第4話 これがしがない僕の人生

 セイのいない日々は淡々と過ぎていった。

 皆大人になって忙しくなったのか、いじめは少しずつ止んでいった。


 そして、セイが死んだ2年後。母を亡くした。持病の悪化だった。


 自分のことに精一杯で、親孝行も出来なかった。

 母は最後に「ごめんね」と言った。

 僕が魔法を使えないのは、産んだ自分のせいだ、と最後の最後まで自分を責めていた。

 そうじゃないのに。

 母は、僕にとって最後の理由だったのに。


 母の死後、叔母は幅をきかせるようになった。残るは僕だけなのだ。僕さえいなくなれば、遺産はすべて叔母家族のもとに入る。


 いろんな場面で身の危険を感じるようになった。


 僕の部屋の照明が突然落ちたり、「このご飯妙な味がする」と思ったらその直後に体調を崩して寝込んだり、馬車に乗っていたら脱輪したり。

 今考えると、よく生きていたなと思う。


 そして、ある日、決定的なことが起こった。15歳の時だった。


 手紙が届いたのだ。

 差し出し人はセイの両親だった。『娘の三回忌に来てほしい』という内容だった。


 いろいろとおかしいと思う点はあった。


 まず、指定されていた場所が街の郊外で、どうしてこんなところに呼び出されたのかわからなかった。それに、セイの弟の取り巻きの口ぶりだと、セイの家族の中で、セイのことは禁句になっているらしい。皆でセイを偲ぼう、などするだろうか。


 変だと思いつつも、僕は行かないわけにはいかなかった。


 セイが死んでから、僕の胸にはぽっかりと穴が空いたまま。

 母も亡くして、もうどうでもよくなったのだ。命の危険を感じても、本気で逃げようと思えなかったのは、僕には生き続けなきゃいけない理由がひとつもなかったからだった。


 セイといる時は生きるのが楽しかった。毎日が輝いていた。

 僕は惨めにも、ずっと遠くへ行ってしまったセイに、手を伸ばさずにはいられないのだ。


 約束の日に、家を出ようとしたとき、誰かに腕を引っ張られて、部屋の中に連れ込まれた。

 腕を引っ張ったのは、2つ歳上の従兄弟、マジェスタだった。昔こそよく僕に突っかかっていた彼だったが、社交界で忙しいのか、ここ最近はとんと話さなくなっていた。


 自分より背の高いマジェスタを見上げる。昔から容姿だけは無駄に整っていたが、成長してそれに磨きがかかっていた。貴族子女の間では大人気らしい。しかし、潔癖なところのある彼は、恋愛に向いていないのか、相手がいる様子はなかった。

 最も、僕が知らなかっただけなのかもしれないが。


 いつもはすれ違っても視線さえ合わないのに、今日のマジェスタはどこか真剣な面持ちで僕を真っ直ぐに捉えていた。

 居心地が悪い。一体、何の用だろう、と構えていると……。


「この屋敷を出て、そのまま遠くに行け」


「え……」


 彼の意図をくみ取ろうと、言葉をかみ砕く。

 この家に来た当初は、よく「出て行け」と言われていたが、その時とは違う。現実味のある声音だった。


「でも、僕はこれから行くところが」


「あの手紙は、母が書かせたものだ」


 マジェスタの言葉が嘘だとは思わなかった。変だ、とは思っていたのだ。


「行ったら、殺される」


 息をのむ。

 最近の嫌がらせは度を超えているとは感じていたが、叔母は本当に僕を殺すつもりだったらしい。

 ……ということはつまり、マジェスタは僕に逃げるようにと言ってくれているのだろうか。ここを出ないと、いずれ殺される。


「でも、行く場所なんて……」


 僕にはなにもないのだ。頼るアテなんかない。魔法も使えないのに、どこに行って、どう生きていけというのか。


「これ持って行け」


 そう言って、マジェスタは自分の右手にはまっていた指輪を外すと、僕の手に握らせた。


「母からもらった。良い値で売れるだろう」


「……どうして」


 なんでマジェスタがこんなことをするのかわからなかった。彼にとっても、僕は疎ましい存在のはずだ。


「……リュウアン。今まで、悪かった」


「えっ……」

 あまりにも意外な言葉にあっけにとられる。


 僕を見据えるマジェスタの瞳に侮蔑の色はなかった。純粋に、謝っているように見えた。


「母はおかしい。気づくのが遅かった」


 いつの間にか、マジェスタは変わっていた。


 今思えば、この時のマジェスタは17歳。現在20歳の僕より、随分としっかりしていた。あの叔母を反面教師にしているのかもしれなかった。


「お前を追い出したいわけじゃない。ただ、ここにいたら危険だ。だから、一旦ここを離れろ」


 マジェスタの言葉を疑う気にはなれなかった。

 僕も、生き続ける理由はないとはいえ、殺されるとわかっている場所にわざわざ出向くほどの勇気なんかなかった。


「……わかった」



 こうして僕は、出かけるふりをして、そのまま街を出た。


 持っていたのは、セイの形見のブレスレットと、マジェスタからもらった指輪だけだった。

 マジェスタは僕に「僕が後を継いだら戻ってこい」と言った。母の荷物や僕に渡るはずだった遺産はすべて残しておく、と約束してくれた。


 もっと早く、マジェスタとちゃんと話していれば良かった。敵だと思っていた彼が、最大の味方だったなんて、全然気がつかなかった。


 あれから5年、なんとか生きてきた。

 指輪を売ったお金は国を出るのに使った。


 普通の仕事を探しても、魔法が使えない僕は、代わりが見つかればすぐにクビになる。クビになってからまた新しい仕事を探すのはなかなか大変だった。

 だから、冒険者になることにした。冒険者は入れ替わりが激しいし、荷物持ちしか出来なくても需要はあるかもしれないと思ったのだ。


 実際、仕事はあった。でも、想像通り、魔法の使えない僕は嘲笑の対象だった。

 危険を冒さず、荷物を持っているだけの僕を気に入らない人も多かった。


 もちろん、哀れんで優しくしてくれる人もいたが、それと僕を必要とするかは別だ。僅かな報酬でその日暮らし。そんな日々が、もうどのくらい続いただろう。



 これがしがない僕の人生。


 楽しい時もあった。親切にしてくれた人もいた。


 けれど、もうずっと、胸には穴が空いたまま。

 失ったものは戻らない。先が、見えない。



 生き続けるのに、耐えられない。

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