第2話 セイとの出会い

 ◇


『なんで僕にはまほうが使えないの……!』


 そう泣いて、母をよく困らせていたっけ。


 周りのみんなが魔法を使えるようになっても、僕は一切魔法を使うことが出来なかった。

 みんなは、自分の体の中で、魔力の流れを感じるらしい。でも、僕はそれさえもわからなかった。


 魔力の流れを感じないのだから、いくら指導されても、魔力を発現させる、つまり魔法を使うことはできなかった。魔力が少ない人はいても、魔力がない人なんていない。


 先天的に魔法を使えない人なんて、いないはずなのに。


 母も困惑したのだろう。僕は父のことをよく知らないが、冒険者で魔力の強い人だったらしいし、母自身も普通の人よりも魔法に長けていた。

 僕の「魔力の流れを感じない」という言葉を理解できなかったはずだし、そんなわけがないといろいろ調べて、魔法を使う練習もしてくれた。


 でも、結局、何をしても僕は魔法を使えなかった。


 街の小さな学校に通っていたが、魔法の授業についていけなくて、不登校になった。そして、友人だったはずの子たちはどんどんと先を行って、落ちこぼれの僕はいじめの対象になった。たまにすれ違うと嫌みを言われ、水をかけられて「ほらこのくらい魔法で乾かせるだろ」と言われることもあった。

 ようは、暇つぶしの道具にされていたのだった。


 最初は悔しかったけど、諦めがつくようになった。


 僕と彼らは違うのだ。僕は彼らに及ばない。


 魔法が使えない僕は、彼らと戦っても負けるだけだ。この世界は彼らのためにあって、僕は欠陥品。多少の理不尽は受け入れなければならない。



 母は、僕がいじめられていると知ると激高した。いじめっ子たちの家に直接文句を言いに行った。いじめっ子たちの親は、その場では申し訳ないと謝った。

 でも、子どもの僕にもわかるくらい、その視線には侮蔑が含まれていた。

 結局、いじめは止まなかった。


 母は悲しそうにしていたし、悔しそうにしていた。

 何度も「ごめんね」と僕に謝った。僕が魔法を使えないのは、産んだ自分のせいだと思っているようだった。


 僕と母は、街を出て母の祖国へと帰った。

 母の実家は貴族だった。母は冒険者になりたいと勘当同然で家を飛び出したらしい。

 そんな折り合いの悪い実家を頼ったのは、ひとえに僕のためだったのだろう。母は女手ひとつで僕を育てていて、幼い子どもを抱えて知らない地に飛び込み、一から仕事や家を用意するのは流石に無理だと判断したのだと思う。


 母の両親、つまり僕の祖父母は僕たちを歓迎した。

 母の無事を喜んだし、僕のことを可愛がってくれた。


 しかし、そうじゃない人もいた。

 母の妹家族だ。


 本当に僕の母の妹なのだろうかと疑うくらい、叔母はしょうもない人だった。

 贅沢三昧しているせいか小太りで、見栄っ張りで、意地が悪くて、金の亡者で……。


 とにかく、僕はあの人が大っ嫌いだ。

 僕たちが来たことで、遺産の分け前が減ることを心配したらしい。僕たちを追い出そうと当たり散らかして、嫌みばっかり言っていた。


 さらに、僕が母に泣きつけば、すぐに母はまたここを出るだろうと思ったらしく、僕への当たりは一層厳しかった。自分の子ども達にも、僕たちの悪口を言い聞かせていたのか、従兄弟たちも僕をわかりやすく嫌っていた。


 でも、僕は屈しなかった。

 母が無理をして僕をここまで連れてきたのはわかっていたし、もう母の悲しむ姿を見たくなかった。母のことが大好きなのに、そんなに謝らないでほしかった。


 家の中でいじめるとバレるので、従兄弟達、僕のひとつ上のマジェスタと、ひとつ年下のニイナは、僕を「遊ぼう」と外へ連れ出すことが多かった。


 主導権を握っているのは兄のマジェスタで、妹のニイナは兄に従っている感じだった。マジェスタは自分の友達に、僕が魔法を使えないことを言いふらした。


 ここで厄介だったのは、マジェスタは人気者だったということだ。あの叔母の子とは思えないくらい、マジェスタの外見は整っていて、男女ともに人気があった。しかも、外面そとづらはいいのだ。


「魔法が使えない可哀想な子だから、僕たちが面倒見ているんだ」といった具合に、自分を優位に立たせて、僕を紹介した。そして、マジェスタの親衛隊である友人達は、マジェスタと親しい(と思いこんでいる)僕に嫉妬し、「マジェスタに面倒をかけるな」と僕をいじめの標的にしたのだった。



 そんな中、出会ったのがセイだった。


 僕が8歳、彼女が10歳の時だ。

 彼女は一目置かれていた少女だった。魔力が強く、命心の会ジャッジに招聘され、ユニークスキルの持ち主であると認定されたのだ。


 ユニークスキルは、強力な魔力を持つ人の中の、さらに選ばれた人しか発現しない、非常に稀なものだ。その詳細な内容は、一般には公にされないが、僕は知っていた。


 彼女のユニークスキルは『狙う者スナイパー』。どんなに遠く離れた場所でも、座標さえ特定すれば、魔法を発現させることができるというものだった。恐ろしいほどに強力なスキルだ。



 ある寒い日。僕が、マジェスタの友人に石を投げられているところに、偶然彼女が通りがかった。


「なにやってるの?」


 たった一言、それだけでいじめっ子たちは縮み上がった。


 セイはユニークスキル持ちである上に、実家は強大な貴族で、同年代の子ども達は、「彼女には逆らうな」と、親に言い聞かせられていたのだ。


「それ、楽しいの?」


 セイは感情の読めない淡々とした声でそう言った。いじめっ子たちは、その一言を肯定的に受け止めた。セイが自分たちの仲間に加わる可能性を考えたらしい。


「うん、君もやる?」


 1人がおずおずと石をセイに差し出した。

 セイはじっと石を見ると、ため息をついて受け取った。


 そして、石を握った手を振り上げる。

 僕は頭を守ろうと腕を上げた。一瞬、彼女の手首にきらめくブレスレットが見えた。


 そして、彼女の手が振り下ろされ、シュッと、石が飛んだ。


「いっ……!」


予想していた衝撃はやってこなかった。

そっと窺い見ると、いじめっ子の1人が顔を歪めて、左肩を押さえていた。


「別に、楽しくないけど」


 いじめっ子達は情けなくも、黙りこくった。彼女に対して文句を言う勇気はないらしい。


「まだやるの?」


 セイは手を宙に上げて、何かを受け取るような素振りをした。すると、彼女の手のひらの上がぼうっと光って、大量の石が出現する。


「楽しくなるまで、やってみてもいい?」


「ひぃっ……!」

 いじめっ子達は、そろって怯えて逃げていった。



 2人きりになって、思い切って声をかける。


「あの、ありがとうございます」


「別に」

 そう言って去って行こうとする彼女を慌てて呼び止める。


「ちょっと待ってください!」


 ぴたり、と彼女の歩みが止まった。


「なに?」


 振り返った彼女に見惚れる。

 最初から思っていたが、近くで見ると、本当に美しい少女だった。見事な銀髪に、真っ白い肌。吸い込まれるような藍色の瞳は神秘的で、神の子と言われても納得できる容姿だった。

 体の線に沿うような短めのワンピースの上から、マントを羽織っているという服装は、この年頃の女性にはあまり見ない珍しいものだった。


「名前を教えてください……!」


 僕の言葉を待っている彼女に、ふと浮かんだ質問を、慌ててぶつける。呼び止めたはいいが、その先のことは考えていなかった。


「セイ……そっちは?」

「リュウアン、です」

「リュウアン……呼びづらいね」

「リュウって呼ばれてます」

「へえ」

「あの……僕と友達になってくれませんか」


 気づけば、そんなことを口走っていた。


 一瞬で彼女に惹かれた。その容姿だけじゃない。自分の世界を持っている強さに。いじめっ子達を、逆にいじめてしまえる、その豪胆さに。


 僕の言葉に、彼女は驚いたようだった。


「友達って何するの?」


「何って、えっと……一緒に遊んだりとか!」

「遊ぶ?」

 彼女は最初から結構な世間知らずだった。

 いや、僕よりもたくさんの知識があるのは確かだが、人との関わりに無関心だったのだ。


「話したり……あっ、お菓子を分け合ったりとか」


 8歳の僕にはそれ以上のことは思い浮かばなかった。

 正直、今でも世間一般の友達が何をするのかよくわからない。今年20歳になったのに、これまで生きてきて、友達がいた期間なんてほんの一瞬なのだ。


「へえ……いいよ」


 きっとこの「いいよ」は単なる気まぐれだったのだと思う。彼女にとって僕は、無害で軟弱な子どもで、わざわざ断る理由もなかったのだ。


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