第3話 光が消えた日
なにはともあれ、セイと友達になれた僕は、それから彼女に付きまとうようになった。
セイは公爵家の2番目の娘。つまり高貴な身の上だったが、強力な魔力を持っていることから、両親は自由に行動させていた。
セイは街にいることが多かったので、僕は彼女を捜し回った。
セイは目立つ。街の人に話を聞けば、かなりの確率で見つけられた。
セイは口数が多い方じゃなかったので、僕が話しかけると簡単な返事が返ってくる、といった具合で、ただただ僕が後ろをついて歩くという日々が続いた。
セイは僕が飽きるのを待っているようだった。
しかし、僕があまりにも懲りずに彼女を追い回すので、彼女は呆れて、正式に『待ち合わせ』をするようになったのだった。
街の広場の噴水。
僕たちはいつもそこで待ち合わせて、いろんなところへ行った。
森に行ってセイの魔法の修行をひたすら見ていたこともあったし、お祭りの日は一緒に屋台を回ったし、図書館で互いに黙って本を読んだり、セイの家にお邪魔したこともあった。
あの日々が人生で1番輝いていた。楽しかった。
自分を持っていて、強い魔力を持っていて、なんでも1人でできてしまうセイといると、自分も強くなったような気がした。
セイと一緒にいるようになったおかげでいじめられることもなくなったし、僕に友達ができたことを母も喜んでくれた。
セイは僕にとって神様のような存在だった。
けれど、そんな幸せな日々は突然終わりを告げる。
僕はいつも通り、噴水前でセイを待っていた。
しかし、その日、いつまでたってもセイは来なかった。
出会ってから4年、初めてのことだった。
セイが約束を忘れるとも思えなかったし、来られなくなった事情があるのなら何か連絡をするはずだ。セイのユニークスキルを使えば、そんなことは造作もないはずだった。
しばらく経って、僕はセイになにかあったのではないかと思い至った。
体調が悪くて寝込んでいるのかもしれない。そう考えた僕は、セイの家に向かった。
近くまで来ると、何か嫌な予感がした。
いつもより立っている門番の数が多かった。通りすがると穏やかに挨拶してくれる彼らは、今日に限っては、険しく緊張感のある表情をしていた。
何か異変を感じながらも近づいていくと、馬の駆ける音が聞こえ、もの凄いスピードで馬車が僕を追い越していった。公爵家の家紋の入った馬車だ。
門が開き、馬車が屋敷の敷地内へと入っていく。馬車が通過した後、門はまた迅速に閉じられた。
屋敷の前まで走った僕は、馬車から出てきた人物がセイの父親であると気づいた。張り詰めたような表情で、急いで屋敷の中へと入っていった。いつも優しく接してくれるが、僕のことは眼中にもないような感じだった。
すぐにわかった。
なにか、よくないことが起こったのだと。
「入れてくださいっ……!」
顔なじみの門番にそう頼んでも、「誰も入れないようにと言われています」の一点張りだった。
「僕、セイと約束しててっ! いつまで経っても来ないんです。なにかあったんですか!?」
その言葉に、門番は顔を歪めた。
「私からは何も……今日はもうお帰りください」
絞り出したようなその声に、絶対に通すつもりはないのだということを悟ると、僕は帰路についた。不安で押しつぶされそうだった。
この時にはすでに感じていたのだ。
僕はセイと、もう一生、一緒に遊ぶことは出来ないのだろうと。
帰り道、聞こえてきた話に足を止めた。
「かわいそうに。まだ子どもだったのにね」
「通り魔なんて。怖いわね……」
「ええ、こんなに人通りの多い道だったのに、誰も見ていなかったっていうから余計怖いわ」
どくんどくん、と心臓がはねた。
嫌な予感がはち切れんばかりにふくらんでいった。
「ユニークスキルを持つと短命になるって噂は本当なのかもね」
息が上手く吸えなかった。
足下が崩れ去っていくようだった。
それからどうやって家まで帰ったのかは覚えていない。
あの会話から導き出される答えはひとつしかなかった。
セイは死んでしまったのだ。
誰かに殺された。
僕との待ち合わせに向かう途中で。
セイともう会えないなんて信じられなかった。信じたくなかった。全部悪い夢なんじゃないかと思った。
でも、いくら泣いても、夢は覚めなかった。
突然光が失われてしまった。漠然と、ずっと僕はセイの隣にいるのだと思っていた。セイの隣にいたら、なんでも上手くいくような気がしていた。
欠陥品の僕でも、一人の人間として生きられる。
認めてもらえる。
セイは僕にとって、光だった。
未来だった。
僕は、セイが大好きだった。
そんなセイを誰かが奪った。
憎かった。
どうしてあんなに美しい人をこの世界から追い出したのか。
なんで、どうして、よりにもよってセイなのか。
涙が涸れるまで泣いて、考えた。
セイにとっての死神は、僕だったのかもしれない。
セイは、噴水に向かう途中で殺された。僕と出会っていなければ、僕と約束さえしていなければ、セイは死ぬことはなかったのかもしれない。
そうだとしたら、この世界からセイを奪ったのは僕だ。
僕からセイを奪ったのは、紛れもない僕自身だ。
その時から、僕は、自分の命がどうでもよくなった。欠陥品の僕が、セイという光を奪ってしまったのだ。
僕は生きようとしただけだ。それさえも、許されなかったというのか。
もう嫌だった。僕の命を全部使ってでも、セイを取り戻したかった。
それさえもできない非力な自分が、嫌だった。
この世界が嫌いだ。
セイの両親と話す機会があった。直接、セイの死を伝えられた。
セイは路上でいきなり背後から心臓をナイフで刺されたのだという。運ばれてきたときには既に意識が無く、そのまま亡くなった。犯人は誰も目撃しておらず、どうしてセイが狙われたのかわからないということだった。
憔悴した様子で、「セイと仲良くしてくれてありがとう」と言われた。でも、終始2人は僕の顔を見ようとはしなかった。
聞きたいことはいろいろあった。犯人の心当たりとか、最後はどんな様子だったのか、とか。セイのことは何でも知りたかった。でも、これ以上ここにいるべきではないと思った。
セイの両親は立派な人だった。
だけど、セイを街へと連れ出した僕を、許せるはずもない。僕も僕自身が許せない。2人の気持ちは痛いほどわかった。
帰り際、セイの母親に、ブレスレットを渡された。セイがいつも身につけていたものだった。
「あなたの話をするとき、いつも楽しそうだったの。よかったら、持っていて」
受け取りながら、涙が滲んだ。
もう彼女がいないことを突きつけられた気分だった。
それから、セイの家に行くことはなかった。目が眩むほどの光が一瞬にして失われたのだ。
残ったのは、欠陥品で厄介者のちっぽけな僕だけ。
いじめられっ子だった僕は、いじめられっ子に戻った。たったひとつ違うことがあったとしたら、セイの弟に猛烈に嫌われて、その取り巻きも僕をいじめるようになったということだ。僕は甘んじて受け入れた。
正直に白状すると、少し嬉しかったのだ。セイの残り香を感じたから。
僕も大概頭がおかしい。
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