12月23日

6話 雷撃の傷痕は青く光る(前編)

 12月23日。

 冬期とうき魔習まならいのいえりょう起床きしょうは6時00分。

 魔術まじゅつしょうから全国ぜんこくの寮に自動じどう送信そうしんされている一斉いっせい放送ほうそう

 一年半まえ毎朝まいあさ、オルゴール調ちょうの「乙女おとめいのり」がオープニングでながれた。

 こんシーズンは……大音量だいおんりょうの、スメタナの「モルダウ」。

 <日本にほん全国の魔習いのみなさん、おはようございます。

 こちらは魔術省です。

 今日きょうはは魔習い二日目。

 寮の仲間なかま仲良なかよく、元気げんきに、破壊はかい活動かつどうはげみましょう>

 管弦楽かんげんがくはなやかな音色ねいろなかで、トライアングルがチリリリンとひびく。


 昨晩さくばん水落みずおととししなかったから、水洗すいせんトイレも洗面所せんめんじょ蛇口じゃぐちも、発泡はっぽうおんこえない。

 あの独特どくとく水出みずだしのおと……ゴプゴプゴプジャッパジャッパジャパーッ。

 水落とししないでて、むかえた今日。

 凍結とうけつしなかった。かった、良かった。

 きちんと、「モルダウ」がこえる。


 でも、ふゆあさ身支度みじたく憂鬱ゆううつ

 こおってもおかしくないような、キンキンの冷水れいすいが洗面だいの蛇口からながれる。

 かおあらいたくないし、みがきたくない。

 でも、やっぱり、あさ一番いちばんの水は水じゃない。

 凍っているのにれたはりみたいに、つめたいしいたい。


 エンドは朝からおを出ししみしないで使つかって、洗顔せんがんみがきをはじめる。

 給湯器きゅうとうき稼働かどうする音がゴゴゴーッとかすかに聞こえる。

「おはよー、エンド」

「おはよう、アリス。

 昨日きのう脂水やにみず空域くういき大型おおがた【ウミック】を破壊したって本当ほんとう?」

 あっ、もう、うわさになってるのか。

 初日しょにち最多さいた破壊数はかいすう公開こうかいされなかったけれど、ちかくにいたらしたのかな……。


「どうして、そんなことをたしかめたいの?

 エンドは毎日まいにち、最多破壊数で評価ひょうかされたいんでしょう。

 大型にこだわりなさそうだけど」

ねらっていたのは初日しょにち最多破壊数の全国トップ。

 貴方あなたのおかげで、トップの破壊数が公開」

 不機嫌ひきげんそうな顔はしていないから、エンドはおこっているわけじゃいらしい。

「トップ数がりたいの?」

ちがう。

 わたし、はるにトラブルにきこまれて。トレブルをおこした加害者かがいしゃ学校がっこうめた。

 アンビシオンのクラス担任たんにん外国がいこく空軍くうぐん跳躍ちょうやくへいくずれにしかられたの。

『御前のせいで、跳躍兵候補こうほ人材じんざい駄目だめにした』ってわれた。

 このままだと、学校がわてい評価をつけられる。

 ぶのはきらいだけれど、跳躍台を使えるようになるのが冬休みの目標もくひょうなの」

 エンドはお湯の蛇口をじて、わたしの両肩りょうかたく。

「跳ぶのを無理むりをしても、つらいだけだよ」とわたしがエンドのあつからのがれようと、一歩うしろへがろうとした。でも、エンドはわたしの両肩をグッとつかんだままはなしてくれない。

「アリス、わたしに跳躍をおしえて」


 朝のみあう時間じかんに、洗面所でエンドにせまられているわたしを面白おもしろそうに傍観ぼうかんしている涙堂るいどう先生。

「アリスちゃん、そんなジトぼくないで~。

 僕は駄目だめだよ。僕がすのは、ズルになる。

 だって、もとカナダ空軍跳躍兵ハンネル大尉たいいおしたいして、あつかましく熱烈ねつれつ指導しどうなんてしたらわらわれちゃうもん」

 あっ、やっぱ、コイツ、日本空軍関係者かんけいしゃか。

 この独特どくとくくさった笑顔えがおだもの。

 軍人ぐんじん身分みぶんかくして、わたしの監視役かんしやくつとめなくちゃいけない。

 なら、けてよ!

 嗚呼ああ、駄目だ。

 涙堂先生がわたしのひだり耳元みみもとで「君が跳躍補助ほじょをやってあげなよ。僕、レーダーでちゃんと見ててあげるから」とささやいた。


「涙堂先生。

 アンビシオン指定してい魔具まぐリアライズは下級かきゅう魔油まゆですよね。

 給油きゅうゆの跳躍時間はどのくらいですか?」

 わたしは涙堂先生に囁かれたみみをゴシゴシ、フェイスタオルできよめる。

「君のこわれた【クロガネ】二本目は三時間。それよりはながい、五時間半。

 携帯けいたいよう魔油をポケットに入れておけば、空中くうちゅう給油出来るから大丈夫だいじょうぶだよ」

 サッとわたしから離れた涙堂先生は、わたしに対して熱烈なエンドのあたまをポンポンでてやる。

 すると、ほめめられれてないエンドは顔をにして、わたしからも涙堂先生からもはなれる。

 エンドは寝癖ねぐせもついていない頭髪とうはつ一生懸命いっしょうけんめい撫でつけて、だまってしまった。


「エンド、空中給油の仕方しかたは?」

「……空中給油ボタンをして、携帯用魔油のカートリッジを押しこむだけでしょう?

 それくらいは出来る!」

 まあね。でも、ここ、

 みなみ硝海道しょうかいどう真冬まふゆ北国きたぐに

「冬の上空はゆきらせるくもうえ

 手袋てぶくろをしたままでも、もたつかない?」

「もたついても、やりつづける。

 実践じっせんで慣れるしか無いでしょ」

「そうだね。

 ……涙堂先生、午前ごぜん中はとりあえず、エンドの跳躍練習れんしゅういつつ、中型ちゅうがたか大型を破壊しにおかけします」

 涙堂先生にエンドの指導内容ないようかんして、あれこれ注文ちゅうもんされるよりも、自分じぶんが出来る範囲はんいでエンドを手伝てつだう。そのほうが安全あんぜんだ。


いよ。

 でも、今日はび続けたまま帰還きかんしようね。

 なにいところで一度いちど地上ちじょうりると、下級魔油のリアライズじゃ、がりづらい」

「帰還予定よてい時刻じこくは午後一時。

 それじゃあ、失礼しつれいします」

 わたしはエンドをれて、階下かいかへ下りた。


 朝食ちょうしょく野菜やさいスープと菓子かしパン(メロンパン)。

 これらはかない程度ていどはらはち分目ぶめ

 メロンパンは網目あみめ模様みようの見た目だけ。

 メロン果汁かじゅうみどり色素しきそも無し。

 ザラザラした砂糖さとうがこびりついたクッキー生地きじおおわれたパン。

 げパンよりはがもたれない。

 ルナは「チョコチップメロンパンじゃない」と機嫌がわるくなって、午前中の破壊活動は「自粛じしゅく」するそうだ。

 ブルーメは「市内の空域で活動予定」と言っていた。


 食後しょくごは空域の天候てんこう確認かくにん

 それから、作業服さぎょうふくとジャンプハーネス、作業靴、通信つうしん装置そうちkokoniココニ」、魔具、魔油カートリッジの準備じゅんび

 簡単かんたんなストレッチをして、身体からだをほぐしておく。


 午前8時01分。

 ブルーメと先谷さきたに先生に見送みおくられて、二階のバルコニーから跳躍台へ。

 まず、わたしが三回ねて、一気いっきに上空までびあがる。

 それから、エンドがものすごいいきおいをつけて、わたしよりもはるか上空へ跳びあがってしまう。

kokoniココニ」からは絶叫ぜっきょうすら聞こえてこなかった。

 悲鳴ひめいも上げられなくて、頭が真っしろになっているか。気絶きぜつしているか。

 まあ、練習だから、ひくく跳んでしまうよりは良い。

 わたしを見失みうしなっているエンドがパニックを起こさないように、「kokoniココニ」で「ほぼ真下ましたにいる」とつたえてから、たがいにあゆるというか、跳び寄って、合流ごうりゅう

「エンド!

 安全装置のジャンプハーネスで降下こうか出来るから、あわてない」

 <慌ててない!

 大丈夫!

 駄目!やっぱり、こわい!>

「真下の高速こうそく道路どうろを目でうからだよ。

 まっすぐまえいて、状況じょうきょう把握はあく

 <……でも、した見ちゃうよ!>

「ちゃんと、跳べてるよ。

 横風よこかぜあおられても、ビクビクしない。

 そういうものだから。

 市街地しがいち上空を跳んでいこう」

 さきまよえば、また突風とっぷうに煽られて、エンドが恐怖心きょうふしんをさらにいだいてしまいかねない。

 すぐに飾戸市外の岸野きしの・脂水・十歳ととせ方面ほうめんへ跳躍し続ける。



 しばらく、跳び続けていると、エンドはうしろをり向いたり、自分の跳躍位置よりさらに上空を見上げたりして、かない。

 跳躍そのもののパニックでは無い。

 何かを懸命に目視もくし確認かくにんしようとしているのだ。


 あっ、エンドは前進ぜんしん跳躍をゆるめて、ずっと何かを見上げている。

 そして、納得なっとくして、くびたてに振っている。

 <あれは……やっぱり、ブルーメ!>

「え?……見たこと無い、作業服の色だよ。

 迷彩めいさいぐん以外いがい使用しよう自粛じしゅくだもん」

 水色みずいろ透明とうめい灰色はいいろ複雑ふくざつざったたい【ウミック】迷彩。

 空色そらいろ擬態ぎたい出来る、他国たこく空軍跳躍兵の戦闘せんとう服。

 でも、各国かっこく色々いろいろな迷彩パターンがあって、パッと、どこの国かはわからない。

 <ハンネル先生とてるの。

 ハンネル先生はカナダ空軍……>

「カナダ空軍とイギリス空軍。跳躍兵の戦闘服は共用きょうよう共有きょうようなんだっけ?」

 <武器ぶき供与きょうよ!>

「そうそう、それそれ」

 <でも、朝一番は跳躍台使ってなかったけれど>

 そうだ。バルコニーで先谷先生と見送ってくれただけで、跳んではいなかった。

「わたしたちが跳躍した後から、跳んでるんじゃない?」

 <わたしたちよりあとに跳躍して、先行せんこうしてるってこと?

 ありえない>

ちょう高度こうど維持いじして、やっといま高度を下げて来たのかな」

 ふかいきう。

「こちら、アリス。

 大蕗おおぶき寮、応答おうとうせよ。

 かえす。

 こちら、アリス。

 大蕗寮、応答せよ」

 <もしもし~、ルナだよーん。

 先谷先生はバンクカウンセラーの緊急きんきゅうミーティングで、飾戸市中央区にある魔術きょくにお出かけ中。

 涙堂先生は休眠きゅうみん設備せつび復旧ふっきゅう業者ぎょうしゃさんとはなしてるー>

 留守番るすばんなら、管理かんりロボにつながるはずだけれど。のんびりしているルナが応答した。

「ルナ。

 エンドとわたし、今岸野上空を跳躍中。

 でも、飾戸市外にいるはずの無いブルーメを見かけた」

 <ブルーメ?

 ブルーメなら、一階玄関げんかんから出て行ったよ。

 跳躍台なんて使えないって。

 朝一番でお二人さんが跳んでから、業者さんが三つのパラボラアンテナの復旧やってるんだもん。

 午前中いっぱい、かかるって>

 どういうこと?

「それじゃあ、涙堂先生に伝えて。『今すぐ、ブルーメの跳躍位置情報を照会しょうかいして、安全確認をしてくれ』って」

 <えー、面倒めんどう

 ブルーメはべつに悪いこと、してないんでしょ?

 皆自由にやったら、良いじゃん。

 じゃーねー>


 <あのバカ、使つかものにならない!>

「まあまあ。

 まだ、情報が少ない状況だから」

 <アリスもルナみたいに、わたしがうそを言ってるっておもってるの?

 わたし、ちゃんと、ブルーメを見た!>

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