる』スキルだったとセイは推測している。確かに、そうだとしたら一連の暗殺事件の説明がつく。


 しかし、ディノ・スチュワートはユニークスキル『無傷の者アンハート』の持ち主として知られているし、そう自称している。

 あれから僕もいろいろ調べてみた。

 金銭目的や、やっかみで狙われることも多かったらしいが、ディノ・スチュワートは一度も怪我を負っていない。攻撃しても弾かれるそうだ。目撃者も多い。


 うーん、わからない。ユニークスキルを2つ持ってることなんてあるのだろうか。それか、どちらかが嘘なのか、その2つの力を包括したユニークスキルを持っているとも考えられる。


「わっ!」

 前を歩いていたエルさんが立ち止まったようで、ぼーっと考え込んでいた僕は、エルさんが背負っていた木像にぶつかる。


「すみません!」

「着いたようだぞ」

 エルさんの言葉に、視線の先を追う。


 鬱蒼とした獣道を歩いていたはずが、急に開けた場所に出た。奥の方には、大きな洞窟がぽっかりと口を開けている。

 大きいのに、中は真っ暗で、目を懲らしてもまったく先が見えない。不気味だ。きっとあれが、赤竜レッドドラゴンの住処、炎の洞窟。


 洞窟の前の方には、ぽつんと何かが建っている。先が尖った形状で、上の方には紫が見える。


 もしかして、あれが祠? 

 バンダナ、紫って言ってたし……結構洞窟に近くない?


「途中から土が赤いな。おそらくあれより先が、赤竜レッドドラゴンの縄張りだろう」


 確かに、洞窟に近い場所の土が赤くなっている。なるほど、わかりやすい。


 ……って、祠の位置、もろ縄張りじゃん。


【竜の縄張りに触れるな】


 それは、冒険者マニュアルにも書いてあるくらいの常識だ。竜にとって、縄張りは自分の体のようなものらしく、縄張り内で何かがあるとすぐに気づくのだという。


「作戦1は無理だな」

「そうですね」


 作戦1。祠が縄張り外にあれば、ディエゴを先に蘇らせてから、赤竜レッドドラゴンと対峙する。


 これが1番良かったんだけど……。


 今ここで、セイが魔法であのバンダナをとったとしても、すぐに赤竜レッドドラゴンに気づかれて、3人まとめて狙われる。


「作戦2だな」

「エルさん、大丈夫ですか?」

「上手くやってやるさ」

 エルさんは僕達を安心させるように口角を上げると、髪をひとつに結んだ。


 作戦2。エルさんが囮になって赤竜レッドドラゴンを引きつけている間に、セイが遠距離魔法でバンダナをとる。セイがエルさんに加勢している間に、僕がディエゴを蘇らせる。


「説明したけど、私は3カ所同時に魔法は使えない。バンダナをとるまでは、1人で持ちこたえてほしい」

「ああ、任せろ」


 ユニークスキルは、万能ではない。エルさんは、鳥になるためにエネルギーが必要だし、僕は自分では魔力をコントロールできないという制約がある。セイの場合、魔法を使うには場所の座標を指定しなければならないが、その座標の指定は同時に2カ所までしかできない。


 つまり、今回の場合、僕に結界を張って守りながら、別の場所のバンダナを取るので精一杯で、エルさんの加勢はできないというものだった。


「じゃあ、これ置いとくからな」

 エルさんは、ディエゴ風の木像を背中から下ろすと、ばさりとマントを脱いだ。


「準備は良いか?」

「うん」


鳥化チェンジ

 洞窟の口を見据えたエルさんが、左手を開き、右手の拳をパチンと合わせた。


 ぼふん、と煙が立ったかと思うと、羽を広げた鳥が飛び立つ。


 あれは、神隠鳥インビジブル・バード。なるほど、速度で勝負するらしい。


「エルさん、無理はしないでください!」

 離れていくエルさんに声をかけると、答えるように「キィッ」と鳴いた。


 

 エルさんが赤土の範囲内に入ってわずか3秒後のことだった。


 ミシッ ミシッ


 静かに、大地が揺れた。


 すぐにわかった。これは、赤竜レッドドラゴンの足音だと。


 洞窟の真っ黒い口の中に、よりいっそう暗い影が見えたかと思うと、きらりと琥珀色の双眼が光った。


「……っ!」

 声が出そうになって、慌てて口を塞ぐ。


 ゆっくりと姿を現わしたのは、巨体の竜。体を覆う鱗は燃えるように赤く、口には大きく鋭い牙。


 あんなのに人間が敵うわけがない。


 そう思わずにはいられなかった。


 赤竜レッドドラゴンは、赤土の上空で滑空するエルさんを見据えていた。まだ僕達には気づいていない。


 竜は聡明な魔物だ。上位腫には人間の言葉を操れる個体もいるのだという。


 その中でも赤竜レッドドラゴンは、好戦的であることで有名だった。それ故に攻略しやすいとも言われているが、前提としてかなりの火力が必要なことは言うまでもない。


「ギャアアアアアアアオッ」

 赤竜レッドドラゴンが口を大きく開けて、火を吹いた。


 エルさんは危なげなく躱すと、挑発するように赤竜レッドドラゴンの近くを飛んでみせる。


「ガアッ」

 苛立った様子だが、すばしっこいエルさんを捉えることは難しいようだった。


「セイ、今のうちに」

「うん」

 僕が言うまでもなかったようで、セイはじっと祠を見つめていた。その瞳はきっと水色に光っているのだろう。


「あのバンダナ、祠にキツく結ばれてる」

「えっ」

「ちょっと時間かかるか」

 その時、熱風が強く吹いた。反射的に視線を移すと……。


「エルさん!」


 エルさんが赤土の上に落ちていた。どうやら、逃げ続けるエルさんに業を煮やした赤竜レッドドラゴンが、広範囲に熱風を放ったようだった。

 エルさんはもろに食らったのだろう。


 立ち上がろうとした僕を、セイが止める。


「姿が戻っていないから、意識はある」

 エルさんの話によると、鳥になっている時に意識をなくすと、人間の姿に戻ってしまうらしい。


 セイの言うとおり、エルさんはすぐに体を起こした。

 しかし、その隙を赤竜レッドドラゴンが見逃すわけもなく……。


 「ギャアアアアッ」


 咆哮が響き、渦を巻いた炎の柱が一直線にエルさんに向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る