第44話 氷竜討伐
「おい、お前ら」
準備運動をするミーシェとオルフに、1人の男が近づいてきた。
「なに?」
自分たちよりも頭2つ分は背の高い相手だが、オルフは全く怯むことなく返す。
「目的は
「答える義理はないわね」
ミーシェは男をじっと見つめた。
派手な柄の腰布に、下唇には銀のリング。
間違いない、『
後方には似たような格好をした人間が3人いる。
「俺たちも舐められたもんだなあ?」
浅黒い肌が、怒りでひくついた。
「こんなガキ2人寄越しやがって!」
『
血気盛んなボルボを見上げたミーシェは、あろうことか笑ってみせた。幸いにも面で顔が隠れていたため、ボルボは気づいていない。
「そんなこと言って良いのかしら」
しかし、声にはありありと愉悦が含まれていた。
「ああ!?」
「だって、ねえ?」
ミーシェが隣のオルフに同意を求める。
「ねえ、姉さん」
オルフはミーシェと顔を合わせると、頷いた。
「だって」
2人の声が合わさった。
「「これから僕(私)たちに負けちゃうのに」」
明らかに馬鹿にされたボルボは、顔を怒りで真っ赤にした。
「てめえら、ふざけんっ」
2人の肩をとっつかもうと腕を伸ばすが、届く前に後ろから駆けてきた仲間に羽交い締めにされる。
「ボス! やめてください!」
「相手は子どもだぞ!!」
ボルボが仲間に引きずられていくのを見送りながら、2人は手を振ってみせた。それがまた彼の怒りを増長させるのだが、2人はそれも楽しんでいる様子だ。
「あの人に、リーダーの爪の垢を煎じて飲んでいただきたいわね」
「そんなのもったいないよ。それなら僕達が飲ませてもらおう」
「名案だわ。帰ったら頼んでみましょう」
◇
「くしゅんっ」
「大丈夫?」
「確かに、ちょっと今日寒いかもね」
なんだか一瞬、ぞわりと寒気を感じた。海に近いからだろうか。
もうすでに、『
オールを漕ぐのは、ディーさんとエルさんが担当してくれる。エルさんは僕やセイより断然力があるし、ディーさんは世界中を一人旅していたので慣れたものなのだという。
「せーのっ!」
エルさんのかけ声で、二人同時に両手を回す。
その一漕ぎで船はぐんっと進んだ。
さすがだ。
この調子だと案外早く島に着くかもしれない。もしかしたら、『
船の上に立って進路を眺めながら、そんなことを思っていた矢先のことだった。
「うわっ!!」
ぶわっと、強い向かい風が吹いて、体が傾いた。そのまま尻餅をつく。
「いったあ!」
「リュウ!」
セイに大丈夫だと伝えようと口を開くも、声を吐き出すより先に、風が一気に流れ込んで、むせる。
ちっ、窒息する……!
人生で経験したことがないほどの、強風だ。
なに? どういうこと!?
さっきまであんなに凪いでたのに!
「船に掴まれ!」
エルさんの指示が途切れ途切れに聞こえる。
船の縁を掴んで状況を理解しようとするが、風はどんどんと強くなっていく。船を漕ぐどころか、落ちないようにするのに必死だ。
明らかに異常事態。
「くそ! 弾き返す!」
ディーさんが片腕で槍に手をかけた。
「ディーさん! こんなところで力を使わないでください!」
たしかにディーさんの力なら、この風を弾き返すことができるのかもしれない。
しかし、ここはまだ岸にほど近い、見晴らしの良い海上だ。
『
「じゃあどうするんだ!」
このままじゃ、船は岸に戻されてしまう。
『今回あなたたちには、ここで指をくわえて待っていてもらいます』
そういえば、『
……なるほど、この風は彼の仕業だ。僕達を島に上がらせない気だ。
風に目を眇めながら前方を確認すると、『
他クランの依頼を妨害してはいけない、というのは暗黙の了解。
だけど、今回のような場合は違うのかもしれない。
「セイ! ウダ・ジーンの気を逸らして! なるべく、こっちの仕業だってバレないように!」
「わかった!」
「
少しして、風が弱まり、元の状態に戻った。
『
「沈んでる!?」
はるか前方にある船は少しずつ下降している。空耳か、悲鳴も聞こえる。
「セイ!? 何したの!」
「船に穴開けた」
「穴!?」
「大丈夫。劣化のせいに見えるようにしといたから」
「そういうことじゃない!」
確かに気を逸らしてほしいとは言ったけど、まさかこんな手段に出るなんて。
普通に海だし、浅くはないし、もし死んだら僕達のせいだよ!
「ははっ、いいザマだ」
「先に手を出したのはあいつらだしな」
ディーさんが笑い、エルさんが同意する。
……ここにまともな人間はいないのか?
「エルさん、ディーさん、漕いでください! 助けますよ! 相手が死んだら勝負どころじゃないです!」
「お、おう」
「わかった」
2人は驚いたように頷いてから、オールを持ち直して漕ぎ始めた。
◇
それから僕達は『
結果的に、セイの『船に穴をあけて沈没させる』作戦は大成功だった。
というのも、船が沈んでくれたおかげで『
ウダ・ジーンの気を逸らすための行動が、まさかの収穫を生んだ形だ。
『
・魔法が届かないくらいの距離があったこと
・僕達が船貸し所に着いたのは彼らよりも後だったこと
・僕達が彼らを助けたこと
という3点と、船の壊れ方から、セイの計画通り、船が劣化していたせいだと結論づけてくれたようだった。良かった。
『勝てる見込みもないのに
眼鏡の奥の瞳が僕を剣呑に見つめていた。
『準備が整い次第、また来ます。それまでに倒せなければ、私達がもらいます』
それだけ言い残して、彼らは去って行った。
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