第10話 小型竜討伐

「すげえ自信だな?」


 後ろから声をかけられて、振り返る。


 声の主は、僕より背が高くて、10くらい年上に見える男性だった。鎧を纏っていて、体つきはがっしりしている、武人といった出で立ちだった。燃えるように赤い髪が印象的で、左頬には何かに引っかかれたような傷跡がある。


 その隣には、おそらく僕と同年代くらいの青年が立っていた。存在感が薄く、髪が目にかかっていて、表情は読めない。妙な2人組だ。


「俺たちも、それ受けるつもりなんだ。組まねえか?」


「えっと……」


 想定外の言葉に驚く。

 そもそも僕はこんな高難易度な依頼受けたくないのだ。知らない人とチームを組むのも苦手だ。


 断ろうと言葉を探していると……。


「私たち、2人で十分なので」


 セイが全く躊躇いもなくそう言った。


 セイは誰に対しても物怖じしないので、ヒヤリとする。言い方っていうものをもう少し気にしてほしい……。


 怒らせてはいないだろうか、と男性を窺う。


「どんだけ腕に自信があるのか知らねえが、小型竜ヴーフは意外と手強いぞ。お前達の死体が食われてんのなんて見たら、さすがに寝覚めが悪いんだよ」


 意外にも、まったく怒っている様子はなかった。


 なんなら、僕達を心配してくれているようだ。


「あ、ありがとうございます。ご心配いただいて」


 頭を下げると、ガシガシと後頭部を掴まれる。


「お前弱そうだけど、健闘を祈るぜ」


 それだけ言うと、2人は去って行った。




「なんか、かっこいい人だったね」


「そう? 私たち、なめられてたけど」


 確かに、弱そうだとは思われていた。実際、僕は小型竜ヴーフはおろか、1人で森に入ることさえ出来ないので、間違っていない。

 こんな僕と、見た目は14歳の美少女セイが、『★★黒2』の依頼を受けようとしていたら、そりゃあ心配されるというものだった。


「もし、リュウが行きたくないなら、私1人で行く」


「えっ……!」


「魔女の話だと、未練が残っている状態なら何度でも蘇らせることが出来るらしいし。もしものことがあっても、私なら大丈夫」


 僕が行っても役に立てないどころか足手まといになることは明白だし、セイが言うことも一理あるのだけど……さすがに14歳のセイを1人で行かせるわけにはいかない。 


 それに……。


「セイは僕から一定以上の距離離れられないはずだし、僕も行く」


 覚悟を決めてそう言うと、セイは僕をじっと見つめて「……わかった。リュウのことは私が守るよ」と心強すぎる宣言をしてくれたのだった。




「うわっ!」


 右足がぬるりと滑って、体が後ろに傾く。


 転ぶっ……とギュッと目を閉じたとき。手首が引かれた。


「気をつけて」


 目を開けると、すぐそばにセイの顔があって、安堵と同時に赤面する。


 近いっ!


「あっ、うん、ありがとう!」


 しどろもどろになる僕に、セイは手を離すと、身を翻してスタスタと進んでいく。



 ここは、小型竜ヴーフが出没するという洞窟の中だ。


 岩の地面はヌメヌメしていて、すごく滑りやすい。セイはどうしてあんなに上手く歩けるのだろう。不思議だ。


 洞窟の中は薄暗いが、セイが魔法で光の球を出してくれているおかげで、だいぶ見通しが良かった。入り口は狭かったのに、進むにつれて空間が広くなっている。


 小型竜ヴーフの住処だからなのか、他の魔物は今のところ出てきていない。


「……セイ?」


 セイが立ち止まった。じっと、先を見つめている。


「待ってる」


「え?」


「賢い魔物みたい」


 ……つまり、この先で小型竜ヴーフが僕達を待ち伏せているというのだろうか。僕もセイに倣って目をこらすが、まったく魔物の気配は感じなかった。


「まだ少し距離がある」


 セイは僕の近くまで来ると、自分の周りにあった光の球を消した。残ったのは、僕の前に浮かぶひとつだけで、一気に暗くなる。


「素材はどういう状態なら高く売れるの?」


「……えっと、小型竜ヴーフは皮が一番高く売れるから、できるだけ皮を傷つけないといいかも」


「わかった」


 セイは頷くと、僕に背を向けた。



風壁ウェゴウ・ペタ


 セイの声が静かに響くと、前方の空間一面が歪んだ。


 まるで一枚の薄い膜を挟んだかのようだった。その膜は、内部でぐるぐると渦を巻いているように、動いていた。


 なんだこれ、初めて見た……。


「触らないように」


「わかった……」


 セイはすっと手を伸ばして、手のひらをその膜の方へ向けた。


水檻スイーズ広範囲2分間モード・ロム


 しん、と静まりかえる。セイはそのままの格好で、じっと先を見つめていた。


 今、セイ魔法使ってたけど、なにも起こってない……?


 なにがなんだかわからずに息を潜めていると……。



 ドドドドドッ



 地響きが聞こえた。


 そしてその次の瞬間、奥の方から10匹以上の小型竜ヴーフが姿を現わした。


 その目は血走っていて、迷いなく全速力でこちらに向かって走ってきていた。


「えっ!」


 こわいこわいっ!


「うわっ……いっ!」


 あまりの小型竜ヴーフの迫力に後ずさると、その拍子に足を滑らせて、思いっきり腰を打った。痛い。かなり。


「大丈夫?」


 僕の様子に気づいたセイが振り返る。小型竜ヴーフが迫っているというのに、そうとは思えないほど緊張感がない。


「大丈夫だけど、小型竜ヴーフがっ」


 小型竜ヴーフがいよいよセイにぶつかる、そう思ったとき。


 まるで何かに弾かれたように、小型竜ヴーフの体が宙に舞った。


 ギャンッと悲痛な叫び声が聞こえた。


「なんでっ!?」


 思わず叫ぶと、セイが答えた。


「この壁は風を圧縮しているから、触れると弾かれる」



 ゴゴゴゴゴッ



 その言葉を聞き終えないうちに、何事か嫌な音が響いた。


「水っ!?」


 洞窟の奥から、凄まじい量の水が勢いよく流れてきた。


 ……そして、一瞬のうちに、すべてを呑んでしまった。


 風の壁のおかげで僕達は無事だったが、その奥は水で満たされ、小型竜ヴーフは無残にも浮遊していた。たまに膜にぶつかっては弾かれている。



 あまりの光景に、ぼう然とする。



 え? どういうこと? これ、セイがやったの……?

 


「あと2分待てば任務完了」


 淡々とセイの声が響いた。



 いやいや、凄すぎるよ……。



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