第39話 第3の死者〈ディエゴ・デトロイト〉

「ほどけろおおおお!!!」


 自分のすべてをかけるようなつもりで、結び目に指を差し込んで引っ張る。

 すると……。


 シュッ


「抜けたあ!!!」

 頑固だった結び目がやっと解けた。


 僕の汗で濡れてしわくちゃになったバンダナを、急いでディエゴ像の首に巻き付ける。


 土台に、手がかり。これで揃った。


「ディエゴ・デトロイトさん! 戻ってきてください!」


 お願い、上手くいって!

 そう祈りながら、像を見つめていると……。


「ギャアアアアアアアッ」


 けたたましい咆哮が響いた。

 もちろんディエゴさんではなく、赤竜レッドドラゴンのものだ。


 視線を移すと、琥珀色の双眸が僕を睨みつけていた。ディエゴ・デトロイトという名前に反応したのかもしれない。


「おい! こっちだ!」

 僕から赤竜レッドドラゴンを挟んだちょうど反対側にいるエルさんとセイは、注意を逸らそうと攻撃を続けてくれている。

 しかし……。


「グウウウウギャアアアアアオッッ」


 間違いなく今日1番の声で叫んだ赤竜レッドドラゴンの口が、光った。


 これまでとは違う。金色に輝く無数の球が、一瞬のうちに、僕に向かって放出される。


 まるで時間の流れが遅くなったように、不思議と状況が理解できる。


 風が焼けるように熱い。これまでの攻撃とは比べものにならないくらい火力が強い。

 ひとつでも、あれに触れれば、死ぬ。

 そんな確信があった。


 数も多いし、火力も強い。セイでもあれを防げるかはわからない。

 僕は、どうすれば……。


 考えている間にも、熱球は迫り来る。


 全滅。


 そんな言葉が浮かんだ時。


「久しぶりだから、忘れたのか?」


 後ろから、低い声が聞こえた。


 僕の横を抜けて、1歩2歩と赤竜レッドドラゴンに近づく人物。

 露出した背中は逞しく、大きな槍を背負っていた。


 まさか……!


 その男性は片手で槍の柄を掴むと、素早く抜いて両手で握った。どんっと構えて、刃の先を赤竜レッドドラゴンに向ける。


「俺の槍は、すべてを弾き、すべてを貫くんだぜ」


 その声はどこか楽しそうだった。

 男性は、思いっきり足を踏み出して、そのまま駆けていく。無数の熱球がひしめく方向へ。

 

 刃先が、熱球の群れに触れた時。

 ぶわっと、強く風が吹いた。

 

 思わず目を細めていると……。


「えっ……!」


 こちらへ向かっていた熱球が、すべて、赤竜レッドドラゴンの方向へ弾き返された。


 すごい。

 でも、そっちには2人が!


「セイ! エルさん!」


 ハッとして叫ぶが……。


「ギャアアアアッ」


 2人に届く前に、熱球は赤竜レッドドラゴンにあたって弾けて消えた。他の球は周囲の木々を倒していく。


「こっちは大丈夫だ!」

 エルさんの声に胸を撫でおろす。赤竜レッドドラゴンの体が壁になって、被害は免れたようだ。


 熱球が当たった場所の鱗は変色していた。何度エルさんが攻撃しても、びくともしなかったのに……。

 赤竜レッドドラゴンは苦しそうに唸っている。


 それでも、男性は止まらず、迷いなく突っ込んでいく。


全砕一撃オール・スラスト!!!!!」


 そして……。


 ドオオオンッッ


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」


 衝撃波とともに、竜の叫び声が轟いた。


 ドッシーーーーンッッ

 ゆっくりと、赤竜レッドドラゴンの体が傾いて、ついには倒れる。


 土煙が漂う中、立っていたのは、ただ一人。


 大きな槍を持ち、逞しい上半身をむき出しにして、首には紫のバンダナを巻いた、竜殺しドラゴンスレイヤーのディエゴ・デトロイト。


 間違いなく、その人だった。



 あまりの光景に、息をのむ。

 なんだこれ……、赤竜レッドドラゴンをこうもあっさり倒すなんて。

 本当に、人間なの?


 でも、姿かたちは……。


「ん?」


 僕から見えるのはこの人だけ、ということは……?


「セイ! エルさん!!」


 まさか、赤竜レッドドラゴンの下敷きに!?


 慌てて駆け寄るも、2人の姿は見えない。ぴくりとも動かない赤竜レッドドラゴンが横たわっているだけだ。


 もしかして、本当に?


 サァっと血の気が引く。こんな巨体の下敷きになったら、間違いなく死……。


「リュウ、こっちだ」

「エルさん!! セイも!」


 奥の方から、エルさんが歩いてきた。傷だらけだが、歩みはしっかりしている。片腕でセイを担いでいた。


「下ろして。頭に血が上る」

「ああ、すまんな」

 よかった。セイも元気そうだ。

 ていうか、死者でもそういう感覚あるんだ。


「で、あいつがディエゴ・デトロイトだな」

 エルさんの視線の先では、ディエゴが赤竜レッドドラゴンをつついていた。


「はい、多分」


 エルさんはディエゴに近づいて、声をかける。


竜殺しドラゴンスレイヤーのディエゴ・デトロイト。助けてくれたこと、礼を言う」


「ああ? 助けた?」

 ディエゴは訝しげな顔で、振り返った。


「ていうか、お前達は誰だ? 変な面つけやがって」


 そういえば、今日も僕達は鬼の面をつけていたのだった。最近はクランハウス内でもこのお面を付けていることが多いので、すっかり慣れてしまって、全く違和感を覚えなくなっていた。

 でも、初めて見た人は不気味に思うだろう。


 ディエゴは鋭い眼光で僕達を睨んでいた。まるで竜のようだ。


「僕達は、ベリージェを拠点に活動しているクラン『追憶のクランメモリアル』です」


 鬼の面を外すと、エルさんとセイも僕に倣った。

 ディエゴは、全員の顔を確認すると、僕を見据えた。


「俺を呼んだのは、お前か?」

「そうです。僕のユニークスキルであなたを蘇らせました」


 それから、ざっと僕のユニークスキルについて説明する。


 強い未練を持つ死者を蘇らせることができること、その未練が晴れれば消滅すること、ここにいるセイとエルさんも僕が蘇らせた死者であること。


 2人の時もそうだったが、ディエゴさんもまた、自分が既に死んでいるということは理解しているようだ。ディエゴさんは混乱する素振りもなく、じっと考え込んだ。


「何が目的だ」

「目的……」

 正直、この人を蘇らせたのは、赤竜レッドドラゴン討伐のためだ。ひとまずそれは成功した。


 だからといって、それでお役御免というわけにもいかないだろう。

 彼もまた、ディノ・スチュワートの被害者。あわよくば仲間になってほしい、という打算も確かにあった。


「復讐に協力してもらうことです」

「復讐?」

「僕達は、『勝者のクランウィナー』のディノ・スチュワートに復讐したいんです。あなたを殺した犯人でもあります。協力してもらえませんか?」


「断る」


「えっ……」


 全く迷う様子も見せず、実にあっさりと、ディエゴさんは断った。

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