第40話 竜殺しの未練

「何でですか?」


 ディエゴさんだって、ディノ・スチュワートに恨みを持っているはずだ。


「逆に、お前は何で復讐しようとしてるんだ? 復讐して、どうするつもりだ」

「それは……」


 僕がディノ・スチュワートに復讐する理由。


 それは、セイが殺されたから。

 セイが復讐したいと思っているから。セイの未練が、ディノ・スチュワートだから。


 僕は、セイと一緒にいたい。

 セイが望んでいることを叶えたい。


 それが、命を絶とうとした僕が生き残った意味で、僕が唯一セイの役に立てることだ。


 でも、復讐を果たした後はどうなるんだろう。未練を果たしたセイは消えて、僕は生きる理由がなくなる。


 これまで、その先についてあまり考えないようにしていた。


 わからない。自分がどうなってしまうのか。


「未練があるから蘇ったはずだ。復讐したいわけじゃないなら、何がしたい?」

 黙り込んだ僕に代わって、エルさんが問う。


「俺は、自分を殺した人間になんて興味がない。死ぬ時に思ったことはただひとつ」


 ディエゴさんは、地面に突き刺していた槍を逞しい右腕で引き抜いた。

 そして、ぶんっと大きく一回転させると、両手で構える。


「次は、絶対に勝つ!」


 その目は爛々と輝き、まるで獲物を前にした獣のようだった。


 ……えっと、誰に? 

 相手はディノ・スチュワートじゃないの?


 意味を量りかねていると、後ろから呆れたようなため息が聞こえた。エルさんだ。


黒竜ブラックドラゴンか」

ドラゴン?」

「竜の最上位種といわれている二対の竜。黒竜ブラックドラゴン白竜ホワイトドラゴン。その一角だ。生息地はイーチェン。こいつは、死ぬ前に黒竜ブラックドラゴンに1人で挑んで負けている」


「よく知ってるな」

 ディエゴさんは槍を背中に装備すると、赤竜レッドドラゴンの尻尾の上に腰を下ろした。


「わざわざ出向いたんでな」

「つまり、ディエゴさんの未練は黒竜ブラックドラゴンを倒せなかったことですか?」

「そうだ」

 ディエゴさんが頷く。


 ……なんていうか、さすが稀代の竜殺しドラゴンスレイヤーだ。


「だが、悔しくないのか? ディノ・スチュワートは黒竜ブラックドラゴンとの戦闘で弱ったお前を狙ったんだぞ?」


 赤竜レッドドラゴンを一撃で倒してしまったこの人が、なんでナイフ1本で殺されてしまったんだろうと疑問に思っていたけど……。

 なるほど、ディノ・スチュワートは負傷した隙を狙ったようだ。そうじゃなきゃ、結果は違っていたかもしれない。


「俺が求めるのは、圧倒的な強さだ。そんな小物を相手にしても面白くない」

「小物って……。今や、ディノ・スチュワートは世界一のクランを率いる超大物ですよ」

 同じ拠点で活動しても、会うことすら簡単には叶わない相手だ。


「へえ……そんなやつに、お前らはどうやって復讐するつもりだ?」

「それは……」


 クラン上会リミテッドに参加してディノ・スチュワートに接触する。当面の僕達の目的はそれだった。そのためにクランを拡大しようとして、『赤竜レッドドラゴン討伐』の依頼を受けた。


 じゃあ、その後は? 

 クラン上会リミテッドに参加できたとして、どうするつもりだったんだろう。その場で攻撃を仕掛ける? 近づいて懐に忍び込む? 


 僕達は重要なことを話し合っていなかった。

 復讐のゴールはなんなのか。ディノ・スチュワートを殺すことが復讐なのか。


「何かを成し遂げるには、強い意志が必要だ。俺は、お前について行くことはできないな」

 ディエゴさんは立ち上がると、僕達に背を向けた。


「俺は自分の意志を果たしに行く」


 それだけ言って、去って行ってしまう。


「あの!」

 遠ざかっていく背中に慌てて声をかけると、ディエゴさんは止まってくれた。


「なんだよ」


「言い忘れてたんですけど、ディエゴさん、僕から離れられませんよ!」


「……は?」

「イーチェンは絶対無理だぞ!」

 エルさんが続けて叫ぶと、ディエゴさんはずんずんと戻ってきた。


「そういうのは先に言えよ」


 ごもっともです。

 苛立った様子のディエゴさんの拳が僕の頭に落ちる。ぎゅっと、目を閉じるが……。


 いつまでたっても衝撃はやってこなかった。

 目を開けると、ディエゴさんの拳は、僕の頭にあたる前に、何か壁に阻まれたように止まっていた。


「私たちは、リュウに危害を与えることができない」

 セイの言葉に、そういえばそうだったと思い出す。


「……とりあえず、お前の力のことを余すことなく説明しろ」

「はい……」

 ディエゴさんは深くため息をつくと、再び腰を下ろした。

 よかった、話は聞いてくれるようだ。



「まさか、あんたたちが倒すとはのお」

「あはは……」

「して、1人増えてないか?」

 村長は、ディエゴさんを見上げた。


 ディエゴさんは今、『追憶のクランメモリアル』の制服ユニフォームを着ている。念のため、とネオがストックを持たせてくれていたのだ。さすが、ネオ。


「あっ、えっと、遅れて合流したんです」


 僕達は麓の村に戻ってきていた。

 この村は昔から、赤竜レッドドラゴンの解体を請け負ってきたのだという。報酬は討伐した赤竜レッドドラゴンの肉。ここで加工した肉は妙薬として売り出され、この村の収入源になる。討伐した冒険者側としても、生肉は運んでいるうちに腐ってしまうし、大体依頼で求められるのは牙や皮なので、解体と引き換えに肉を渡すのは別に惜しくない。

 竜は巨体なので、解体だけでも2~3日かかる。その間、僕達はここに滞在させてもらうことになる。


「どこかで会ったことがあるような……」

「か、勘違いだと思います!!」

 鬼の面をつけて顔が見えないとはいえ、ディエゴさんは一度ここに来たことがあるし、この鍛え上げられた体はなかなか拝めるものではない。バレる可能性は大いにある。


「そうかい? ここに来たことは?」

「初めてって言ってたよね、ディーさん」

 ディーさん、もといディエゴさんは黙って頷いた。村長は不思議そうに首をかしげながらも、気のせいだったと思ってくれたようだった。


 あの後の話し合いで、ディエゴさんは『追憶のクランメモリアル』に正式に加入してくれることになった。それ以外の選択肢がなかったと言っても過言ではない。


 僕達は目的、ディノ・スチュワートへの復讐のためにディエゴさんに協力してほしい。そして、ディエゴさんは黒竜ブラックドラゴンと再戦したい。


 しかし、黒竜ブラックドラゴンの棲まうイーチェンはベリージェからはるか北。海を渡る必要もあり、制限距離の10㎞を大きく超える。さらに、僕に危害を加えられない&僕の命令に背けないディエゴさんが、僕を無理やりイーチェンに連れて行くことも不可能。なので、ディノ・スチュワートへの復讐が果たせたら、僕がディエゴさんをイーチェンまで連れて行くと約束したのだ。


 というわけで、ディエゴさんは僕達に協力してくれることになったわけだが……。


 ディエゴさんは有名人だ。

 冒険者であれば誰しもが名前を知っているし、亡くなったことも衝撃と共に知れ渡った。セイやエルさんよりも圧倒的にバレるリスクが高い。


 なので、とりあえず名前だけでも変えようと、ディエゴ・デトロイトの頭文字をとってあだ名を『ディー』と決めた。


「解体が終わるまでは、あそこの小屋を好きに使ってもらって構わん。大したもてなしもできなくてすまないが……」

 村長が指した先には簡易的に作られたような小屋が5棟並んでいた。


 1人1棟使える。贅沢だ……。


 以前単身で倒したというディエゴさんや僕らを除けば、普通『赤竜レッドドラゴン討伐』にはもっとたくさんの人を揃えて挑むはずなので、普段は一気に埋まるのかもしれない。


「いえいえ、とんでもないです」

「今夜は村全体で宴じゃ。お前さん達もぜひ参加してほしい。竜の肉が食べられるぞ」

「えっ、はい! ぜひ!」


 思わずテンションが上がる。竜の肉なんてそうそう食べられるものじゃない。


「準備ができたら声をかけに行くからゆっくりしておれ」

「はい! ありがとうございます!」

 村長は機嫌が良さそうに去って行く。


 最近、赤竜レッド・ドラゴンが凶暴だったせいで討伐されなかったので、村の収入源がなくて経営難に陥っていたらしい。倒したと報告した時はいたく喜ばれた。


 一時はどうなることかと思ったけど、最終的には依頼も達成できたし、人助けもできたような気がするし、本当に良かった。



 灰雲に覆われ、土煙が舞い、至る所で火の手が上がっている。


 怒っている。空が、世界が、主が。


 地獄のような光景を、冷静に見つめる。


 ……また、この夢か。


 何度ここへ来たことだろう。もう全て、知っている。これから起こることも、誰が来て、何を言って、どう感じるかも。


「お前が1番厄介だな」


 真っ黒い衣装を纏った女性がコツコツと歩いてくる。女性の周りには、目を懲らしてもその正体がわからないような、異様な黒い靄が漂っていた。脳に直接響いてくるような声は、じっとりと粘着質で、それでいて引き込まれるような危うさがあった。


「それはどうも」

 口が勝手に動く。


 明らかに普通の人間ではない彼女にも、ガベラは全く怯む様子はなかった。


「もう諦めたらどうだ?」

「諦める?」

「大人しく壊されれば、お前達は上に行くだけだ。それが、この喧嘩の終着点。私も妹も、それで納得している」


 女性の言葉に、脳が沸騰するような熱を覚える。


 わからない。どうして、この身体ガベラが怒っているのか。


 女性がどんどん近づいて、ついに目の前に立つ。


 女性の虹彩の瞳の中に、僕が写っていた。僕と、僕の後ろに立つ3人の影。


「勘違いしているようだけど」


 この熱を、すべて吐き出すかのごとく、叫ぶ。



「僕の目的は復讐だ!」


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