第11話 2組の2人組

 2分後、嘘のように水が消えた。


 全部で12匹の小型竜ヴーフが力なく倒れていた。


 小型竜ヴーフの討伐が目的だったとはいえ、こんなにもなすすべなくやられているのを見ると同情してしまう。可哀想に、相手が悪すぎた。


「これ、運べるかな……」


 小型とはいえ、こんなに数が多いとさすがに大変だ。一応ギルドから台車は借りてきていたが、この感じだと全部は乗せられなさそうだった。それに、夜の森の狼シュワルデッガー4体で限界だった僕には荷が重すぎる。


 だからと言って、セイに運ばせるわけにはいかない。今回も僕は何もしてないんだし、荷物運びくらいでは役に立たないと……! 


『雑用係』の腕が試されるというものだった。


 さあどうやって運ぼうと頭をめぐらせたとき、後ろから足音が聞こえてきた。


「お前ら、やるなあ」


 覚えのある声に振り返ると、ギルドで話しかけてきた2人組が近づいてきていた。


「こんにちは……」


「まさかお前らがこんなに強いとはな。馬鹿にして悪かった」


「いえ、そんな」


 やっぱり良い人だった。

 経験上、無駄にプライドが高い人はどんなに自分が悪くても謝ったりしないのだ。


 赤髪の男が僕の隣に立つと、1カ所に集めた小型竜ヴーフを見下ろす。


「群れ全部とはな……ネオ、今日はもう帰るぞ」


 赤髪の男が後ろの方で静かに控えている青年に声をかけた。



 そっか、この2人も依頼を受けるって言ってたから、小型竜ヴーフ討伐にここまで来たんだ。

 小型竜ヴーフが出没するという場所はいくつかあったが、見事に被ってしまったらしい。


「あの、なんかすみません……」


 赤髪の男は「お前なあ」と僕の頭に手を置いた。


 大きな体躯に大きな手。この人がちょっと力を加えれば僕なんて簡単に潰されそうだが、まったく恐怖は感じなかった。見た目はごついのに、なんとなく安心感がある。


「そんなんじゃ、やってけねーぞ。もっと堂々としろ」


「はい、すみません」


 ガシガシと頭を揺らされて、脳しんとうを起こすのではないかと思っていると。


「……これ、運ぶの手伝ってくれませんか」


 セイが抑揚なく、そう言った。


 ……待って待って! 

 意外と優しそうだからって、こんな熟練の冒険者みたいな人にそんな雑用させられるわけがっ!


「あ?」


 低い声に、ほれ見たことか、とセイに視線を送る。


 僕1人で大丈夫だよ! なんとかするからっ!


 今度は自分で脳しんとうを起こすのではないか、というくらい小刻みに頭を横に揺らすが……。


「報酬は払います」


 セイはこちらをちらりと見てからそう言った。


 なに今の視線? やっぱり僕じゃ無理だってこと?


「なんだお前ら、運べねーのかよ……まあ、そうだろうな」


 赤髪の男は僕達2人をしかと見ると、納得したようだった。


 ……やっぱり、鍛えよう。


「いいぜ。どうせこのまま帰るだけだしな」


 そう言うと、小型竜ヴーフの足首を掴んで、軽々と持ち上げた。その数、片手で3匹。すいすいと自分たちで持ってきたのであろう台車に入れていき、残るは2匹になった。


「こっちはいっぱいだから、そっちで頼む。そんくらいは運べるだろ?」


 馬鹿にするなと怒るべきなのか、気遣ってくれてありがとうと礼を言うべきなのか……。


「ありがとうございます」


 後者を選択した僕は、残った2匹を一匹ずつ引きずって台車に乗せたのだった。


 見た目より重くて驚いた。セイの選択はいつも適切だ。



 ◇


「で、お前らは何者だ?」


「え?」


 ギルドへの帰路。赤髪の男、ジャックさんの問いかけに、素っ頓狂な声が出た。


 自己紹介は先ほど済ませたばかりである。


 ジャックさんは31歳の冒険者で、ここ2年くらいはこの地を拠点に活動しているらしい。基本は1人で、ふらふらといろいろな地を移っていたそうだが、1年ほど前から、言葉少なな青年、ネオさんと組むようになった。


 ネオさんは僕と同い年の20歳。もともと冒険者ではなかったが、お金を貯めたい事情があって、知り合いだったジャックさんに相談したところ、貯まるまで自分と組むことを提案してもらったらしい。


「こいつらの死に方、おかしいだろ」


 ジャックさんの言葉に、さっきの光景を思い出す。


 必死の形相で走ってくる小型竜ヴーフの後方から大量の水が迫り、一気に洞窟内を満たした。為す術なく水中に浮遊する小型竜ヴーフ。それを風壁の外側から眺める僕達。


「えっと……」


 あれをなんて説明すればいいのかわからない。


 そもそもセイのすべてが規格外なのだ。あの範囲であの量の水を出すことも膨大な魔力量がないとできないことだし、視覚に入っていない場所で魔法を出現させるのもユニークスキルがなせる技。

 『雑用係』なりに、様々な冒険者を見てきた僕だが、あの風壁だって初めて見た。


「どっちか、ユニークスキル持ってんな?」


 そう言ったジャックさんは、じっとセイを見ていた。


 まあ、そうだよね。

 どっち?ってなったら、セイだよね。


「はい」


「へえ、珍しいな!」 


 ジャックさんは明らかに声を弾ませた。ユニークスキル持ちは珍しい。僕の冒険者生活の中で、お世話になったチームには1人もいなかった。

 僕の拠点が片田舎で大物の冒険者がいなかったのもあるが、ユニークスキル持ちの冒険者は大抵クランに引っ張られるのだ。


「どんなスキルか教えろよ。あっ、あんま人に話さないもんだっけ」


「いいですよ。別に隠してないので」


 ユニークスキルはその規格外の強さ故に危険視されやすく、ユニークスキル持ちは自分の力のことをあまり話したがらない。

 僕も魔女に『忠告』されたし、きっとこの力は隠すべきものだ。死者を蘇らせることが出来るなんて、悪用の手段はいくらでもありそうだし、その力を望む人もいる。


 しかし、セイは前から自分のスキルを公にしていた。隠し立てはしないというその真っ直ぐさは、セイらしいと思う。


「私は『狙う者スナイパー』。

 どんなに遠方でも、魔法を出現させることができます」


「は……? どんな遠方でも?」


 セイの言葉に、ジャックさんは呆気にとられているようだった。声には出さないが、ネオさんも驚いている様子だった。


「はい」


「……おいおい、やばいな。なんでそんな奴が、このしがない男とここで一介の冒険者やってんだよ」


 明らかにけなされているが、あまりに真っ当な疑問すぎて、文句の一つも出てこない。


 そりゃあ、そう思うよ。こんなに超絶美少女で、めちゃくちゃ強いユニークスキルを持ったセイが、荷物運びすら満足に出来ない僕と一緒に行動してるなんて、世界七不思議に入るくらい謎だ。


 でも、本当のことを言うわけにはいかない。魔女に『忠告』されているのだ。そもそも言ったとしても、死人が蘇ったなんて信じてもらえないだろうし。


「俺だったら天下取りに行ってるけどな」


 ジャックさんは追求することなく、豪快に笑って見せた。やっぱり良い人だ。


 そう思ったとき。


 衝撃の一声が投じられ、場は静まりかえった。




「『狙う者スナイパー』は8年前に死んだはずでは?」



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