第28話 悔しいほどに勝者
明らかに、僕達に用がある様子だった。
「あの、えっと……」
しどろもどろになる僕に、目の前の男は鷹揚に口を開く。
「意外と腰が引けてるね」
「……はい?」
「それはただの見かけ倒し?」
そう言いながら、ディノ・スチュワートは僕に向かって手を伸ばす。
『暗殺』という言葉が脳裏によぎった。
えっ、えっ、何!?
殺されるの!?
パニックになっていると、彼の指がコツンと僕の面に触れる。
……どうやら、僕達の
「それとも、顔を見られちゃいけない理由でも?」
うっ、鋭い……!
「いや、そんな……」
動揺を悟らせないように意識しても、激しく脈打つ鼓動は抑えられない。額に汗が伝うのを感じる。
何を僕はそんなに緊張してるんだ。堂々としないと。
僕は、『
こんな場面で怯んでちゃだめだ。
それは、わかってる。わかってるけど。
「それ、取ってみてよ」
「え……」
得体の知れない威圧感が、恐怖が、僕を動けなくさせる。
僕より体躯が大きいからでも、彼が世界一のクランのクラン
……彼が、セイを殺した男だからだ。
世界一強いと思っていたセイをあっさりと殺し、僕の世界を180度変えた。
ああ、なんて情けないんだろう。僕から
「早く」
面を外すことは出来ない。外したら、隣のセイにもバレてしまう。
僕が恐怖に立ちすくんでいることを。
「1位 『勝者のクラン《ウィナー》』」
早く立ち去ってほしい、という僕の願いが届いたのだろうか。司会者の発表に、ディノ・スチュワートは僕から視線を外した。
「次会ったときは、それ外してね」
どこか楽しげにそう言いながら、僕達の前を通り過ぎて、ステージに向かう。
その後ろ姿は、悔しいほどに大きくて、言葉にするまでもなく
◇
クラン総会を終え、僕達はクランハウスに戻って、4人で卓を囲んでいた。
「それで、セイ。奴の顔は確認できたのか?」
「ディノ・スチュワートは私を殺した犯人で間違いない。あいつの顔も声も、全然変わってなかった」
セイはいつもの調子で淡々と答えている。
でも、会場では明らかに怒りを滲ませていた。自分を殺した相手に対して、恐れている様子は一切なかった。それに比べて僕は……。
「ディノ・スチュワートと話したんですか?」
「話したというか、一方的にリュウに話しかけてた。あの鬼の面を外せって」
「えっ、リュウ大丈夫だったの!?」
ネオの声に、ふと我に返る。
「えっと、うん。ちょうどいいところで邪魔が入ったから、外さなくて済んだよ」
「そっか。よかった」
「でも、リュウは顔が割れていないから、見られても平気なんじゃないか? 逆に断ることで目を付けられることもあるかもしれない」
「そうですよね……」
エルさんの言うとおりだ。
あの場で面を外して「何もやましいことはありません」と示していれば、彼は僕達への興味をすぐに失っただろう。
最後にかけられた「次は」という言葉。
少なくとも、僕達はディノ・スチュワートの記憶に残ってしまった。
「問題は無いかもしれませんが、今後のことを考えると、あまり情報は与えない方がいいかと。私たちの
「それもそうか」
でも、僕が死んだら、セイもエルさんも消えてしまうのは確かで……。
「それで、今後はどうするの?」
セイの言葉で、話題が切り替わる。
「そうですね……まだ返済分の5万エタ、集まってないんですよね?」
「ああ。あと3万エタ必要だな」
1週間前に、僕達の『
クランが正式に成立してしまうと、クランの構成員である僕とネオはギルドの依頼を受けられなくなってしまったのだ。そうなると、僕達は金策に困った。
各地にあるクラン掲示板に依頼募集の張り紙を貼って回ったが、この一週間で依頼は一件も来ていない。
当然だ。他の数ある有名クランを差し置いて、わざわざこんな知名度0のクランに依頼する人なんていない。世の中そんな甘くない。
ちなみに、暇だったその1週間はクランハウスの中を改装したり必要な備品を集めるのに使った。客間など、依頼者を迎え入れるための空間は最低限整えたつもりだ。
まだ1回も使ってないけど。
「やっぱり、あの急ごしらえのチラシがよくなかったんじゃないか」
「えっ」
エルさんがあまりよくない方向へ話を持っていこうとしているのに気がついて、慌てて止める。
「いや、チラシは関係ないと思いますよ! 普通、僕達みたいな無名なクランを信頼しないと思いますし」
「そうか? 無名だからこそ、安い値段で吹っかけようって輩も一定数いると思っていた……セイ、お前のあの絵は一体何だったんだ? 私は今でもわからないんだが」
「わからない?」
ああ、言ってしまった……。
一人心の中で頭を抱える。
「誰でもわかるでしょ? 迷子の猫と女の子」
「はあ? あれが?」
「意味わからん」という心の声を隠していないエルさんに、「そうだったんだ……」と呟いているネオ。
2人の気持ちは、うん、わかるよ。とっても。
「うん。親しみやすいモチーフを選んだつもりだけど」
「いや、モチーフうんぬんの話じゃなくて。あれは完全に、『血涙を流した化け物が、いたいけな赤ん坊を食い殺さんとしている阿鼻叫喚の図』だっただろうが」
「は?」
ぴきん、と一気に空気が冷たくなった心地がして、背筋に寒気が走った。
セイが怒った……。
ていうか、エルさんそんなこと思ってたのに、よくあのチラシを世に送り出したね?
「何言ってるの? 『迷子になってた猫を見つけて安堵の涙を流す飼い主の図』でしょ」
「その目どうなってるんだ? あれはそんな感動的な要素なかったぞ? なあ、リュウ」
こっちに振らないで!!!
セイの絵の話だけは、僕これまで避け続けてきたんだから!
「いや、うーん。どうだろう……」
じろり、とセイが僕を睨む。
超絶美少女な上にユニークスキル持ち、いつも自信に満ちあふれていて、落ち着いていて、頭も冴える。
そんな何事も完璧なセイの唯一の欠点、それが画力。
いや、本人は何故か並々ならぬ自信を持っているので、欠点とも言えないのかもしれないけど……。
今回のチラシも、僕が「この辺寂しいから何か書こうかな」と口を滑らせたことで、セイが自ら「じゃあ私が絵を描く」と志願して、こうなったのだ。
セイが描いた絵は、エルさんの言う通り、子どもが見たら泣いて逃げ出すだろうというくらい、おどろおどろしいものだった。誰から見ても、迷子の猫と女の子の絵ではない。絶対に。
でも、セイは自分の絵に自信があるようだし、せっかく描いてもらったのに使いませんなんてことも出来なくて、そのまま使わせていただいた。
エルさんもネオも文句を言わなかったのでそういうものかと僕も何も言わなかったのだが、あの絵について何も思わなかったわけではなく、触れないようにしていただけだったらしい。
まあ確かに、触れたら最後、呪われそうな感じはする。
でも、あの絵を描いている時のセイは珍しく楽しそうな様子で、花でも飛んでいそうな微笑ましい光景だった。なんであそこから生まれ出てきたのがあれなんだろう。
世界七不思議と言っても過言ではない。
「セ、セイの絵は昔から上手だよ。僕は猫と女の子に見えたし」
「ほら、リュウはこう言ってる」
「はあ? お前正気か?」
「正気デス……」
わかってください。僕も怖いんです。セイのこの画力についてつつくのは……。
その思いが通じたのか、エルさんはこの話を打ち切った。
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