【表紙絵あり】死者使いの追憶
湯湯菜吏
第1話 雑用係の僕
カンカンカン
狭い室内に、硬質な音が響く。ここ最近は、耳にこびりつくほどに聞いた音。
最初は、上手くいくのか不安だった。
でも、もうすぐ完成だ。
やっと、終わるんだ。
頬の尖りをなめらかにして、涙袋をもう少しふっくらさせて、木屑をはらう。
完成した首を持ち上げる。
軽い。
重さまでは、再現できなかった。でも……。
「うん、可愛い」
初めてにしては、上手くいった方だ。あの当時を思い出して、妥協することなく彫り進めた。
首の断面に接着剤を塗って、そっと胴体に載せる。
慎重に手を離すと、少し離れて出来上がった彼女を観賞した。
かなり完成度が高いんじゃないだろうか。
数ヶ月かけてコツコツ作った甲斐があった。
もちろん、神々しいほどに美しかった彼女に比べたら、所詮は偽物だけど。
何にしろ、こうして、彼女にまた会えた。
これで、もう心残りはない。
引き出しから、大事に保管していた彼女の形見を取り出す。彼女が肌身離さず付けていたブレスレット。硬い腕に取り付ける。
……完璧だ。
「セイ、僕はもう疲れたんだ」
きっと君は怒るだろう。君はいつだって強かったから。こんな僕を見たら、呆れるかもしれない。でも。
「もし、死後の世界があるのなら、君に会いたい」
もう一度、君に会いたい。
怒られたっていい。嫌われたっていい。またほんの一時でも君の隣にいられるのなら……。
僕は、その淡い希望のためなら、なんだってできる。
「じゃあ、僕は行くね」
しっかり、君を脳裏に焼き付ける。
本当にこれで最後かもしれないから。
◇
『ごめんね、新しい人が入ることになったから……』
幾度目かの戦力外通告。
今回はマシな方だった。
嫌みを言われることもなかったし、あざ笑う人もいなかった。賞与もしっかり払ってもらった。
でも、チームの皆は、自分の扱い方に戸惑っているようで、明らかに厄介払いができたとホッとしている様子だった。
僕の代わりなんていくらでもいる。
『荷物持ちでも何でもします』
チームを追い出される度、節操もなく、また違うチームに何度も頭を下げた。いずれつけられたあだ名は『
わかっている。魔力のない自分ができることなんて、荷物持ちくらいしかないのだ。
火をおこすことも、水を出すことも出来ない。戦闘ではただの足手まとい。まともな人ほど、こんな僕を仲間に入れようなんて思わない。
この世界で、欠陥品の僕が生きて行くのは難しい。
だから、今日、僕は死のうと思うのだ。
正直、いつでも良かった。
生きなきゃいけない理由なんて僕にはなかった。
たった1つだけ、僕の人生で燦然と輝いていたのは、8年前に死んだ幼なじみの存在だった。
彼女は、僕とは真逆の人だった。強くて、美しくて、冷静で、強い魔力を持っていた。いじめっ子から僕を救ってくれて、こんなでくのぼうが隣にいるのを許してくれた。
彼女は僕を否定しなかった。
世界中の誰もが扱える魔力を、まったく発現させられなかったとしても、彼女の近くにいられるのなら生きていける。
疑いもなく、そう思っていた。
でも彼女は14歳という若さで亡くなった。
殺されたのだ。
ナイフで心臓をひと突きだった。僕が12歳の時だった。
犯人はわからない。彼女の最後を僕は見ていない。
瞬く間に、彼女はこの世界から消えてしまった。
胸にぽっかりと穴が空いてしまったようだった。
それから、ぼんやりと生きてきた。唯一の生きがいだった彼女は、当然、いくら待っても現れなかった。
最初からないようなプライドを踏みつけられて、あざ笑われて、厄介者扱いされて。だからと言って、1人の力だけで生きていくほどの力も無くて。それでも空腹は感じて……。
そこまでして生きていく理由が、ないのだ。
◇
ギルドの依頼を受けて、森に入る。
雑用係と知られる僕が、1人で到底力の及ばないような依頼を受注したことに、受付の女性は不審がっていた。
依頼中に死亡した場合は、多少の保険金が入る。今月分の家賃ぐらいはそれで支払えるだろう。
自分の手で死ぬ勇気のないどうしようもない僕は、惨めにも魔物に殺されようと思った。
日も落ちて、人の姿はない。
森の奥へ奥へと歩みを進める。丸腰の僕は、魔物にとっては良い餌だろう。
僕の痕跡が残るように。
でも、僕を発見した人のトラウマにならないように。上手い具合に食べてほしいものだ。
そっと懐に忍ばせておいた生肉を取り出す。僕が用意できるのは、この片手に乗るくらいのもので精一杯だった。それでも、普段は食べないような上質なものを選んだ。
この血の臭いに誘われて、できるだけ大型の魔物が寄ってきてくれるといいんだけど。
痛いのは嫌いだから、一瞬で終わらせてほしい。
◇
歩いて、歩いて、歩いて。
足下もおぼつかないくらい鬱蒼とした森の奥深く。帰り道さえ、もうわからなくなった。
グルルルルルッ……!
赤い光が2点、見えた。
こちらを凝視しているそれは、まさに僕が待ち望んでいたものだった。
奇しくも、今回の討伐依頼の対象だ。森の奥深く、夜に活動する闇色の狼。恐ろしく凶暴で、動きが素早く、僕のような弱小冒険者が1人で敵うわけもない魔物だ。
毛皮が高く売れることから討伐依頼は多いが、夜にしか現れない、肉食ですぐに襲いかかってくる、という特性から、冒険者たちからは嫌煙されている。リワードは大きいが、それを上回るほどのリスクがあるのだ。
普段、こんなものに出くわしてしまったら縮み上がること間違いないが、今回は違う。
僕よりも大きいこいつは、一噛みで僕の息の根を止めてくれるだろう。
肉を持った右手を振り上げて、思いっきり投げる。
グルルルッ!
赤い目が僕を強烈に睨めつけて、一瞬のうちに飛んだ。
暗闇から、大きな体躯が現れる。鋭い爪を生やした両脚が、僕の方を向いていた。
こんなにしっかりと魔物を見たのは初めてだった。
魔法を使えない僕は、魔物に対抗する術がない。荷物持ちとしてチームに随行しては、びくびくと魔物に怯えてばかりで、周囲を観察する余裕なんてなかった。
そんなんだから、
こうして、一匹で獲物を仕留めようとしている魔物の方が、僕よりずっとちゃんと生きている。
どんどんと近づき、
このまま飛びつかれて、僕は死ぬんだ。
そう思うと、これまでの人生が走馬灯のようによぎった。
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