11話 ドイツの国じまい(仮宮村 婚姻花視点)

 どものころから一年に一回はしをしていた。

 二歳までごしたドイツでも。十一月までイギリスでも。

 両親りょうしんは「より環境かんきょう子育こそだてをしたい」と教育きょういく熱心ねっしんりをしていた。でも、本当ほんとうかく難民なんみんだった。

 おかあさんもおとうさんも、戦争せんそうらしをしたかっただけ。

 だから、今月こんげつの、日本にほんへの帰国きこくは、「ドイツ二年イギリス八年」の移住いじゅう生活せいかつがやっとわった。でも、両親は「あこがれの難民生活」航空機こうくうきの「目的もくてき入国にゅうこくだったなんて……。非戦ひせんくにの日本が世界せかい大戦たいせんきずりこまれるなか、日本のそと脱出だっしゅつした。

 それでも。

 両親にてられたわたしたち姉妹しまいしあわせだった。

 ドイツへかえはいつかる。

 ドイツへ帰る日がまちどおしい。

 クリスマスプレゼントなんて、いらない。

 わたしはドイツに帰りたいだけ。


 22時21分。

 地下室ちかしつ避難所ひなんじょうより、備蓄びちく倉庫そうこだ。


 飾戸かざりど第一ぼう上空じょうくう通過つうかちゅうのアリス。

 大蕗おおぶきりょう地下ちか避難ちゅうのルナ。二人は「kokoniココニ」で通信つうしんしていたけれど、いまは「クララに危機ききせまっている」想定そうていで、うごはじめてくれている。

 <ブルーメ。日本へ来たときに、なにへんものちこんだ?>

「ううん。ていうか、アリス。絶対ぜったい無理むり

 クララもわたしも、もとおやも、日本入国審査しんさあときびしい危険きけんぶつ検査けんさけた。

 今ってる端末たんまつ保存ほぞんされていた写真しゃしん、ゲームのログインとチャット履歴りれき全部ぜんぶ調しらべられた。

 イギリスせい魔具まぐだって」

 <イギリス製?

 ぼくきみたちの魔具所有しょゆうれき情報じょうほう閲覧えつらんしたさい、ブルーメちゃんの魔具はフランス製だったよ>

 涙堂るいどう先生せんせいがわたしたち姉妹のまえの魔具がイギリス製じゃかったって。へんなことをした。


「わたし、フランスにったこと無いし。フランスしゃべれない。フランス製の魔具なんて、イギリスでたか関税かんぜいかけられて、『ブランドひんあつかいいでした。

 わたしたちの元親は、そこまで見栄みえりじゃありません」

 <クララちゃんの魔銃まじゅうに、有線ゆうせん接続せつぞくぐちはある?>

「ありますよ。ヨーロッパでは、魔銃を簡易かんいバッテリーとして併用へいよう出来るようになってて、端末たんまつ充電じゅうでんします。

 魔油まゆれる給油口きゅうゆこう魔銃口まじゅうこうふさがれたけれど、まだ充電くらいは出来ますから」

 わたしの手元てもとには端末と、まえ使つかっていた魔銃と今の魔銃二つがある。

 <クララちゃんは魔銃で端末を充電している。クララちゃんの端末経由けいゆ座標ざひょう情報じょうほう送信そうしんしているんだな。

 でも、無理むり有線ゆうせんはずさせないで。危険きけんだから>


 地下室のスピーカーから十五分に一回、日本政府せいふの避難命令めいれい強制きょうせい放送ほうそうされている。

 <安全あんぜん確認かくにんされて避難命令が解除かいじょされるまで、絶対ぜったいに避難所からないでください。

 パニックをこしたひとには、あめものあたえてかせましょう>

 先谷さきたに先生は率先そっせんして、飴をめている。


 大蕗寮の地下室でも、ラジオの電波でんぱ受信じゅしん出来る。完全かんぜん土中どちゅうじゃ無いから、はん地下のようなところなんだろう。天井てんじょうちかくにはちいさなまどもある。

 ゆきかきロボは緊急きんきゅう速報そくほうに「最低限さいていげん電力でんりょく消費しょうひ」を理由りゆう電源でんげんOFFオフ明日あしたは、積雪せきせつ小窓こまどまってしまうだろう。


 ニ十分まえに、端末のヨーロッパけいニュース配信はいしんアプリから、通知つうちが来ていた。イギリスにいたころから、このアプリの通知をったことは無い。情報じょうほう正確せいかくだし、どこで戦闘せんとう発生はっせいしているか一番はやることが出来たから。

 でも、こんなニュース通知なんて知りたくなかった。


BREAKINGブレイキング NEWSニュース速報そくほう)。

 新欧州連合ネオユーロがドイツ記念きねんこくしん国家こっか樹立じゅりつ連合れんごう加盟かめい承認しょうにん。]


 みじかい通知が表示ひょうじされた。くわしく知りたい場合ばあいは、この通知表示ひょうじをタップして、アプリを起動きどうさせる必要ひつようがある。

 でも、端末のエネルギー温存おんぞんで、使用しようひかえている。

 今はもう日本のラジオがたより。

 <新欧州連合ネオユーロはドイツ連邦れんぽう亡命ぼうめい政府を解体かいたいしたことをみとめました。

 さらに、新欧州連合ネオユーロ国家こっか運営うんえい実態じったいの無い『ドイツ記念国』の樹立と連合加盟を承認しました>

 今、日本のラジオでも速報としてながれ始めた。

 <くにじまい計画かいかく反発はんぱつ無視むしした強硬きょうこう政策せいさくです。

 新欧州連合ネオユーロ欧州連合ユーロ解体かいたいおこない、徹底てっていしたヨーロッパ序列じょれつ主義しゅぎとヨーロッパ至上しじょう主義をかかげています>


「世界でヨーロッパがなんでも一番だよ」のヨーロッパ至上主義。

 そして、「ヨーロッパのなかにあるくには序列をめて、国家間こっかかん格差かくさつくって、国家間で競争きょうそうをしちゃ駄目だめだよ」のヨーロッパ序列主義。


「ドイツ記念国?ドイツが国じまい?

 亡命政府は?」

 わたしの返事へんじたず、先谷先生がわたしをきしめる。先谷先生の子ども時代じだいは第三次世界大戦開戦かいせん戦後せんごあゆみでメチャクチャだったはず。

 先谷先生も、こわいのだ。せっかく、普通ふつうらしにもどってたのに、また戦争が始まってしまったから。

「もう、国として維持いじ出来ないみたいです」

 各国かっこく駐在ちゅうざいのドイツ大使館たいしかんはどうなるのか。

 わたしはいつ、ドイツへ行くことが出来るだろうか。

 わたしのまれたくにえたけれど、でも、また行くことは出来るはず。

「ドイツ大使館はドイツ記念大使館として運営うんえいしていくそうよ。

 帰還きかん計画けいかん経済けいざい協力きょうりょく新欧州連合ネオユーロがやってくれるって」とエンドは端末でいろいろ調しらべてくれている。でも、エンドも歯切はぎれがわるい。


「日本も戦争にけたら、ドイツみたいになるのかな?

 新欧州連合ネオユーロって、言うことかない国にはきびしそう。怖いわね」

 先谷先生ははっきり「怖い」と言ってくれた。

 みんな、先谷先生の素直すなおさにすくわれて、きつったかおらかくなった。


「第二次世界大戦のときは『負けました』って言ったでしょ。

 第三次世界大戦はよくわからないうちに終わっちゃったし。

 第三次世界大戦ははん国家こっか組織そしきおよびそれを支援しえんした新興国しんこうこくはん世界連合せかいれんごうぐんとのたたかいだった。

 一年のみじかい戦争だったけれど、内容ないようは百年分戦争したかんじだった。

 戦争はいやだな……戦争は嫌だな……」

 先谷先生だけは無表情むひょうじょうのまま、ブツブツ言っている。必死ひっしなみだをこらえている。

 飴をカランコロン、したうえころがすおとが地下室でひびいた。

大学だいがく教科書きょうかしょならってないのに。

 わかんないよ」

 先谷先生はとうとう飴を舐め終えてしまって、ソファーにすわったままうずくまってしまった。


「世界が混乱こんらんしてるだけです。

 こうして、国っていうかたちが無くなっていくんじゃないでしょうか」とわたしは「わかんない、わかんない」と不安ふあんになっていく先谷先生をそう言って、なだめようとした。

 でも。


「ブルーメは日本でまれて無いから、そんなことが言えるのよ!」と先谷先生におこられてしまった。



 ルナとエンドが「kokoniココニ」をみみにつけている。

 わたしは先谷先生からはなれて、りづらくなっていた「kokoniココニ」を耳になおすと、アリスの声がまたきちんと聞こえ始める。


 <わたしは東京とうきょうで生まれて無いけれど、東京はあったほうがいと思う>


「今は東京の話なんて、していない!」

 先谷先生も「kokoniココニ」を装着そうちゃくしていた。

「アリスのかんがかたですよ。

 東京だって、ドイツだって、時代でわっていきます。

 ドイツの再建国さいけんこくの日は来るかもしれない。来ないかもしれない。

 でも、再建国を思うことはつみじゃ無いと思います。

 人それぞれ、ものごとのとらえ方はちがってたり前です」

 エンドが冷静れいせいに「いろいろな事情じじょう」をしてはなしてくれている。


「イチゴは甘酸あまずっぱい。

 しょっぱいイチゴなんてありえない。

 アリスもエンドも誤魔化ごまかさないでよ!

 わたしはわるくない。

 悪いのはドイツをててげてるブルーメでしょ!

 なんで、日本に逃げて来たのよ!

 迷惑めいわくなのよ!」

 先谷先生はもういつもの精神せいしん状態じょうたいでは無い。戦争を知っているから、開戦だけで、ものすごく怖がっている。


「ブルーメだって、【ウミック】から逃げ回ってる先谷先生には言われたくないんじゃないですか?

 今日もおとなり十番地の大森おおもりさんが、大蕗寮のまえころがってた【ウミック】を回収袋かいしゅうぶくろに入れて、回収ステーションへ捨ててくれました。

 先谷先生がて見ぬふりをした【ウミック】の残骸ざんがいでした」

 いつものエンドらしい、手厳てきびしい一言に、先谷先生がき出してしまう。


 <先谷先生。

 もし、このあと、ブルーメの跳躍ちょうやく照準しょうじゅんミスがきたら、どうします?>

涙堂るいどう先生。話題わだいえるつもりですか?」

 <アリスちゃんは、ブルーメちゃんの情緒じょうちょ不安ふあん破壊はかい活動かつどう影響えいきょうあたえているかもしれないってあんに言っているんです。

 先谷先生は小型こがた【ウミック】からも逃げまわっていましたよね。

 ブルーメちゃんは、最近さいきん、中型を破壊しています。

 中型・大型の破壊活動は、危険きけんです。

 魔習まならいのいえのバンクカウンセラーとしては、『安全あんぜん第一だいいち』じゃない先谷先生の存在そんざいこまるな>

 涙堂先生がみだしている先谷先生をやさしさをこめて注意ちゅういする。

「わたしはバンクカウンセラーです。

 破壊活動は義務ぎむじゃありません!」

 <じゃあ、もう、喋らないで。

 君が喋ると、今後こんごの大きな作戦さくせんにミスが出る。

 僕がそう判断はんだんした。

 だから、もう、先谷先生は何も考えなくて良いんだよ。

 地下室で待機たいきしていてね、先谷先生>


「涙堂先生。

 今はそんなこと、どうでも良い。

 クララちゃんの安否あんぴ確認かくにん救助きゅうじょ最優先さいゆうせん

 紫陽花あじさいりょう合流ごうりゅうでしょ。

 地下室で避難していたい先谷先生は一人で大丈夫だいじょうぶ

 エンドの言葉ことばでわたしはわたしに戻ってしまった。


 あっ、そうだ。

 クララ。

 わたしの妹。

 たすけに行かなくちゃいけないんだ。

 二時間前、再会さいかいしたのに。

 でも、この寮にいると、「ずっとお姉ちゃんをする」のをわすれられる。


「クララちゃんのいる寮から、新兵器しんへいき誘導ゆうどうの座標情報が送信し続けられている。

 遮断しゃだんすれば、クララちゃんがされかねない。

『遮断はわなかった』ていで、後手ごて後手でなんとか迎撃げいげきするのが一番」

 エンドは淡々たんたんと情報をまとめて、つぎ行動こうどうを考えていく。

てきはルナたちが話していた、新欧州連合ネオユーロ

 そうですよね、涙堂先生?」


 <新欧州連合ネオユーロがドイツの国じまいを始めて、日本政府に宣戦せんせん布告ふこくしたよ>


民間人みんかんじん国外おくがい退去たいきょ猶予ゆうよ時間じかんは?

 これから、発表はっぴょうですか?」

 ルナもわたしもけないことをエンドは聞く。

 <いつまでも、言うこと聞かない日本を捨てるんだ。

 国家こっか行動こうどう宣言せんげんってね、国家総動員そうどういんなんだよ。つまり、民間人の軍人ぐんじん軍属ぐんぞく化が完了かんりょうしたってこと>


 <俺たち日本人、全員ぜんいん、民間じゃ無くなったんだよ。

 だから、難民として逃げなかった日本人はころされても、民間人の死者数ししゃすうにカウントされないかもな。

 ルナ、殺されるなよ。

 御前おまえ融合兵ゆうごうへいだから、捕虜ほりょあきらめろ。【ラダー】を略奪りゃくだつされて、捨てられるのがちだ>

 ルナの兄、日親そるちかくんがルナにかれなりの応援エールおくる。


 <武装ぶそうしている子どもが兵器をぶっこわしながらいのちいしても、無駄むだだ。

 来年らいねん、世界中の子どもが笑顔えがおでクリスマスケーキなんかべられない。

 でも、俺はルナの口にかならずクリスマスケーキをしこんでやる>

 日親君の自信じしんたっぷりのこえに先谷先生は怒鳴どならす。

駄目だめ

 馬鹿ばかなことを考えないで!

 本当に死んじゃうの!

 戦争経験者けいけんしゃのわたしの言うことを聞きなさい!」


 <俺等おれら魔習い生は日本に徴兵ちょうへいされた。

 おばさん、アンタは民間人だ。

 アンタは地下の避難所でそのままピーピー泣いてろよ>


 日親君の言葉は配慮はいりょ無く、先谷先生の泣き声さえ殺してしまった。

 先谷先生はもう、涙さえながさずふるえていた。

 わたしは倉庫にあった銀色ぎんいろのカンカンの中に、イギリス製かフランス製かわからない前の魔銃を押しこんだ。カンカンのふたには油性ゆせいペンで「イギリス製あるいはフランス製魔銃(危険物)封印ふういん」といた。


貴方あなたが戦わないから、わたしたちが戦う。

 それだけのこと。

 大騒おおさわぎしないで」

 わたしは先谷先生をのこしたまま、エンドとルナにつづいて、地下室をた。

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