まならい

10話 座標情報

　22時06分（フタフタマルロク）。

　吹雪（ふぶ）きで視界（しかい）不良（ふりょう）。

　高速（こうそく）道路（どうろ）の照明灯（しょうめいとう）の連続性（れんぞくせい）を頼（たよ）りに、そして反対（はんたい）方向（ほうこう）の岸野（きしの）・十歳（ととせ）方面（ほうめん）へ逆（ぎゃく）跳躍（ちょうやく）しないように。跳（と）び続（つづ）ける。

　岸野市（し）と飾戸（かざりど）市の境界（きょうかい）に最（もっと）も近（ちか）い第（だい）一（いち）防（ぼう）区（く）。飾戸市内（しない）では最も南東（なんとう）に位置（いち）する。

　旧（きゅう）石狩湾（いしかりわん）方面（ほうめん）に向（む）かって、第二・三・四防区。そして、最も海（うみ）沿ぞいに近い広範囲（こうはんい）地域（ちいき）を、東（ひがし）警戒（けいかい）区。飾戸市内では最も北東（ほくとう）に位置する。

　最も南西（なんせい）に位置する上（かみ）区から、中央（ちゅうおう）区、第五・六・七・八・九防区。最も北西（ほくせい）に位置する西（にし）警戒区。

　この全（すべ）ての夜景（やけい）がそろそろ見（み）えてくるはず。

　でも、見えない。

　雪（ゆき）明（あ）かりでは無い、青（あお）い明かりの夜空（よぞら）。

　クラゲ型（がた）【ウミック】が飾戸市内の空（そら）を覆（おお）い尽（つ）くしていた。

　飾戸市第一防区上空（じょうくう）で滞空（たいくう）静止（せいし）する。

　これ以上（いじょう）、中心街（ちゅうしんがい）へは跳べない。

　雑音（ざつおん）に混（まざ）ざって、女（おんな）の子（こ）の声（こえ）。聞（き）き覚（おぼ）えがある。

　十歳（ととせ）ノ湿々（じじ）寮（りょう）の五重虹（ごじゅうにじ）　錦（にしき）ちゃん。

　＜アリス、やっと止（と）まったわね！

　パパ、やっぱり、魔習（まなら）い生（せい）用（よう）通信（つうしん）『kokoni（ココニ）』に切（き）り替（か）えてたよ！

　メリークリスマス、アリス＞

「錦ちゃん？

　メリークリスマス」

　＜空軍（くうぐん）通信を拒否（きょひ）して、正解（せいかい）。

　パパに見つかって怒（おこ）られてるけど、桑原（くわばら）大佐（たいさ）に確認（かくにん）取（と）れた。

　今回（こんかい）の新欧州連合（ネオユーロ）の計画（けいかく）は、岸野が陽動（ようどう）で、本命（ほんめい）は飾戸だって。今（いま）、第一防区でしょ？

　わたしからのプレゼントと合流（ごうりゅう）してね！＞

　＜アリスちゃん、空軍の大人（おとな）に任（まか）せて、君（きみ）は一刻（いっこく）も早（はや）く飾戸から離（はな）れるんだ！娘（むすめ）の戯言（たわごと）に付（つ）き合（あ）う必要（ひつよう）は無（な）い。

　錦、アリスちゃんが死（し）んじゃうかもしれないんだ！パパと一緒（いっしょ）に引（ひ）き止（と）めてくれ＞

　＜パパがウルサイから、通信終了（しゅうりょう）！＞

　背後（はいご）に、気配（けはい）。

　男（おとこ）の子。

　でも、ルナの顔（かお）にそっくり。

「五重虹　錦の言（い）うとおり、岸野市と飾戸市の境界（きょうかい）に潜（ひそ）んで正解だった。公道（こうどう）走行（そうこう）運転手（うんてんしゅ）のための、無人（むじん）の簡易（かんい）避難所（ひなんじょ）ってあるじゃん。雪（ゆき）と風（かぜ）は凌（しの）げたよ。

　最悪（さいあく）のクリスマス・イブだけどね。

　はじめまして、一条（いちじょう）。

　妹（いもうと）がお世話（せわ）になってます。日親（そるちか）です」

　空中（くうちゅう）で、しかも手袋（てぶくろ）をしたまま、握手（あくしゅ）を交（か）わすのは意外（いがい）に難（むずか）しい。お互（たが）い風に流（なが）されそうになって、ハイタッチを交（か）わすにとどまった。

「どーも、はじめまして、こんばんは、メリークリスマス」

「五重虹に融合兵（ゆうごうへい）と合流って聞（き）いたけど、人間（にんげん）の形（かたち）を保（たも）ってるね。

　融合体は搾油（さくゆ）中（ちゅう）？

　兵器（へいき）培養（ばいよう）と搾油の永久（えいきゅう）機関（きかん）【ラダー】。ふむふむ。

　全然（ぜんぜん）、わかんない」

　＜自給自足（じきゅうじそく）、良（い）いな。ルナも融合体、欲（ほ）しい。

　グロいのと、大（おお）きいのは嫌（いや）だけどさ＞

「いつまで猫（ねこ）被（かぶ）ってるんだよ。

　パンパスと融和（ゆうわ）したルナは、クジラ型（がた）の新型（しんがた）【ウミック】をどう思（おも）う？

　隠（かく）しても無駄（むだ）だよ。

　もう、バレてるから」

　＜猫なんて被って無いよ。ルナ、全然、わかんなーい。

　クジラ型？まだ、飾戸上空には現（あら）れてないよ。

　いつもは空（そら）の上（うえ）の方（ほう）にプカプカしてるクラゲ型の【ウミック】が低空（ていくう）に溜（た）まってて、変（へん）な感（かん）じ。

　アリス、早（はや）く戻（もど）って来（き）なよ。

　ソルは岸野の寮に帰（かえ）れ＞

　秘密（ひみつ）がバレて焦（あせ）り出す妹なんかお構（かま）いなしに兄（あに）のほうはベラベラと喋（しゃべ）り続ける。

「岸野空港（くうこう）は、民間（みんかん）機（き）・政府（せいふ）専用（せんよう）機・軍（ぐん）機体（きたい）・廃（はい）【ウミック】誘導（ゆうどう）機体の離発着（りはっちゃく）がある。

　いつも、廃【ウミック】誘導機体が大型廃【ウミック】を南（みなみ）硝（しょう）海（かい）道（どう）にバラまいていく。

　北（きた）日本（にほん）は巨大（きょだい）なゴミ箱（ばこ）。

　新欧州連合（ネオユーロ）は何（なに）かをヤラかすために、何か企（たくら）んだ。そう思う。

　そうすれば、魔銃（まじゅう）害（がい）患者（かんじゃ）の一条（いちじょう）　白黒（ものくろ）有栖（ありす）を引（ひ）っぱれるだろ？」

　＜避難所（ひなんじょ）脱走者（だっそうしゃ）の石橋（いしばし）　日親（そるちか）君（くん）と妹の月親（るなちか）ちゃんが特別（とくべつ）臨時（りんじ）軍事（ぐんじ）作戦（さくせん）終了後（しゅうりょうご）に割（わ）りこんできちゃ、いけない。

　君たち子どもは真（ま）っ先（さき）に避難所で手厚（てあつ）く守（まも）られなければならない＞と「kokoni（ココニ）」に魔習い生じゃない、五重虹空軍中佐が割りこんで来た。

　＜でもさー、空軍のおじさん。

　クラゲ型って、海軍（かいぐん）の軍艦（ぐんかん）が苦戦（くせん）したよね。クラゲ型より新型で強（つよ）そうなクジラ型だったら、まともに海軍は戦（たたか）えないんじゃない？＞

「ルナ、怖（こわ）いこと言わないで。

　何で、わたしたちに関係（かんけい）無い海軍？」

　＜アリス、これは戦争（せんそう）。陸（りく）でも海（うみ）でも空（そら）でも戦（たたか）うんだよ。

　敵（てき）は、新欧州連合（ネオユーロ）。

　新欧州連合（ネオユーロ）が古（ふる）い兵器（へいき）と新（あたら）しい兵器を持（も）って来（く）る。

　敵は日本国防（こくぼう）陸軍（りくぐん）の地（ち）対（たい）空（くう）戦術（せんじゅつ）を回避（かいひ）するよりも、日本国防海軍の艦（かん）対（たい）空（くう）戦術を抜（ぬ）けていくほうが楽（らく）じゃん。

　日本海軍の防衛（ぼうえい）予算（よさん）の使（つか）い道（みち）は、古き良（よ）き伝統（でんとう）の戦艦（せんかん）に対【ウミック】兵器を接着剤（せっちゃくざい）でくっつけた程度（ていど）でしょ？＞

　それはルナの偏見（へんけん）だと思う。

　でも、五重虹中佐の応答（おうとう）は＜海軍は良（よ）くやっている＞だった。うーん。

　最近（さいきん）の日本は空戦（くうせん）に特化（とっか）してるよね。

「魔習い生は海への派遣（はけん）が無い」って実例（じつれい）がある。

　＜守り過（す）ぎてて、自分（じぶん）たちから仕（し）かけない。

　新欧州連合（ネオユーロ）は民間航空機（こうくうき）の航路（こうろ）を活用（かつよう）して、海岸線（かいがんせん）から岸野に向かって、【ウミック】を降（ふ）らせることが出来たのに、やらなかった。

　山（やま）でも、見物（けんぶつ）したかった訳（わけ）が無い。

　そうじゃない。

　海への注意（ちゅうい）を逸（そ）らせるため。

　涙堂（るいどう）先生（せんせい）、聞（き）いてるんでしょ？

　市ヶ谷（いちがや）の国防（こくぼう）軍省（ぐんしょう）はどうですか？海軍から情報（じょうほう）は？＞

　＜……待（ま）ってくれるかな？

　僕（ぼく）も飾戸へ向かってるから＞

　涙堂先生が応答した。まだ、生（い）きてるんだ。

　＜涙堂先生、もう遅いよ。

　海のほうが静（しず）か過ぎる。

　考（かんが）えられるとしたら、旧石狩湾からの上陸（じょうりく）作戦（さくせん）だね。そこから、クジラちゃんタイプがお空（そら）にあがって、飾戸を空爆（くうばく）。

　日本の保険（ほけん）が兵材（へいざい）候補（こうほ）の大蕗（おおぶき）寮生（りょうせい）だけ。

　負（ま）け戦（いくさ）だね＞

　度々（たびたび）泣（な）いていたルナは戦いに消極的（しょうきょくてき）だった。

　でも、今（いま）は自信（じしん）満々（まんまん）に受（う）け答（こた）えしている。

　＜岸野のほうが陽動作戦だったのは間違（まちが）い無いかもしれないね。

　でも、これから起（お）こることとの関連性（かんれんせい）は証明（しょうめい）出来ない。

　飾戸は焦土（しょうど）と化（か）す。

　ドイツのようにね＞

「kokoni（ココニ）」を通（とお）して聞こえてくる涙堂先生の声は、怖（こわ）いくらい、いつも通（どお）りの優（やさ）しい声色（こえいろ）だった。

「新欧州連合（ネオユーロ）の、【ラダー】のヴァージョン情報（じょうほう）は？」

　＜アクセス出来ない。あきらめて＞

　涙堂先生は五重虹中佐が応答するよりも速（はや）く即答（そくとう）した。

　＜新欧州連合（ネオユーロ）と同盟（どうめい）関係（かんけい）が切（き）られたということは、ドイツが日本を裏切（うらぎ）ったってこと。

　世界（せかい）各国（かっこく）がドイツ復興（ふっこう）支援（しえん）をした。

　新欧州連合（ネオユーロ）は『ドイツの国（くに）じまい』。

　ブルーメが今、クララちゃんのところへ行（い）こうとしてる。ルナたちで、クララちゃんを必（かなら）ず保護（ほご）する。

　アリス、空を守ってね＞

　ルナがそう言い終わった直後（ちょくご）、＜エンド、何その装備（そうび）！？＞と驚（おどろ）く声（こえ）がした。

「飾戸市内にも、【ウミック】地下（ちか）処理（しょり）施設（しせつ）がありますよね。

　そこの旧（きゅう）型【ラダー】のヴァージョン情報も、ver.29-1-44080ですよね？」

　＜パパと桑原大佐、連（つ）れて行かれちゃいそうになってる＞と錦ちゃんが焦（あせ）り始めた。

「五重虹中佐。飾戸市内で座標（ざひょう）情報（じょうほう）を何（なん）らかの秘匿（ひとく）回線（かいせん）で送信（そうしん）し続（つづ）けていませんか？」

　＜危険（きけん）な海外（かいがい）送信は感知（かんち）していないが。

　飾戸ノ紫陽花（あじさい）寮で、不審（ふしん）な座標情報の送信が続いている＞

「仮（かり）宮村（みやむら）妹（いもうと）のクララちゃんだ。どこの国も、子ども使（づか）いが荒（あら）いね。

　日本国防軍は妨害（ぼうがい）せず、送信をそのままにしてください」

　＜アリスちゃん、無茶（むちゃ）だ！＞

「日本領空（りょうくう）の低空で、わたしが迎撃（げいげき）します。

　出来る限（かぎ）りわたしにひきつけたいので、座標情報の妨害はしないようにお願（ねが）いします。

　クララちゃん本人（ほんにん）は知（し）らなくても、クララちゃんとブルーメの実父（じつふ）と実母（じつぼ）が消（け）されかねません」

　わたしは迷（まよ）わず、呪文（じゅもん）を唱（と）えた。

「正山嶽（ただしさんがく）逆山嶽（さかささんがく）」