第44話 氷竜討伐

「おい、お前ら」

 森の悪魔タランチュラが出現する森の入り口にて。

 準備運動をするミーシェとオルフに、1人の男が近づいてきた。


「なに?」

 自分たちよりも頭2つ分は背の高い相手だが、オルフは全く怯むことなく返す。


「目的は森の悪魔タランチュラか?」

「答える義理はないわね」

 ミーシェは男をじっと見つめた。


 派手な柄の腰布に、下唇には銀のリング。

 間違いない、『境界のクランボーダー』だ。

 後方には似たような格好をした人間が3人いる。


「俺たちも舐められたもんだなあ?」

 浅黒い肌が、怒りでひくついた。


「こんなガキ2人寄越しやがって!」


 『境界のクランボーダー』は、もとは捨て子のコミュニティー。そのクラン長リーダーのボルボは、短気で有名だった。いわゆる不良ギャングのボスだった男だ。


 血気盛んなボルボを見上げたミーシェは、あろうことか笑ってみせた。幸いにも面で顔が隠れていたため、ボルボは気づいていない。


「そんなこと言って良いのかしら」

 しかし、声にはありありと愉悦が含まれていた。


「ああ!?」

「だって、ねえ?」

 ミーシェが隣のオルフに同意を求める。


「ねえ、姉さん」

 オルフはミーシェと顔を合わせると、頷いた。


「だって」

 2人の声が合わさった。


「「これから僕(私)たちに負けちゃうのに」」


 明らかに馬鹿にされたボルボは、顔を怒りで真っ赤にした。


「てめえら、ふざけんっ」

 2人の肩をとっつかもうと腕を伸ばすが、届く前に後ろから駆けてきた仲間に羽交い締めにされる。


「ボス! やめてください!」

「相手は子どもだぞ!!」

 ボルボが仲間に引きずられていくのを見送りながら、2人は手を振ってみせた。それがまた彼の怒りを増長させるのだが、2人はそれも楽しんでいる様子だ。


「あの人に、リーダーの爪の垢を煎じて飲んでいただきたいわね」

「そんなのもったいないよ。それなら僕達が飲ませてもらおう」

「名案だわ。帰ったら頼んでみましょう」



「くしゅんっ」

「大丈夫?」

「確かに、ちょっと今日寒いかもね」

 なんだか一瞬、ぞわりと寒気を感じた。海に近いからだろうか。


 もうすでに、『疾風のクランウィンド』は船に乗って島に向かっている。僕達もちょうど今、手続きを終えて船に乗り込むところだった。


 オールを漕ぐのは、ディーさんとエルさんが担当してくれる。エルさんは僕やセイより断然力があるし、ディーさんは世界中を一人旅していたので慣れたものなのだという。


「せーのっ!」

 エルさんのかけ声で、二人同時に両手を回す。

 その一漕ぎで船はぐんっと進んだ。

 さすがだ。


 この調子だと案外早く島に着くかもしれない。もしかしたら、『疾風のクランウィンド』に追いつけるかも。


 船の上に立って進路を眺めながら、そんなことを思っていた矢先のことだった。


「うわっ!!」

 ぶわっと、強い向かい風が吹いて、体が傾いた。そのまま尻餅をつく。


「いったあ!」

「リュウ!」


 セイに大丈夫だと伝えようと口を開くも、声を吐き出すより先に、風が一気に流れ込んで、むせる。

 ちっ、窒息する……!

 人生で経験したことがないほどの、強風だ。


 なに? どういうこと!?

 さっきまであんなに凪いでたのに!


「船に掴まれ!」

 エルさんの指示が途切れ途切れに聞こえる。


 船の縁を掴んで状況を理解しようとするが、風はどんどんと強くなっていく。船を漕ぐどころか、落ちないようにするのに必死だ。


 明らかに異常事態。


「くそ! 弾き返す!」

 ディーさんが片腕で槍に手をかけた。


「ディーさん! こんなところで力を使わないでください!」


 たしかにディーさんの力なら、この風を弾き返すことができるのかもしれない。

 しかし、ここはまだ岸にほど近い、見晴らしの良い海上だ。

 『突く者ランサー』を使えば、彼が死んだはずのディエゴ・デトロイトだとばれてしまうかもしれない。


「じゃあどうするんだ!」

 このままじゃ、船は岸に戻されてしまう。


『今回あなたたちには、ここで指をくわえて待っていてもらいます』


 そういえば、『疾風のクランウィンド』のウダ・ジーンがそんなことを言っていた。

 ……なるほど、この風は彼の仕業だ。僕達を島に上がらせない気だ。


 風に目を眇めながら前方を確認すると、『疾風のクランウィンド』の船はすいすいと前進していた。僕達が向かい風に苦しんでいるというのに、向こうは追い風でも吹いているようだ。


 他クランの依頼を妨害してはいけない、というのは暗黙の了解。

 だけど、今回のような場合は違うのかもしれない。


「セイ! ウダ・ジーンの気を逸らして! なるべく、こっちの仕業だってバレないように!」

「わかった!」


氷の飛礫ディカギート・バイト


 少しして、風が弱まり、元の状態に戻った。



疾風のクランウィンド』の船がのと同時に……。



「沈んでる!?」


 はるか前方にある船は少しずつ下降している。空耳か、悲鳴も聞こえる。


「セイ!? 何したの!」

「船に穴開けた」

「穴!?」


「大丈夫。劣化のせいに見えるようにしといたから」

「そういうことじゃない!」


 確かに気を逸らしてほしいとは言ったけど、まさかこんな手段に出るなんて。


 普通に海だし、浅くはないし、もし死んだら僕達のせいだよ!


「ははっ、いいザマだ」

「先に手を出したのはあいつらだしな」

 ディーさんが笑い、エルさんが同意する。


 ……ここにまともな人間はいないのか?


「エルさん、ディーさん、漕いでください! 助けますよ! 相手が死んだら勝負どころじゃないです!」

「お、おう」

「わかった」


 2人は驚いたように頷いてから、オールを持ち直して漕ぎ始めた。



 それから僕達は『疾風のクランウィンド』のメンバーを引き揚げると、重量オーバーで沈みそうな船をなんとか漕いで船貸し所まで戻った。


 結果的に、セイの『船に穴をあけて沈没させる』作戦は大成功だった。

 というのも、船が沈んでくれたおかげで『疾風のクランウィンド』が氷竜アイスドラゴン討伐のために用意していた高火力爆弾がすべて使い物にならなくなったからだ。


 ウダ・ジーンの気を逸らすための行動が、まさかの収穫を生んだ形だ。


 『疾風のクランウィンド』は、船が壊れたのは僕達の仕業じゃないかと怪しんでいたが、


 ・魔法が届かないくらいの距離があったこと

 ・僕達が船貸し所に着いたのは彼らよりも後だったこと

 ・僕達が彼らを助けたこと


 という3点と、船の壊れ方から、セイの計画通り、船が劣化していたせいだと結論づけてくれたようだった。良かった。


 氷竜アイスドラゴンも、攻略法は短期決戦一撃必殺。爆弾を失ったことで討伐の目処が立たなくなった彼らは、驚くほどあっさりと撤退を決めた。


 『勝てる見込みもないのに氷竜アイスドラゴンに挑んで、みすみす仲間を危険に晒すようなまねはできません。助けていただいた礼もかねて、今日のところは引き下がりましょう。ただし』

 眼鏡の奥の瞳が僕を剣呑に見つめていた。


『準備が整い次第、また来ます。それまでに倒せなければ、私達がもらいます』


 それだけ言い残して、彼らは去って行った。

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