第33話 制限距離

「1回、試そう」

「試す?」

「リュウと私たちがどれだけ離れられるのか。それに、私の『狙う者ちから』が、その距離制限に影響を受けるのかも知りたい」


 セイの『狙う者スナイパー』は、どんなに遠く離れた場所でも、座標さえ特定すれば、魔法を発現させることができるという力だ。

 もし、魔法自体も蘇らせた者の一部とするなら、セイの魔法発現範囲は制限距離に依存し、『狙う者スナイパー』にも制限がかかることになる。


 セイは僕と一緒に行動している時、クランハウスから2㎞以上離れた場所から、魔法でクランハウス周辺の様子を探知することができた。それが、制限距離内だったからなのか、魔法発現範囲に距離制限は関係ないからなのか、わからない。


 2㎞以上離れても平気だとわかればできることも増えるし、逆にちゃんと知っておかないと、今後何か支障が出そうだ。

 セイの言うとおり、1回調べた方がいいのかもしれない。


「でも、どうやって?」

「まず……」

 セイの説明によるとこうだった。


 1.エルさんが鳥になってひたすら真っ直ぐ飛んでいく。

 2.それをセイが魔法で追跡する。

 3.制限距離に達して、何かが起こる。

 4.セイがエルさんを救出する。(その際、セイはエルさんより遠い位置で魔法が発現できるのか試す)


 説明を聞き終えたエルさんは深くため息をついた。


「お前、私に体張る仕事を任せすぎだぞ」

「仕方ない、適任だから」

「……まあ、いい。必要なことだ」

 エルさんは渋々といった感じで了承する。

 いつも、すみません……。


「じゃあ、行こう」

「今からか?」

「早い方が良い」

「わかったから、待て。着替えてくる」


 セイの言葉に、エルさんが後ろ手に髪をくくりながら部屋を出て行った。


 今汚れ落としてきたばっかりなのに、ちょっと可哀想。



 というわけで、僕達はさっそく森に来ていた。

 セイが探知して、周囲に人がいないことは確認済みである。


鳥化チェンジ


 大きくて眼光が鋭い鳥の姿になったエルさんが飛び立ってから、少し時間が経った。


 僕とセイの前には大きな四角い板のようなもの(スクリーンというらしい)があり、そこに鳥の後ろ姿が映し出されていた。これは、セイの見ているものを投影しているらしい。


 エルさんの様子が気になってそわそわしていた僕を見て、セイが魔法で出してくれた。


 最初見たときはびっくりした。こんな魔法聞いたこともなかったし。


 仕組みはよくわからないが、この世界中で『狙う者スナイパー』を持つセイにしかできないことなのだろうとは思う。


「鳥ってこんな景色を見ているんだね」


 木が小さく見えて、空が近い。

 エルさんは止まることなく飛び続けている。気持ちよさそうだ。

 僕も1回くらい空を飛んでみ………。


「エルさん!?」


 突然、スクリーンの中のエルさんが、消えた。


 消えたというか、何かに弾かれたように後ろに跳ねて、画角から外れた。


「セイ!」

「わかってる」

 映像の視点が、エルさんを探すようにぐるっと回った。


 うっ、酔いそう……。


「見つけた」

 スクリーンに映し出されたのは、羽を広げたまま力なく落ちていくエルさん


風球ウェンド・バイト


 地面にぶつかる!といったすれすれで、鳥の体がふわりと浮いた。それからゆっくりと着地する。


 どうやらセイが魔法でエルさんを助けたらしい。

 ひやひやした……。


 ぼんっと鳥の姿が煙で隠れたかと思うと、次の瞬間にはエルさんが胡座で座り込んでいた。


 少し疲れた様子だが、無事なようだった。


 エルさんは髪を解いて、頭をぶんぶんと振った後、立ち上がる。

 それから数歩進んだ後、立ち止まると、こちらを見上げた。

 どうやら、僕達がどこから見ているのかはわかっているらしい。


「何か言ってる?」


 口をぱくぱくさせているので何か言っているようだが、音は聞こえないので、僕には内容はわからない。


「『どうやら、ここが限界のようだ。見えない壁があるかのように、ここから先は進めない』だって」

「つまり、さっきエルさんはその壁に勢いよくぶつかったってことだね」

「『私は自分で帰れるから、お前はやるべき事をしろ』だって」

「そっか……歩いて帰ってくるとしたら、だいぶ距離あるね。大丈夫かな」


 エルさんの『飛ぶ者フライ』は、全く制約がないわけではない。


 エルさんによると、鳥化エネルギーというのがエルさんの中にあって、鳥化にはそれを消費するらしい。

 鳥の大きさやスペックによって必要なエネルギー量が変わり、エネルギーは時間経過で回復する。エネルギー0の状態からMAXまで溜まるのには丸一日かかる。『神隠鳥インビジブルバード』を例に挙げると、エネルギーMAXの状態では2回変身できる程度なのだという。


 余力を残すためにも、1回鳥化したら、一定時間は空けるようにしているらしい。



「ちょうど10㎞」


 制限距離は半径10㎞。僕のスキルで蘇らせた者は、物理的に僕からそれ以上の距離を離れられないらしい。


 これがわかったのはかなりの収穫だ。

 10㎞もあればかなり自由に行動できるし、『制限距離を超えたら消滅する』というわけでもないからそんなに恐れなくてもいい。


 スクリーンの映像が動き出す。制限距離と魔法発現範囲に関係があるのか調べるようだ。

 この映像はセイが視力増強の魔法を使って見ている景色。つまり、この映像が10㎞よりも先の視点でも途切れなければ、セイは制限距離外でも魔法を発現させられるということになる。


「……超えた!」


 エルさんが『限界』と言ったラインを超えた。


 映像はどんどん奥へと進んでいく。何かに阻まれる様子はない。


「魔法は使えるんだね」

「うん、そうみたい」

 セイのスキルの強みは『どんなに遠い場所でも』魔法を発現させられること。それが制限されていないのはよかった。

 魔力量が多い人でも、魔法を発現できるのは1㎞が限界と聞いたことがあるので、制限距離内でも大きな強みではあるんだけど。


「じゃあ、エルさんが戻ってくるのを待とうか」

「それまで、狩る」

「え、何を?」

「上から食べられそうな動物が見えた」

 セイはそう言うと、再び瞳を水色に輝かせた。


 スクリーンに映し出されたのは、上から見た僕達の図。

 驚いて後ずさった僕もしっかり映し出されていた。


 視点と思われる場所を見上げると、一瞬何かがきらりと光った。よく見ると、小さい水色のガラス玉のようなものが浮いている。なるほど、あれが視点らしい。


 ガラス玉がスッと動き出す。


 スクリーンに目を向けると、ぐるぐると視界が回っていた。獲物を探しているようだが……。


「うっ……」

 じっと見てると気持ち悪くなってきた。


「リュウは休んでなよ」

「……うん、ごめん」

 木により掛かって座る。


 胸がぐるぐるする……。


 おかしいな、乗り物酔いとかするタイプじゃないのに。依頼のために早起きしたから、疲れが溜まってたのかも。


 目を閉じて気持ち悪さに耐えていると、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る