【表紙絵あり】死者使いの追憶

湯湯菜吏

第1話 雑用係の僕

 カンカンカン


 狭い室内に、硬質な音が響く。ここ最近は、耳にこびりつくほどに聞いた音。


 最初は、上手くいくのか不安だった。

 でも、もうすぐ完成だ。

 やっと、終わるんだ。


 頬の尖りをなめらかにして、涙袋をもう少しふっくらさせて、木屑をはらう。


 完成した首を持ち上げる。


 軽い。

 重さまでは、再現できなかった。でも……。


「うん、可愛い」


 初めてにしては、上手くいった方だ。あの当時を思い出して、妥協することなく彫り進めた。


 首の断面に接着剤を塗って、そっと胴体に載せる。

 慎重に手を離すと、少し離れて出来上がった彼女を観賞した。


 かなり完成度が高いんじゃないだろうか。

 数ヶ月かけてコツコツ作った甲斐があった。


 もちろん、神々しいほどに美しかった彼女に比べたら、所詮は偽物だけど。



 何にしろ、こうして、彼女にまた会えた。



 これで、もう心残りはない。


 引き出しから、大事に保管していた彼女の形見を取り出す。彼女が肌身離さず付けていたブレスレット。硬い腕に取り付ける。


 ……完璧だ。



「セイ、僕はもう疲れたんだ」


 きっと君は怒るだろう。君はいつだって強かったから。こんな僕を見たら、呆れるかもしれない。でも。


「もし、死後の世界があるのなら、君に会いたい」


 もう一度、君に会いたい。

 怒られたっていい。嫌われたっていい。またほんの一時でも君の隣にいられるのなら……。


 僕は、その淡い希望のためなら、なんだってできる。


「じゃあ、僕は行くね」


 しっかり、君を脳裏に焼き付ける。


 本当にこれで最後かもしれないから。



『ごめんね、新しい人が入ることになったから……』


 幾度目かの戦力外通告。

 今回はマシな方だった。


 嫌みを言われることもなかったし、あざ笑う人もいなかった。賞与もしっかり払ってもらった。


 でも、チームの皆は、自分の扱い方に戸惑っているようで、明らかに厄介払いができたとホッとしている様子だった。


 僕の代わりなんていくらでもいる。


『荷物持ちでも何でもします』


 チームを追い出される度、節操もなく、また違うチームに何度も頭を下げた。いずれつけられたあだ名は『雑用係でくのぼう』。


 わかっている。魔力のない自分ができることなんて、荷物持ちくらいしかないのだ。


 火をおこすことも、水を出すことも出来ない。戦闘ではただの足手まとい。まともな人ほど、こんな僕を仲間に入れようなんて思わない。


 この世界で、欠陥品の僕が生きて行くのは難しい。



 だから、今日、僕は死のうと思うのだ。



 正直、いつでも良かった。

 生きなきゃいけない理由なんて僕にはなかった。


 たった1つだけ、僕の人生で燦然と輝いていたのは、8年前に死んだ幼なじみの存在だった。


 彼女は、僕とは真逆の人だった。強くて、美しくて、冷静で、強い魔力を持っていた。いじめっ子から僕を救ってくれて、こんなでくのぼうが隣にいるのを許してくれた。


 彼女は僕を否定しなかった。


 世界中の誰もが扱える魔力を、まったく発現させられなかったとしても、彼女の近くにいられるのなら生きていける。


 疑いもなく、そう思っていた。


 でも彼女は14歳という若さで亡くなった。

 殺されたのだ。

 ナイフで心臓をひと突きだった。僕が12歳の時だった。

 犯人はわからない。彼女の最後を僕は見ていない。


 瞬く間に、彼女はこの世界から消えてしまった。


 胸にぽっかりと穴が空いてしまったようだった。

 それから、ぼんやりと生きてきた。唯一の生きがいだった彼女は、当然、いくら待っても現れなかった。


 最初からないようなプライドを踏みつけられて、あざ笑われて、厄介者扱いされて。だからと言って、1人の力だけで生きていくほどの力も無くて。それでも空腹は感じて……。


 そこまでして生きていく理由が、ないのだ。


 ◇


 ギルドの依頼を受けて、森に入る。


 雑用係と知られる僕が、1人で到底力の及ばないような依頼を受注したことに、受付の女性は不審がっていた。

 依頼中に死亡した場合は、多少の保険金が入る。今月分の家賃ぐらいはそれで支払えるだろう。


 自分の手で死ぬ勇気のないどうしようもない僕は、惨めにも魔物に殺されようと思った。


 日も落ちて、人の姿はない。

 森の奥へ奥へと歩みを進める。丸腰の僕は、魔物にとっては良い餌だろう。


 僕の痕跡が残るように。


 でも、僕を発見した人のトラウマにならないように。上手い具合に食べてほしいものだ。


 そっと懐に忍ばせておいた生肉を取り出す。僕が用意できるのは、この片手に乗るくらいのもので精一杯だった。それでも、普段は食べないような上質なものを選んだ。


 この血の臭いに誘われて、できるだけ大型の魔物が寄ってきてくれるといいんだけど。

 痛いのは嫌いだから、一瞬で終わらせてほしい。



 歩いて、歩いて、歩いて。


 足下もおぼつかないくらい鬱蒼とした森の奥深く。帰り道さえ、もうわからなくなった。


 グルルルルルッ……!


 赤い光が2点、見えた。

 こちらを凝視しているそれは、まさに僕が待ち望んでいたものだった。


 夜の森の狼シュワルデッガー

 奇しくも、今回の討伐依頼の対象だ。森の奥深く、夜に活動する闇色の狼。恐ろしく凶暴で、動きが素早く、僕のような弱小冒険者が1人で敵うわけもない魔物だ。


 毛皮が高く売れることから討伐依頼は多いが、夜にしか現れない、肉食ですぐに襲いかかってくる、という特性から、冒険者たちからは嫌煙されている。リワードは大きいが、それを上回るほどのリスクがあるのだ。


 普段、こんなものに出くわしてしまったら縮み上がること間違いないが、今回は違う。


 僕よりも大きいこいつは、一噛みで僕の息の根を止めてくれるだろう。



 肉を持った右手を振り上げて、思いっきり投げる。


 グルルルッ!


 赤い目が僕を強烈に睨めつけて、一瞬のうちに飛んだ。


 暗闇から、大きな体躯が現れる。鋭い爪を生やした両脚が、僕の方を向いていた。


 こんなにしっかりと魔物を見たのは初めてだった。

 魔法を使えない僕は、魔物に対抗する術がない。荷物持ちとしてチームに随行しては、びくびくと魔物に怯えてばかりで、周囲を観察する余裕なんてなかった。


 そんなんだから、雑用係でくのぼうなんて言われても仕方がない。僕は1人で任務を受けることもできないのだから。


 こうして、一匹で獲物を仕留めようとしている魔物の方が、僕よりずっとちゃんと生きている。


 どんどんと近づき、夜の森の狼シュワルデッガー|の牙が見えた。



 このまま飛びつかれて、僕は死ぬんだ。



 そう思うと、これまでの人生が走馬灯のようによぎった。

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