第9話 セイを殺した男
視線を集めたことに気づくと、慌てて声を潜める。
僕達は今、レストランに来ている。家族連れが多いとはいえ、怒号飛び交うギルドの食堂とはわけが違う。
「それって、あの世界ランク1位のエリートクランのリーダー?」
ディノ・スチュワート。
知らない人なんていないくらいの有名人だ。
「世界ランク1位?」
セイが怪訝そうに呟く。
……そういえば、ディノ・スチュワートはこの数年でいきなり頭角を現したのだった。セイが知らなくても無理はない。
冒険者の稼ぎ方は大きく2つある。
ギルドで依頼を受けて、そのつど報酬を受け取る方法と、クランに入って固定的な給与を受け取る方法だ。とはいっても、ほとんどは前者で、後者で稼いでいるのは冒険者の中でもいわゆる成功者と呼ばれる部類の人達だった。
ギルドは依頼を集めて、それを冒険者に提供する。そして、冒険者達は、場合によっては数人でチームを作ってその依頼に臨む。
ギルドで受注できる依頼は精査済みのもので、ギルドを通しているため依頼主と
しかし、ギルドが仲介手数料をとっているため、報酬は少し安くなる。その上、依頼内容にはギルドの精査が入るため、プライベートな依頼や貴族などお偉い方の高額な依頼は少ない傾向にある。
それを回収するために作られた制度がクランだ。
クランは簡単に言うと、冒険者組合。全世界にあり、規模もまちまち。クランは依頼者から直接依頼を請け負い、クランの構成員がその依頼を遂行する。その報酬はすべて一旦クランに入り、クランは構成員に給与という形で報酬を支払う。
僕自身はクランと縁がなかったのであまりよくわからないが、ギルドに置いてある新聞によると現在世界ランク1位のクランはディノ・スチュワート率いる『
僕とは対極の存在といってもいい。
僕が知っている限りのディノ・スチュワートの説明をすると、セイは深く息を吐いた。
「……引きずり下ろしてやる」
地を這うような声に、ぞわりと鳥肌が立つ。
「でも、本当にディノ・スチュワート? 彼のユニークスキルは『
「『
「どういうスキルなの?」
「気配を完全に消すことが出来る……だからあの日、私は背後から近づいてくる奴に、気づけなかった」
つまり、セイの言葉通りなら、ディノ・スチュワートは気配を消してセイに近づき、セイの心臓を刺したということだろうか。
確かに、変だとは思っていた。決して人通りの少ない道ではなかったというのに、犯人の目撃した人はいなかった。
それに、14歳とはいえあんなにも強かったセイがあっさりと殺されてしまったのも信じがたかった。セイの両親も、セイが強いとわかっているからこそ、娘の自由な行動を許していたのだ。
あの当時、セイは、魔法はもちろんのこと、格闘術においても大人顔負けで、常に動きやすい服装をしており、武器も携帯していた。
遠くからでも僕の気配に気づくセイが、背後をとられるなんて、普通に考えたらありえなかったのだ。
「じゃあ、ディノ・スチュワートは嘘をついてるってこと?」
「おそらく。それか、私が知る人間じゃないのかもしれない」
つまり、『
複雑な話になってきた。
「セイは、ディノ・スチュワートをどうしたい?」
「……まずは顔を確認して、もし私を殺したあの男なら」
セイの藍色の瞳が不穏に光る。
「叩き潰す」
ドスのきいた声に、思わず頬をひきつらせる。
セイだけは敵に回しちゃいけない。
……この復讐を果たしたら、セイは消えてしまうのかもしれない。
それでも、僕が彼女の望みを叶えることが出来るのなら、協力したい。
セイの話を聞いていると、僕がこんな力を持っていたのも、セイの仇をとるためなんじゃないかとすら思えてきた。
3日前に死ぬはずだった僕は、死んだセイと再会して、延命した。そう考えると、僕がとるべき行動はひとつだけだ。
「……わかった。じゃあ、『
「……うん、ありがとう」
僕の選択は間違っていない。
僕は、この命を、セイに捧げる。
◇
そう(心の中で)大口を叩いたものの、結局、僕は非力だった。
『
3日前のシュワルデッガー討伐で得たお金の余りでは足りないということで、もうしばらくここに滞在して、お金を稼ぐことにしたのだ。
手っ取り早く稼ぐ方法など、ギルドで依頼を受ける以外には思いつかず、僕達は近場にあったギルドに来ていた。
僕が住んでいたクーリアのギルドより規模が大きく、冒険者の数も、依頼の数も多かった。掲示板の張り紙を2人で手分けして確認する。
僕達でも出来そうで、報酬が高いのは……。
「これは?」
セイが指した張り紙を見てぎょっとする。
「
「他のよりずっと報酬が高いし、素材も高く売れそう」
依頼達成金は500エタ。素材買取額は平均1000エタ(1匹)。
シュワルデッガーの依頼達成金は300エタ、素材買取額は4匹で1200エタだったから、確かにだいぶ報酬の高い依頼ではある。
成功したら一気に旅費が稼げる。でも……。
「それはそうだけど、ほらここ見てよ! 難易度
張り紙の右下を指す。そこには黒い星が2つ並んでいた。
ギルドの依頼の難易度は、「☆」から「☆☆☆☆☆」、その上の「★」から「★★★★★」の10段階がある。
目安としては、「☆」と「☆☆」は「1人でもこなせるよ」、「☆☆☆」と「☆☆☆☆」は「何人かで行くといいかもね」、「☆☆☆☆☆」は「腕に自信がある人で、何人かで行った方が安心だよ」くらいの難易度。
「★」と「★★」は「入念に準備して、チームを組んで挑まないと危険だよ」、「★★★」と「★★★★」は「死人が出る可能性が高いよ」、「★★★★★」は「成功する確率はかなり低いよ」って感じだ。
セイが指したのは、熟練の冒険者がチームを組んで挑むレベルの依頼だった。
ここに滞在するだけでも、宿泊費やらでお金が消えていくので、高額の依頼は魅力的だ。それにしても、2人でこの依頼は……。
「大丈夫だと思う」
及び腰の僕に、セイは迷いなく言い切った。
……たしかに、セイは強いから、たとえ1人でもこの依頼を簡単にこなせてしまうのかもしれない。
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