9話 岸野空爆(後編)

 とおくにえるアレはなに

 あおひかるクラゲのようなフワッフワッはどこ?

【ウミック】なんかに、流行りゅうこうがあってたまるか。

 しかも、れた【ヒュインヒュイン】のごえのような雑音ざつおんが聞こえない。

【ウミック】の雑音が聞こえない……こんなしずかな空域くういきに【ウミック】が本当ほんとうにいるのだろうか。


 本当に、正体不明しょうたいふめいのアレを【ウミック】として断定だんていしていのか。

【ラダー】のかたちはクラゲの形ではなく、蜘蛛クモのような網目あみめのような梯子はしごっぽい。スッカスカで、【ウミック】の搾油さくゆ吸収きゅうしゅうして活動かつどうしている。ほとんどのひとは【ラダー】の存在そんざいらない。だって、人がかない、地下ちか処理しょり施設しせつで【ウミック】をしぼってチューチューするためにうごいているから。


【ラダー】融合ゆうごうへいとなった自分には、アレが【ラダー】ではなく、魔油まゆまりに詰まった「美味おいしそうな【ウミック】のボディ」だとわかってしまう。


五十虹ごじゅうにじ中佐ちゅうさ新型しんがた【ウミック】の大規模だいきぼ襲来しゅうらい目視もくししました。もうすこし、きつけますか?」

 <標本ひょうほんよう解剖かいぼう用に一体ずつをのこして、ぜん破壊はかいかまわない>

「では、二体隔離かくりして活動かつどう停止ていしさせます」

 <アリスちゃん。

 なるべく、きずつけないで>


 斥候せっこうとしてれからはなれた三体のうちの二体にびつく。

 すぐ、活動停止ていしにするため、【ウミック】のかく凍結とうけつさせる。そうすると、大人おとなしくなって、空港くうこう滑走路外かっそうろがい雪原せつげんにポスンッポスンッとちていった。


 触肢しょくしは無いから、触肢にいかけまわされることもへばりつかれることも無い。これはありがたい。

 ワームのような単純たんじゅんそうな筒状つつじょうでも無い。


「クジラ」

 ヒレが無いと、寸胴ずんどうだ。

 でも、触肢じゃなくても、ヒレりのほうがかったとおもう。

 まるで、空飛そらとぶツルッとした潜水艦せんすいかんだ。



「ステルスせいたかいんだ」



 づいたけれど、おそかった。

 フワッと鼻先はなさき生温なまあたたかい空気くうきたった。わたしの鼻息はないき自分じぶんの鼻先にかえってる。

 いる。

 確実かくじつにいる。

 遠くにいたはずの【ウミック】のれ。でも、本当はステルス【ウミック】が急接近きゅうせっきんしていた。

 とっても、しずかで、なになんだか理解りかいいつかない。それでも、破壊しなくちゃいけない。


いちこと

 じゅうひと

 ひゃくみず

 せん

 まんゆう

 おくごう

 ちょうきゅう

 けい

 灰衣童子はいえのどうじ諸手もろてたま

 

 またたひかりもとかたち

 ただし山嶽さんがくさかさ山嶽さんがく


【ラダー】と融合しても、人間にんげんの形をうしなわなかった。作業服さぎょうふくなかふくれることも無し。


 おとうさんがつくった魔銃まじゅうかまえなくても、ちいさな魔弾まだんが二つどこからともなく出現しゅつげん。でも、一瞬いっしゅん巨大きょだいなものに変化へんかした。

 巨大なくもでは無い。

 三角さんかくやまさかさ三角の山が岸野市上空に出現する。


 このままでは自分もきこまれるので、飾戸かざりど方面ほうめんんで、巨大な山のサンドイッチにはさまれないよう回避かいひ行動こうどうる。


 山と山のあいだから見事みごと離脱りだつ出来た。

 山同士どうしそこ部分ぶぶんがピタリとわさった瞬間しゅんかん。二つの山からはみ出した、グチャグチャにつぶれた【ウミック】がステルスせいを失い、ビクビクと痙攣けいれんはじめる。

 のがれた【ウミック】も、山の底からのびた触肢のような、灰色はいいろからみつかれて、山のサンドイッチの隙間すきまれてかれた。


 <アリスちゃん。

 レーダーで感知かんちした、岸野市上空の新型しんがた【ウミック】はすべて破壊出来たよ。

 21時36分ニヒトサンロク特別とくべつ臨時りんじ軍事ぐんじ作戦さくせん終了しゅうりょう

 空爆くうばく、おつかさま

 編成へんせい一人だから、五重虹中佐との通信つうしんで「特別臨時軍事作戦終了」となてしまった。

 軍事作戦って、こんな感じだったっけ。

 もっと、ガミガミおこられたり、一日中跳び続けてもねぎらいの言葉ことばが無かったりした。


 でも、へんだな。

 みじかぎる。

 これじゃあ、魔習まならせいとして破壊活動すればかったのに。

 しっくりしないまま。わたしは「食事しょくじえた」【ラダー】融合体ゆうごうたい(巨大な山のサンドイッチ)がまた魔弾サイズに小さくなって、自分のまええるのをながめていた。


「特別臨時軍事作戦を完了。飾戸ノ大蕗おおぶきりょう帰寮きりょうします」

 わたしは飾戸市中心街ちゅうしんがいかって、跳躍ちょうやくする。融合兵だから、ジャンプだい使つかわずに、よりはやべる。

 <一条いちじょう 白黒ものくろ有栖ありすくん。君は十歳ととせ空軍くうぐん基地きち帰還きかんしたまえ>

 作戦せくせん指揮しきった桑原くわばら大佐たいさ言葉ことば圧力あつりょくをかけられる。

涙堂るいどう先生せんせい。わたし、かえってもいよね?」

 <わたしの【ラダー】コレクションを提供ていきょうしたんだぞ!>と途端とたんに、みょう馬鹿ばかげた大声おおごえで、桑原大佐が怒鳴どなり出した。

 <いいえ。あのコレクションは一部いちぶ十歳空軍基地へ寄贈きぞうされています。

 アリスちゃんが持ち出した【ラダー】の管理かんり責任せきにん北部ほくぶ方面ほうめん部隊長ぶたいちょうにありましたが、飾戸ノ大蕗寮バンクカウンセラーの涙堂先生にうつりました。もちろん、最初さいしょからいままでのあいだ所有権しょゆうけんは桑原大佐個人こじんにありません>

 五重虹中佐が桑原大佐の主張しゅちょうあやまりを指摘してきする。

 <融合兵として所属先しょぞくさきが無ければ、こまるだろう!>

 <空軍幕僚部ばくりょうぶでお世話せわしていますから、おになさらず>なんて涙堂中佐も言うもんだから、あーあ。

 大人おとなって、大変たいへん

 <何故なぜ、幕僚部が出て来る!>


 だから、わたしも場所ばしょを桑原大佐につたえなければならない。

「桑原大佐には感謝かんしゃしています。

 一時いちじてきにでも管理をしつけてごめんなさい。

 敷星しきぼしインシデントで融合したのは米国ゴールドシーズン社製だけじゃ無かったんです。

 一年半前。ぐん病院びょういんで、敷星地下処理施設登録とうろく【ラダー】ver.ヴァージョン29トゥエンティナイン-1ワン-440フォーフォーゼロ80エイトゼロ摘出てきしゅつ手術しゅじゅつけました。この【ラダー】はわたしの身体からだもどっただけなんです。

 飾戸へ跳びます」

 <彼女かのじょ善意ぜんいで、十歳空軍基地にし出されていたんです>と五重虹中佐が桑原大佐をなだめてくれる。


 <アリスちゃん。

 ぼくかえるから、現地げんち合流ごうりゅうしよう>


 「どこへ帰る」かも。「現地合流」の目星めぼしもバッチリ。一条 白黒有栖のさき把握はあくしているよ。無茶むちゃするなよ。上手うまくやれよ。

 なんてこと無い涙堂中佐の言葉に、すべてがこめられていた。こわっ。

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