第32話 人手が足りない
「あの、本当にお代をお支払いしなくていいんでしょうか?」
「はい。僕達、この前出来たばかりのクランなので、知っていただくためにこの活動をしているんです。何かお困りごとがあった際に、頼っていただければ割引させていただきますので」
「ありがとうございます。また必ずお礼もかねて伺います」
「いえいえ、お気遣いなく」
ぺこりと頭を下げたシーバ君のお母さんの腕には、赤い首輪を付けた白猫が抱かれている。その体はまるまると太っていて、重そうだ。
想像より大きかった……。
あれからセイは、1時間もかからずにゆめちゃんを連れて戻ってきた。
ゆめちゃんは、シーバ君の家の近くの路地裏に隠れていたらしい。どうやら、近くの家の人が餌を与えていたらしく、特に衰弱した様子もなく丸まって昼寝していたのだという。
この巨体なので捕まえるのにはたいして苦労しなかったらしい。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとう!」
シーバ君の表情はきらきらと明るい。
セイがゆめちゃんを抱えて戻ってきたときは、真っ先に走り寄っていた。ゆめちゃんと会えたことがよっぽど嬉しかったらしく、ずっとニコニコしている。
「どういたしまして」
こうやって、誰かの役に立てるのって嬉しいな。
まあ、今回も僕は待ってるだけだったんだけど。
シーバ君とお母さんが帰っていくのを見送りながら、セイに声をかける。
「ネオの言ったとおり、一人目が肝心だったんだね」
シーバ君親子が、セイの帰りをここで待っていてくれたおかげで、僕達へのハードルが下がったのか、ちらほらと声をかけてくる人が現れるようになったのだ。
ちなみに今、ネオは足が悪いおばあさんのために買い物に行っていて、エルさんは木に引っかかったという風船を取りに行ってる。
「そうだね」
セイの声は普段通りで、少し安心する。
「……さっき、怒ってたよね」
「別に」
それっきり黙ってしまったセイを横目で見るも、仮面のせいで表情はわからない。
気まずい。
絶対怒ってたと思うんだけどな……。
「あの、すみません」
もう1回聞いてみようと言葉を考えていたとき、女性に声をかけられた。
「はい、ご依頼ですか?」
女性は頷く。
まあ、いっか。本人が怒ってないっていうんだし。
今はこっちに集中しよう。借金返済の期限も近いし。
◇
ゆめちゃん探しから約2週間が経った。
結果的に、作戦は大成功だった。
何カ所かで同じ事を繰り返し、割引券付きのチラシをばらまいたところ、口コミも広がって、依頼者がクランハウスを訪れるようになったのだ。
そのおかげで、僕達は大忙しである。
そう、人手が足りなくなるほどに。
今は、主にネオがクランハウスで依頼の受注をしてスケジュールや金銭面を管理し、僕達3人が実際に依頼をこなすといった役割分担で活動している。
幸いにも(?)、近場で済む依頼が多いので、僕とセイで1つ、エルさんが1つ、という風に二手に分かれて動けることも多い。それでも、ぎりぎりのスケジュールだ。
セイとエルさんは、食事と同様、睡眠もそんなに必要としないらしいので、近場の採集系の依頼は夜に行ってもらうこともある。
おかげで僕は睡眠をとれていて凄く助かっているのだが……。
「このままじゃネオが過労死しちゃう……」
今もネオは一人黙々と机に向かって作業をしている。最近は4人で集まっても、全員で歓談する時間なんてない。
ネオが心配だ。依頼者への対応、書類整理、スケジュール管理、お金の管理などの諸々を一手に担っている。夜中まで作業しているし、手伝おうかと言っても「リュウは体力を温存して」と言われるばかり。
魔女によると、僕の『
ネオは、僕が疲労で倒れたら、自動的にセイとエルさんも動けなくなるのではと心配しているようだった。
ちなみに僕が寝ている間、2人は少し体を動かしにくくなるらしい。
確かに、セイとエルさんが動けなくなったら、借金返済どころではない。
せめてもと食事は僕が作っているけど……。
どうすればネオの負担を少なくできるだろうか。
「もう一人、増やせば良いんじゃないの?」
隣にいたセイが、僕の独り言に答えた。
「確かに」
人を雇ってネオの手伝いをしてもらえば、ネオも余裕ができるだろう。
でも、いろいろと問題が発生しそうでもある。
まず、金銭面について。
ネオによるとこの2週間での売上は、8000エタ。こなした依頼は40件だったので、客単価は200エタだ。
とはいっても、僕達の設定している報酬の最低額が30エタで、様子見で依頼をしにくるお客さんが多かったので、100エタ以下の依頼が半数以上を占めている。たまに1000エタの高額依頼が入ってきて、総額がこうなっている。
報酬額については、ネオが設定しているのでよく知らないが、普通のクランより最低額を少し低くしているらしい。
というのは置いといて。
このままのペースで続ければ、期限の1ヶ月後までに返済額は集まりそうだと言っていた。
依頼をこなしたという実績があれば、高額な依頼も増えてくるはずだし、一人くらい雇う余裕はありそうだ。
金銭面は問題なさそう。
ただ、避けて通れない1番の問題は、僕達のユニークスキルについて。
一緒に行動するとなると、隠し通すことはできないだろう。雇い入れた人が僕達の情報を漏らしたら、めぐりめぐってディノ・スチュワートにバレる可能性もある。そうなればまさに一巻の終わりだ。
「雇うとしても信頼できる人じゃないと」
「それなら、私たちと同じ目的を持った人間を増やせば良い」
「同じ目的ってつまり」
「ディノ・スチュワートに恨みを持つ人間」
セイの話は一理ある。目的を同じにしていたら、僕達を裏切ることもないだろう。でも、そんな人が簡単に見つかるとも思えない。
「何の話だ?」
ラフな格好をしたエルさんが、正面のソファに座った。
普段はかっちりとした服装をしているので、こうすると、だいぶ印象が変わる。
先ほどこなしてきた依頼でエルさんが泥まみれになったので、一旦帰ってきてシャワーを浴びてもらったのだった。今日はもう1件依頼があるが、夜なので少し時間がある。
「ネオの仕事量が多いので、他に誰か雇うのはどうかって話してたんです。雇うとしたら、僕達と同じようにディノ・スチュワートに恨みを持っている人がいいんじゃないかと」
エルさんはちらりとネオを見ると頷いた。
「そうだな。クランを大きくするなら、どの道、人は増やさなければならない」
「でも、僕達のユニークスキルについて秘密を保持してくれて、
「リュウがもう一人蘇らせればいいんじゃないか?」
「えっ」
確かに。
なんで思いつかなかったんだろう。
「蘇った人間は、リュウの命令には背けないんだろう? お前が『自分たちのことは誰にも言うな』と命令すればいいんじゃないか?」
そういえばそうだった。
これまで、セイやエルさんには恐れ多くて命令するなんてことなかったけど、魔女曰く、蘇った者は僕の命令に絶対服従なのだという。
「でも、今回欲しいのはネオの補佐なんでしょ? リュウが蘇らせた人間には距離制限がある」
「あっ、そっか」
「そうだったな」
今わかってるのは、半径2㎞ほどは離れていても大丈夫だということ。限界がどれくらいなのかはわかっていないし、それ以上離れたら何が起こるのかもわからない。
距離制限がある限り、一人増やしたとしても結局4人でまとまって行動しなきゃいけなくなるから、あまりネオの助けにはならないだろう。
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