第6話 目には目を

 夜のギルドは治安が悪い。

 ギルドは2階建てで、1階には受付、2階には資料庫や応接間などがある。地下は、昼間は食堂、夜は酒場として営業していて、日付を回ったこのくらいの時間帯は、酔っ払った屈強な男達が多い。だから女性はほとんどいない。


 そうは言っても、僕達が用がある1階は人が少ないだろうし、依頼を完了してすぐに帰れば問題ないだろう。


 そう思っていたんだけど……。


 セイがギルドの扉を開けてすぐに、外からも聞こえてきていた喧噪がわかりやすく静まった。


 そうだ、セイは超絶美少女だった。


 ギルドの中に消えていくセイを慌てて追いかける。それにしても、この台車本当に重い。こんなことなら鍛えておけば良かった。


「おいおい、お嬢ちゃん。えらいべっぴんさんだなァ?」


 僕が入り口の段差で台車を入れるのに苦戦している間に、数人の男がセイに近寄った。


「こんな時間に1人でどうしたんだ?」


 酒に酔って顔を赤くした男達がセイに絡む。セイはスッと一歩横に避けて、淡々と答えた。


「1人じゃない」


「ああ? ……おい、『雑用係ざこ』じゃねえか」


 後ろの僕に気がついて、男がにやりと笑った。


「こいつがお嬢ちゃんのツレってか?」


「悪いことは言わねえ、こいつはやめときな」


「男は甲斐性だぜ、嬢ちゃん」


 ワハハッと笑いながら、男達は立て続けに言い募った。


「……あ? なんでてめえがそんなの持ってんだ?」


 1人が、僕が引いている台車に気づいたようだ。怪訝そうに大股で近づいてくる。


「おいおい、どこで拾ってきたんだよ」


「お前が弱っちいのは知ってるが、ネコババはよくないぜ?」


「これはそんなんじゃ……」


「ああ? ぼそぼそ喋ってんと聞こえねえんだよ」


「いい年して情けねえな」


「いったっ……!」


 僕より頭ひとつ分は大きい男が、握りこぶしをぐりぐりと僕の頭に押しつける。容赦のないそれに、痛みで涙が滲んだ。


 たしかに、僕は情けない。こんなに好き勝手されても、反撃する勇気すらない。


「それ、寄越せよ。半分で良いぜ」


 無茶苦茶だ。台車をぎゅっと引き寄せる。


 これは、セイが倒した獲物だ。絶対、渡すわけにはいかない。

 そう覚悟を決めた時。


「波動弾(ウェナイ・ギガ)」


「ヴッ……!」


 一瞬強い風が吹いたと思うと、僕の頭に圧をかけていた男がうめき声をあげ、僅かに後ずさって倒れた。


 胸の辺りを押さえて苦しんでいる。


「おい……!」


 一緒になって僕達に絡んでいた仲間が、倒れた男に駆け寄った。

 場が騒然とする。


「お前がやったのか!?」


 セイが魔法語を唱えたので、それは明らかであったが、男達は信じられないようだった。


 それもそうだ。

 こんな美少女が、躊躇なく、人間に向かって、あの威力の魔法を放つなど、なかなか受け入れられない。


 でも、僕は驚かなかった。セイは昔から強くて、いじめっ子に平気で石を投げるくらいには肝が据わっているのだ。


 セイは同年代の子から恐れられていたが、それは『公爵家の娘だから』、『ユニークスキル持ちだから』という理由だけではなかった。目には目を、歯には歯を、という凶暴性も持っていたからだ。僕はそんなところにも憧れたのだけど。


「酔いは醒めた?」


 セイの淡々とした声が響いた。


「お前っ……!」


 男達がセイを睨み付ける。しかし、セイは全く怯む様子はなく、むしろ軽く口角を上げた。


「いい年して情けないね」


 セイの笑みに見惚れる。


 かっこいいっ……。


 男達はヒッと顔を歪めた。


「覚えてろよっ……!」


 絵に描いたような捨て台詞を放って、倒れている仲間を引きずってギルドを出て行く。


「忘れてやらないよ」


 男達を見送りながらそう呟いたセイに、ぞくりとする。


 僕も言われてみたい、だなんて言ったら、引かれるだろうか。



 ◇


「お二人が絡まれていたのは知っていますが、ここであのような乱闘はちょっと……」


「「すみません」」


 苦言を呈した受付の女性に、2人同時に謝る。当然だが、ギルド内は戦闘禁止だ。


「あの、依頼の完了手続きを……」


「はい、かしこまりました。冒険者証のご提示お願いします」


「あっ、はい」

 1人で依頼を達成した経験がほぼ皆無な僕は、この手続きに慣れていない。慌てて冒険者証を取り出す。


「……はい、夜の森の狼シュワルデッガー討伐依頼ですね。そちら、お預かりしてもよろしいですか」


「はい」


 裏から出てきた男の人が、シュワルデッガーの乗った台車を軽々と回収していく。

 ……やっぱり、僕って貧弱なんだな。


「では確認しますので、少々お待ちください。こちらの番号でお呼びします」


 討伐依頼は、完了報酬と、その素材の状態に応じた報酬が出る。シュワルデッガーの鑑定をするために、少し時間がかかるらしい。

 番号札を受け取ると、近くの椅子に座って待つことにした。



「それで、どういうこと?」


「なにが?」


 僕の問いかけに、セイが聞き返す。


「セイがここにいる理由」


 ここまできたら、これが夢じゃないような気がしてきた。セイに頬を打たれた時は普通に痛かったし、台車を引いていた腕は情けなくも既に筋肉痛だ。


 なにより、セイが鮮明すぎる。現実の彼女は僕の思い出の中よりもずっと美しかった。僕にこんな想像力はない。


 でも、もしこれが現実なら、どうして死んだはずのセイがここにいるのか。


 セイの口ぶりだと、僕の力らしいけど……。


「私も詳しいことはわからない。ただ、名前を呼ばれて、気がついたら目の前にリュウがいた……『セイ、僕はもう疲れたんだ。もし、」


「うわあああっ! もういいよ、わかったから!」


 続く言葉がわかって、慌ててセイを遮る。


 確かに、セイに語りかけているつもりではあった。しかし、本当にセイに届いていて、かつ本人に復唱されることになるとは思わなかったっ……!


「これがつけられて、少しずつ熱が生まれる感覚がした。リュウが出て行って、少ししてから、動けるようになった」


 セイがブレスレットを撫でる。銀の金具にいくつもの小粒の宝石が光るそれは、やっぱり、彼女の手にあるのがしっくりくる。


「本当に僕の力なの?」


「それ以外に考えられない」


 そう言われても、疑ってしまう。


 僕は魔法が使えないのだ。どんなに簡単とされる魔法も、遂に使えるようにはならなかった。

 きっと生まれつき魔力がとてつもなく少ないか、あるいは何かの異変で魔力がないのかもしれない。そんな僕が、こんなことを成し遂げられるとは思えない。


「私も、自分の身になにが起こっているのかわからない。時間制限、あるいは条件がある可能性も……」


「セイが消えちゃうかもしれないってこと!?」


「むしろその可能性の方が高いと思う。死者が蘇るなんて聞いたことがない」


 確かにそんな話聞いたことないし、都合良すぎるかもしれないけど……!


 せっかくセイに会えたのに、またセイがいなくなってしまうなんて嫌だ。


 つい数時間前まで、『セイにもう一目でも会えれば……』なんて考えていたけど、実際会ってしまったら話は別だった。


 またセイのいない、あの日常に戻るなんて、考えるだけで……。


「じゃあ、どうすればいい!?」


 必死な僕に、セイは何事か考えてから、あくまでも冷静な口調で言った。


「まずは、リュウの力のことを知る必要がある」


「僕の力……?」


「もし、死んだ私がここにいるのがリュウの力だったとしたら、それは間違いなく……」


 続いた言葉が、僕に無縁のものすぎて呆気にとられる。



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