第38話 火力が足りない

「エルさん!!」

水壁スイゴウ・ペタ


 ジュウッ


 間一髪。

 セイがエルさんの前に張った水壁が、炎を食い止める。

 よかった、と思ったのも束の間。


 第三者がいると悟った赤竜レッドドラゴンがぐるりと首を回して、僕達を視界に捉えた。


「見つかった」

 チッとセイが舌打ちをして、赤竜レッドドラゴンを睨み付ける。


 エルさんを守れたのはよかったけど、僕達の存在が知られてしまった。


「セイっ! 作戦3だ!!」

 人間の姿に戻ったエルさんが叫んだ。


 作戦3。作戦1、2が上手くいかなかった場合、当初考えていた通り、エルさんとセイの2人で赤竜レッドドラゴンを討伐する。



「リュウは、できるだけ離れたところに逃げて」


 セイはそれだけ言うと、赤竜レッドドラゴンの注意を引きつけるように赤土に向かって走り出した。


 赤竜レッドドラゴンが吹き散らす炎を、セイが水壁で無効化していく。


 苛立った赤竜レッドドラゴンは、標的を完全にセイに切り替えたようだった。


 その間に、エルさんは腰に差していた剣を引き抜いて、単身で竜の腹に向かって走って行く。


 作戦3では、セイが赤竜レッドドラゴンの気を引きつけてエルさんも守りつつ、エルさんが攻撃するという役割分担だった。それは上手くいってる。でも……。


 エルさんの刃が弾き返される。もう一度突き刺そうとするが、赤竜レッドドラゴンの翼がエルさんを払った。


 ……どうしても、火力が足りない。


 エルさんは強いが、エルさんの攻撃では赤竜レッドドラゴンに致命傷を与えるのは難しい。


 セイがエルさんに向かっている攻撃を弾いているため致命傷は受けずに済んでいるが、このままじゃ消耗戦で、負ける。


 やっぱり、僕達にはディエゴ・デトロイトが必要だ。


 セイは今、赤竜レッドドラゴンへの攻撃と、エルさんの守備で、2カ所同時に魔法を使っている。なので、これ以上別の場所で魔法を発動することはできず、バンダナをとることも、僕を守ることもできない。


 僕の安全を第一に考えて、セイは僕にここから離れるようにと言った。 


 ……でも、僕がディエゴを蘇らすことができれば、勝てる。


 それに仮に、ここでセイとエルさんを失ったら、蘇らせるのに必要な手がかりがないため、一旦1人でクランハウスに帰ることになる。そうすれば、期間内の任務達成は不可能。


 クラン上会リミテッドの足がかりになるどころか、『実力以上の任務を引き受けて失敗したクラン』という不名誉なレッテルが貼られてしまう。この依頼内容は王家にも関わってくるし、僕達の目的のためには、逃すわけにはいかない。


 ほんと、よく考えるととんでもない依頼受けちゃったよね……。


 2人を失わずに、赤竜レッドドラゴンを倒す方法は、これしかない。


 ディエゴ風の像を抱えて、立ち上がる。

 すうっと息を吸い込むと、2人に聞こえるように叫んだ。


「セイ、エルさん、2人はそのまま赤竜レッドドラゴンを引きつけてください!」


 僕があのバンダナを取って、ディエゴ・デトロイトを蘇らせれば、戦況は変わる。


「リュウ!」

 咎めるようにセイが名を呼ぶが、祠めがけて走り出す。


 今なら、赤竜レッドドラゴンは僕なんて眼中にない。



 縄張りである赤土に足を踏み入れても、赤竜レッドドラゴンは僕を気にする様子はなかった。エルさんの攻撃を振り払うのに夢中だ。


 今ならいける。


 気持ちが急いて、転びそうになりながらも、滑り込むように祠までたどり着いた。

 ディエゴ・デトロイトの忘れ物だという薄い紫のバンダナは、柱にキツく結ばれている。


 汗が滲む手で、解こうと試みるが、上手くいかない。


 あの村長、どんな力で結んだんだ……。


 この瞬間にも、セイとエルさんは赤竜レッドドラゴンと対峙しているというのに。


「リュウ、逃げろ!」

 エルさんの叫び声が聞こえて、振り返ると……。


 赤竜レッドドラゴンが明確に僕を捉えていた。


「グウウウゥゥゥッ」


 低く、僕を威嚇する。

 なんか、怒ってる……?

 もしかして、このバンダナだろうか。


『あれが赤竜レッドドラゴンを逆撫でしたんだよ』


 村長の孫の言葉を思い出す。つまり、このバンダナが宿敵の持ち物だと、赤竜レッドドラゴンは認識しているということだ。


 もしかして僕、ディエゴの仲間だと思われてる、のか?


「ギャアアアオッッ」


 大きく開いた口から、ゴオッと炎が吐き出された。

 真っ直ぐに僕へ向かう。


 炎に焼かれる前触れのように、熱風が肌を撫でた。


水壁スイゴウ広範囲モード!」

 炎がいよいよ迫ってきた時、目の前の景色がぐにゃりと歪んだ。


 ジュウッッ!


 向かってきていた炎の柱が、すべて水の壁に阻まれて消える。


 セイが、守ってくれた。


「リュウは私が守る」

 静かに響いた声の主を、赤竜レッドドラゴンは睨めつけた。



 それから、先ほどよりも激しい攻防が始まった。

 セイは赤竜レッドドラゴンの気を引くような遠距離放射形攻撃を繰り返し、その間にエルさんは間合いを詰めて攻撃しては振り払われる。


 僕は僕で、バンダナを解こうと試みる。


 焦れば焦るほど、手元が滑る。もう少しだと思うんだけど……。


「リュウ、悔しいが、私たちじゃこいつに勝てない!」


 バンダナの結び目を引っ張りながら振り返ると、エルさんが肩で息をしながら赤竜レッドドラゴンを見上げていた。


「エル、リュウを連れて逃げて!」


 セイが赤竜レッドドラゴンめがけて攻撃を繰り出しながら、叫んだ。


 何度も赤竜レッドドラゴンに体当たりしているエルさんは満身創痍だ。

 食事や睡眠は必要としない2人だが、疲れや痛みは感じるらしい。体力や怪我は自然と回復していくが、一定の時間が必要だ。


「は!? それじゃあお前は!?」

「それが1番生き残る可能性が高い!」


 セイは自分一人が残って赤竜レッドドラゴンの足止めをするつもりだ。たしかに、セイだったら僕達が安全な場所まで移動したのを待って、隙を見て逃げることもできるのかもしれない。


 でも、失敗したら……? 僕はまたセイを失うのだろうか。


 8年前、突然セイがいなくなったあの時。僕は、何もできなかった。


 今回も、僕はセイを待つのだろうか。そして、どれだけ待っても訪れないセイを探しに行くのだろうか。



 そんなの、嫌だ。


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