第8話 呼び戻す者(サモナー)

「やっと来たのね」


 僕を見下ろした女性はニヤリと笑った。


 30代くらいの、美しい女性が、一段高い場所で、椅子に座っていた。


 そこらでは見ないほどスタイルが良く、露出が多めの装い。太ももまでスリットが入ったスカートで足を組んでいる様子は、いろいろと際どくて直視できない。


 この人が命心の会ジャッジの魔女……?


 セイと再会した日の翌朝に街を出て馬車に乗り、僕達は今、ミルドランドにいた。

 道中、セイは、終始フードを深くかぶって顔を隠していた。もし知り合いにでも遭遇したら、いろいろと厄介だ。


 一晩経ったら消えてるんじゃないか、日に当たったら消えるんじゃないか、などという僕の心配をよそに、無事、セイが木像に戻ることはなかった。


 なんの伝手もない僕達だったが、ダメ元で命心の会ジャッジの会場である魔女の屋敷に押しかけると『お話は伺っております』と中に通されたのだった。


 何かの手違いか、あるいは魔女の采配か。


 恐るべし、『知る者インテリ』。



「あら、あなたはいつかの『狙う者スナイパー』ね」


「お久しぶりです」


「……なるほどねえ」


 魔女が笑みを深めた。


「面白いことになってるじゃないの。ふふっ、あの方も大変ね♪」


 楽しそうな魔女をぼけっと眺めていると、ちらりとセイがこちらを見た。


 そうだ、魔女に気圧されている場合じゃない。


「……あの、セイが蘇ったのは、その、僕の力なんですか……?」


 声が尻すぼみになる。


 セイにそう言われたからここまで来たものの、やはり自分にそんな力があるとは思えなかった。


「そうよ」


「そうですよね。やっぱり僕なんかの…………え?」


 今、魔女は『そうよ』って……?


「あははっ! 本当にあなたたちは面白いわねえ」


 魔女が笑い声を上げた。


 本当に、本当……? からかわれたわけじゃなくて?


「でも、僕は魔法も使えなくて」


 そんな僕がセイを蘇らせたなんて。


「それも、あなたの力の一部なのよ」


「力……」


 魔女の真っ赤な唇が、言い聞かせるようにゆっくりと動いた。



「あなたのユニークスキルは『呼び戻す者サモナー』」



「サモ、ナー?」


「簡単に言うと、あなたは死者を蘇らせることができるの」



 続く魔女の説明はこうだった。


 ユニークスキル『呼び戻す者サモナー


 体のとなるものに、死者のを与えることで、死者を蘇らせることが出来る。

 死者は生前の記憶が引き継がれ、生前と同様の魔力を持つ。

 土台が壊れても、同様の工程を踏めば、再び蘇らせることができる。

 蘇った者は、呼び戻した者、つまり僕を攻撃することは出来ない。また、呼び戻した者の命令に逆らうことも出来ない。一定の距離以上、離れることも出来ない。


 ただし、蘇らせることが出来るのは『強い未練を残して死んだ者』のみであり、死者の未練が晴れれば消えてしまう。

 未練が晴れた者を再び呼び戻すことも出来ない。


 そして、この力を持つ者は、自分の魔力を操ることが出来ない。


「あなたは特例なの。ここにいる『狙う者スナイパー』が使う魔力は、もとはあなたのものなのよ。この子を維持するには、生前のこの子と同じくらいの魔力が必要。それを何人もってなると、普通のユニークスキル持ち程度の魔力じゃ全然足りないってわけ。

だからあなたの場合は、莫大な魔力量を有している代わりに、自分では魔力が扱えないっていう制約を受けているの」


 要は質より量ってことね、という言葉を聞いて、一気に脱力した。



 なんだそれ。


 これまで自分には魔力がないんだと思って生きてきたのに。



「……つまり、セイは未練があるから蘇って、その未練がなくなれば消えるってことですか?」


「そういうこと。詳しくは本人に聞いてよね」


「セイ……」


 ずっと黙っているセイに声をかける。


 話を聞く限り、セイが何の予兆も無く突然消えるということはなさそうで、少し安心した。


「心当たりはいくつかある」


「そっか……」


 セイは14歳という若さで突然亡くなってしまった。未練があるのは当然に思える。


 ただ、セイをここにつなぎ止めているのは、その未練だ。未練が晴れれば、セイは消えてしまう……。


「はいはい、ここで妙な空気作らないでちょうだい」


 パンパンッと魔女が手を叩いた。すると、奥から1人の男性が、小さな箱を大切そうに両手で持って、やってきた。

 僕の前まで来ると、ぱかりと開ける。そこに入っていたのは、赤い宝石がはめ込まれた銀色の指輪だった。


「これはあなたの証」


「証?」


「そう。とっても大切なものよ。肌身離さず持ってて」


「わかりました……」


 よくわからないが、受け取ってつける。右手の中指にぴたりとはまった。


「それじゃ、もう用がないなら帰ってちょうだい。私、もう眠いわ」


 全く眠くなさそうな様子で、魔女が言った。


「あっ、はい。ありがとうございました」




 セイを連れて部屋を出た時。


「一つ忠告。その力、あまり人に話さない方がいいわ。あと、ようになったら今度は1人でいらっしゃい」


 後ろから聞こえた言葉に振り返るも、既に扉は閉ざされていた。



 ◇


「不思議な人だったね」


「人かどうか怪しいけど」


「え?」


「私が会った時と全く変わらなかった」


「ていうことは……」


 セイが10歳の時、僕は8歳だから……。


「12年前から変わってないってこと!?」


「うん」


 死者が蘇ることがあるのだから何でもあるのかもしれない。


 自分はこれまでとても狭い世界で生きてきたような気さえする。


「……セイの、未練ってなに?」


 『呼び戻す者ぼくのちから』の詳細はわかった。

 セイの言うとおり、僕がセイの木像どだいにセイの形見てがかりをつけたことで、彼女は蘇ったのだ。

 時間的な制約はないし、もしセイの土台が壊れても、また蘇らせることが出来るらしい。


 ただし、それはセイの未練が残っているうちだけ。


「……復讐」


 しばし考えた後、セイが零したのは、物騒な言葉だった。


「私を殺したあいつ……」


 ぐっと拳を握りしめたセイは傍からわかるほど怒りを宿していた。


 そうだ。セイは殺されたんだ。

 そして、その犯人はまだ捕まっていないどころか、どこの誰かもわからない。


「セイは、僕との待ち合わせの途中で……」


 言葉が止まる。


 セイと再会してから、いろいろなことで頭がいっぱいになって、舞い上がって、忘れていた。

 セイは、僕との待ち合わせ場所に来る道中で殺されたんだった。僕とそんな約束をしていなかったら、セイが死ぬこともなかったのかもしれない。

 僕はセイの死神……。


「ごめん、僕のせいでセイは」


「違う」


「え……」


 セイは、僕の言葉を遮るようにはっきりと言った。


「私は狙われてた。場所は関係ない。噴水に向かう途中で殺されたのは、偶然」


「それって、どういう……」


「殺される前に、私はある男に『仲間になってほしい』と誘われていた」


「仲間?」


「私のユニークスキルを知って、わざわざ勧誘しにきた」


 初耳だった。

 セイの生前も死後も、誰からもそんなことは聞かなかった。

 確かに、あの当時、セイはまだ14歳とはいえ、その力は強大だった。


「でも、私はそれを断った」


「つまり、セイはその腹いせに殺されたってこと?」


「刺された時、顔は隠れてたけど、誰かはわかった」


「……それって」


「私を殺したのは、『隠れる者アサシン』のディノ・スチュワート」


「ディノ・スチュワート!?」


 出てきた名前に、驚きのあまり叫んでしまった。


 だって、それって……。

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