第42話 2枚の挑戦状

「『氷竜アイスドラゴン討伐』と『森の悪魔タランチュラ討伐』か」


 僕達は今、クランハウスのリビングに介している。テーブルの上には2枚の依頼書が置いてあった。


 侯爵ジャッキー家からの『氷竜アイスドラゴン討伐』。

 子爵メビュアス家からの『森の悪魔タランチュラ討伐』。


 どちらも、『赤竜レッドドラゴン討伐』と同様、ギルドでは難易度『★★★★★黒星5つ』に相当する依頼だ。どちらも期限は2週間。


 ただし、受けるか否かは自由。


 この2枚の依頼書は、今朝、郵便受けに投函されていた。


 ジャッキー家は、前回の中間発表で18位だった『疾風のクランウィンド』、メビュアス家は、27位だった『境界のクランボーダー』と、専属契約を交わしている。


「実技試験といったところですかね」

 ネオの言葉を聞いて、考える。


「……この依頼を達成すれば、専属契約を取れるの?」

「そう単純でもないみたい」


 ネオの調べによるとこうだった。


【2つのクランに、同じ依頼をして、その達成度によっては鞍替えする】


 ジャッキー家とメビュアス家は、何かで目立った活躍を見せたクランがあると、よくこの手法をとっているのだという。


「つまり、『疾風のクランウィンド』には氷竜アイスドラゴン、『境界のクランボーダー』には森の悪魔タランチュラの依頼がそれぞれいってるってこと?」

「多分」

「私たちが依頼を達成して、かつそのクランよりも実力があると示せれば、専属契約を取れるってことだな」

「はい」

 エルさんの言葉に、ネオが頷いた。


 とは言っても、そんなに簡単な話ではないはずだ。


 同時期に同じ獲物を狙うとなると、衝突は必須。相手のクランも、この依頼の出来によっては後援が外れるということがわかっている分、必死だ。


 さらに、事と次第によっては、相手クランよりも下だという格付けがされてしまう。貴族界でそれが広まれば、他の貴族から専属契約をもらうことも難しくなってしまうかもしれない。


 嫌な挑戦状だ。


 ただ、僕達にとって大きなチャンスなのも確か。

 何より、この依頼を達成することができれば、『赤竜レッドドラゴン討伐』の得点も含めた次の中間発表では、かなり上位に入ることができるはず。 


 まず、どちらの依頼を取るかだけど……。


「俺が氷竜アイスドラゴンを獲る」

森の悪魔タランチュラは私達に任せてほしいわ!」


 2人の声が重なった。

 ディーさんと、双子の姉ミーシェだ。


「えっと……」

 ディーさんが氷竜アイスドラゴンに飛びつくのは想定通りだ。

 だからてっきり僕は、いつもの通り、僕、セイ、エルさん、ディーさんの4人で遠征に行って、双子にはこちらで通常依頼を受けてもらうんだと思っていた。


「腕が鳴るぜ」

「やっと僕達の出番が来たね、姉さん」

「ええ! 私達にふさわしい相手だわ!」


 3人はそれぞれ、依頼を受けるつもりで盛り上がっている。


「ミーシェ、オルフ。2人で森の悪魔タランチュラは危ないんじゃ……」

「いいえ! 楽勝ですわ!」

「俺たちを信じてください、リーダー! 絶対に成功させます!」


 2人は爛々と目を輝かせていた。『役に立ちたいんです!』という言葉が表情から伝わってくる。


 僕達は完全分業制なので、双子と一緒に依頼を受けたことはない。よって、この2人の実力はよくわからないが、ネオが振った依頼は問題なくこなしているようだった。


 ……この2人って、森の悪魔タランチュラを倒せるほど強かったの?


 それとも、森の悪魔タランチュラについてよく知らないとか? わからない。


「ネ、ネオ。両方受けれる感じなの?」


 水を差すのも嫌で、小声で隣のネオに聞く。どちらの依頼も遠征になるので、両方受けるとなると、他の依頼が受けられなくなってしまう。


「どっちか一方でいいかと思ってたけど……」

 ネオはスケジュールをまとめた冊子を開いて、視線を落とした。


「ちょっと大変にはなるけど、新規依頼の受注を一旦止めれば、無理ではない」

 日程的にはなんとかなるらしい。


「可能性は多い方がいいから、両方受けるのもアリだとは思う。判断はリュウに任せるよ」

「僕!?」

 いつのまにか、皆の視線が僕に集まっていた。


「「リーダー」」

 双子が訴えるような目でこちらを見ている。


 この2人は、『赤竜レッドドラゴン討伐』の後から、幾度となく「大きな仕事を任せてほしい」と言っていた。自分たちも役に立てると証明したいらしい。


 2人は充分仕事をこなしてくれているし、森の悪魔タランチュラはさすがに危ないと思うけど……。


「……両方受けましょう。僕、セイ、エルさん、ディーさんは『氷竜アイスドラゴン討伐』、ミーシェとオルフは『森の悪魔タランチュラ討伐』でお願いします。ただし、危険だと感じたらすぐに逃げること。命が一番大事です」


 最後の言葉は、ミーシェとオルフに向けてだ。仮面に隠れて見えないが、エルさんやディーさんは微妙な表情をしているに違いない。


「「はい、リーダー!」」

「了解」

「調整します」

 最後にセイが頷いたのを見届けて、解散を指示する。


 こうしてはいられない。通常依頼の遂行と、氷竜アイスドラゴンの情報収集と、やることはたくさんある。期限は2週間しかないのだ。



「あれ、『追憶のクランメモリアル』じゃない?」

赤竜レッドドラゴン討伐の?」

「うん、あの制服ユニフォーム間違いないよ」


 自分たちをチラチラ見ながら噂する声を聞いて、オルフは面の下でニヤリと笑った。


「おねーさんたち、だいせーかい!」

「えっ!」

「きゃあっ!」

 鬼の面が真っ直ぐ自分たちに向き、噂をしていた女性2人組は、ひっと体を引いた。


「俺たち、『追憶のクランメモリアル』! これから森の悪魔タランチュラ倒しに行くんだ!」


 オルフは親しげに片手でピースしてみせた。その腕を姉のミーシェがはたき落とす。


「女性を怖がらせるんじゃないわよ」

「えっ、怖い? こんなにかっこいいのに?」

 オルフェはこつんと自分のお面を叩く。


「怖いのよ」

 ミーシェとオルフは双子で見た目もそっくりだが、その性質はだいぶ異なっていた。簡単に言うと、ミーシェは常識的、オルフは非常識。

 ただし、不思議なことに好き嫌いは一致していた。ミーシェも、この鬼の面は気に入っている。傍から見たら怖いだろうことは理解しているが。


「そうかなあ」

 オルフは納得がいっていないようだった。こういう感性の相違は今に始まったことじゃないので、ミーシェは特に気にせず歩みを進める。


「さっさと倒して帰って通常任務に戻るわよ」

「そうだね。そしたらリーダー、褒めてくれるよね」

 ミーシェは、リーダーに褒められるのを想像すると、頬を緩めた。


「お願いとか聞いてもらえるかな」

「何をお願いするの?」

 一応聞いてみたミーシェだが、オルフの答えは分かりきっていた。


「もちろん、この面を外して一緒に遊んでもらう!」


 オルフの声は弾んでいた。ミーシェも、心が浮きだつ。


 2人は、『追憶のクランメモリアル』の面接の時に、一度だけクラン長リーダー、リュウの素顔を見たことがあった。


 その時、2人の心には同時に稲妻が走った。まさに、ビビビッときたのだ。

 簡単に言うと、リュウは、2人のタイプど真ん中だった。


 リーダーの顔は、決して派手ではない。素朴で、普通の人はその魅力に気づきもしないかもしれない。でも、彼はそこら辺にいる人間とはひと味違うのだ。


 優しげな瞳の奥には何か底知れないものが隠されていそうで、引き込まれるような危うさがある。かと思えば、身を任せたくなるような安心できる雰囲気を纏っている。


 2人は好き嫌いが同じだ。面接の時、リュウに一目惚れした2人は協力して、あることないことでっち上げ、『可哀想な家出少年少女』を演じ、見事『追憶のクランメモリアル』への加入を果たした。


「絶対勝つわよ」

「もちろん」


 勝つ。


 森の悪魔タランチュラに、じゃない。『境界のクランボーダー』に、でもない。

 2人の脳裏にあるのは、いつもリーダーの隣にいる人物。


 セイだ。


 2人は、面接を担当したリーダーと、副長であるネオ以外のメンバーの素顔を見たことがない。なので、セイがどんな顔をしているのかも知らない。


 だが、身長や声から、自分たちとそう歳は変わらないように思う。それなのに、リーダーと長年の付き合いがあるようで、とても親しげだし、常に一緒に行動している。


 これほど妬ましいことはない。2人にとって、セイはまさにライバルだった。


 この前の赤竜レッドドラゴン討伐だって、自分たちも参加して活躍をリーダーに見てもらいたかった。でも、結局今回もお留守番。しかも、強そうなメンバー、ディーがまた増えて、あろうことかリーダーのチームに入ってしまった。自分たちの活躍の場がさらに減ったような気持ちだった。


 そこに舞い込んだ『森の悪魔タランチュラ討伐』。


 2人は気合いが入っていた。依頼を達成するのは当然として、限りなく徹底的に素早く遂行してみせて、リーダーに一目置かれる存在にならなければ。

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