まならい

12月30日

SS 黒煙焦土（涙堂 泉中佐視点）

　あまりの激痛（げきつう）に、呻（うめ）くことも出来なかった。

　あっ、生（い）きている。

　岸野（きしの）から飾戸（かざりど）市（し）第二防（ぼう）区（く）の紫陽花（あじさい）寮（りょう）まで、近接（きんせつ）で対人（たいじん）攻撃（こうげき）を受（う）けた。

　新欧州連合（ネオユーロ）系（けい）の敵（てき）とカーチェイス。

　もう、激突（げきとつ）を繰（く）り返（かえ）されても平気（へいき）な装甲車（装甲車）の中（なか）で、自分（じぶん）の身体（からだ）と折（お）れていく骨（ほね）だけが踊（おど）る、踊（おど）る。

　銃撃（じゅうげき）戦（せん）にもなって、「日本（にほん）終（お）わった」と思（おも）いながら、室田（むろた）さんと言（い）う傷病（しょうびょう）退役（たいえき）軍人（ぐんじん）おじさんに助（たす）けてもらった。

　おかげで、軍（ぐん）病院（びょういん）で先進（せんしん）治療（ちりょう）を受（う）ける順番（じゅんばん）待（ま）ち……それ以降（いこう）は覚（おぼ）えていない。

　かわいらしい小（ちい）さな女（おんな）の子（こ）に鼻（はな）をツンツン突（つ）かれて、激痛（げきつう）世界（せかい）に引（ひ）き戻（もど）された。

「これ、エンドちゃんからのメッセージ」

「『軍病院の先進治療で、劇症（げきしょう）骨折（こっせつ）起（お）こしやすくなっています。大人（おとな）しくしててくださいね。お大事（だいじ）に。　浮島（うきじま）　終（えんど）世界（せかい）』」

　大蕗（おおぶき）寮（りょう）でこの間取（まど）り……。

「このベッドは、まさか！アリスちゃん」

「あの人（ひと）は死（し）んでないよ。

　エンドちゃんと一緒（いっしょ）に寝（ね）てる」

「君（きみ）は紫陽花寮のクララちゃん？」

「はい。ブルーメの妹（いもうと）のクララです」

　この子に質問（しつもん）攻（ぜ）めをしても、よろしくないだろう。

「先谷（さきたに）先生（せんせい）とお話（はなし）がしたいな。呼（よ）んできてくれる？」

「あのね、カンシキョクって人たちがその人のこと、調（しら）べに来たよ」

　……監視（かんし）局（きょく）！？って、あの監視局だよな。

　私（わたし）が動揺（どうよう）していると、ブルーメちゃんがやって来る。

「安心（あんしん）してください。室田さんが貴方（あなた）が使（つか）っていた寝室（しんしつ）を封鎖（ふうさ）してくださいました。ですので、監視局に、あの部屋（へや）だけは荒（あら）らされませんでしたよ。もちろん、封鎖を解除（かいじょ）しても、貴方の部屋を今後（こんご）も荒らすことはありません。

　ただし、空軍（くうぐん）側（がわ）が貴方の立（た）ち会（あ）いがあれば調査（ちょうさ）させて欲（ほ）しいと相談（そうだん）はされました。

　先谷　闇（あん）剣（すぺーど）に扮（ふん）していた、新欧州連合（ネオユーロ）工作員（こうさくいん）の灯台（とうだい）　ルチアは監視局に拘束（こうそく）されて。……現在（げんざい）は日本（にほん）国防（こくぼう）軍（ぐん）収容所（しゅうようじょ）にて、尋問（じんもん）を受（う）けています。

　新（あたら）しいバンクカウンセラーの岡田（おかだ）先生（せんせい）は、涙堂（るいどう）先生の代（か）わりに、ずっとリモート会議（かいぎ）でお話してます。

　空軍東（とう）・西（せい）・南（なん）部（ぶ）方面（ほうめん）部からの少年兵（しょうねんへい）派兵（はへい）要請（ようせい）を断（ことわ）ってくれてますよ」

「派兵、断れるの？」

「南（みなみ）硝海道（しょうかいどう）は昼夜（ちゅうや）問（と）わずの激戦地（げきせんち）。

『新欧州連合（ネオユーロ）が怖（こわ）いから守（まも）ってよ』なんて、あちらの弱音（よわね）。いちいち聞（き）いていられません。

　本当（ほんとう）に助（たす）けを求（もと）める声（こえ）が届（とど）かなくなりますから」

　ブルーメちゃんの説明（せつめい）はわかりやすかった。けれども、先谷先生が偽物（にせもの）？理解（りかい）がまだ追（お）いつかない。

「何（なに）が、あったんだ……」

「それでも、死んじゃった人はいなかったよ。ね、お姉ちゃん？」

　クララちゃんがクタクタの新聞（しんぶん）を持（も）ってきてくれた。

　涙（なみだ）か雪（ゆき）の染（し）み。

　クシャクシャにされてまた広（ひろ）げられた、シワの跡（あと）。

「『大（だい）都市（とし）空襲（くうしゅう）』……空撮（くうさつ）」

　上体（じょうたい）を起（お）こして、ベッドに寄（よ）りかかりながら、膝（ひざ）の上（うえ）に乗（の）せられた新聞を広げる。

　酷（ひど）い写真（しゃしん）が新聞の一面から三面まで掲載（けいさい）されている。

　ヨーロッパ製（せい）の不発弾（ふはつだん）が幼稚園（ようちえん）の送迎（そうげい）バスに突（つ）き刺（さ）さっている。

　火災（かさい）。

　消防（しょうぼう）活動（かつどう）。

　地下（ちか）避難所（ひなんじょ）で、暴（あば）れた一部の人（ひと）に「行動（こうどう）制限（せいげん）の薬（くすり）」が使（つか）われて、眠（ねむ）らされている写真。仕方（しかた）が無（な）い。

　地上は火災なのに。外（そと）に出（で）たがって、本当（ほんとう）に地下避難所の出入（でい）り口（ぐち）を開（あ）けたら、一瞬（いっしゅん）で炎（ほのお）にのまれて死んでしまっていただろう……。

　地下避難所へ逃（に）げる際（さい）に、「こういう問題（もんだい）行動には鎮静剤（ちんせいざい）を投与（とうよ）する」措置（そち）に同意（そうい）しなければ入（はい）れないようになっている。

　一人のパニックが四千人を一気（いっき）に焼（や）き殺（ころ）してしまうところだった。

　パニックが落（お）ち着（つ）いた後（あと）、虐殺（ぎゃくさつ）で監視局に拘束（こうそく）されるよりはマシだろう。

「中央（ちゅうおう）区から、あっち。えーっと、旧（きゅう）石狩湾（いしかりわん）方面（ほうめん）の第五から第九防区は壊滅（かいめつ）。小学校（しょうがっこう）もどこにあったか、わからない」

「じゃあ、アリスちゃんのお家（うち）も、駄目（だめ）になったね。

　一条（いちじょう）　北天（ほくてん）さん、道具（どうぐ）は工房（こうぼう）でしょ。家族（かぞく）も避難して無事（ぶじ）なら、アリスちゃんも跳（と）べるね」

「家（いえ）に帰（かえ）れないまま。

　魔習（まなら）いの家は解散（かいさん）しないで、学校が無くなっちゃう」

　まだ、皆（みんな）、お父（とう）さんとお母（かあ）さんとも会（あ）えてないのか。

「ガクトシュツジンって、何（なん）なのかな？

　難（むずか）しくて、わかんない。

　皆（みんな）、ヒソヒソ話（はな）すんだもん」

　クララちゃんは姉のブルーメちゃんに何でも質問（しつもん）する。無邪気（むじゃき）だ。

　ブルーメちゃんも「学校に行（い）っている子が戦争（せんそう）に行（い）くんだよ」と面倒（めんどう）臭（くさ）がらずに正（ただ）しいことをわかりやすく教（おし）えてあげている。

　カボチャの甘（あま）い匂（にお）いが階段（かいだん）の下（した）から上（あ）がって来る。

「おはようございます。終（えんど）世界（せかい）特製（とくせい）カボチャポタージュです」

　マグカップには、そこまで熱くなさそうなポタージュがほんのり湯気を立てている。

「うん……」

　飲（の）めるかな？

　いや、ちゃんと飲むから。

　エンドちゃんの顔（かお）つきが空軍顔（がお）になっている。

　屑（くず）の笑顔（えがお）が様（さま）になって来ちゃっている。

「全員（ぜんいん）集合（しゅうごう）。

　涙堂先生に近況（きんきょう）報告（ほうこく）」

　別室（べっしつ）にいたルナちゃんが慌（あわ）ててやって来る。

「わたし、跳べるようになりました。でも、狙撃（そげき）の腕（うで）は鈍（にぶ）ってません」

　エンドちゃんが真（ま）っ先（さき）に近況報告をしてくれる。

「ルナは完全（かんぜん）復活（ふっかつ）！」

　ルナちゃんの首（くび）まわりはフワッフワッの薄（すすき）のような【ラダー】に覆（おお）われている。

「わたしも、【ウミック】破壊（はかい）を頑張（がんば）ります」

「わたしはまだジャンプ台（だい）練習（れんしゅう）中（ちゅう）。お姉ちゃんみたいに、まだ跳べないの」

　……でも、クララちゃんはすぐに跳べるようになるだろうな。環境（かんきょう）がクララちゃんに適（てき）したおだやかな成長（せいちょう）を許（ゆる）してくれない。きっと、即戦力（そくせんりょく）になれてしまう。

「貴方たち、そろそろ出撃（しゅつげき）出来そう？

　あれ？一人、足（た）りない」

　岡田先生らしい女性（じょせい）が魔習い生に声（こえ）かけに来た。

　そうだ、アリスちゃんがいない。

「はーい、ここです。

　あっ、涙堂先生。顔色（かおいろ）良（よ）くなった？

　もう、大丈夫（だいじょうぶ）そうだね。

　ご安全（あんぜん）に」

「「「「「「ご安全に」」」」」」

　アリスちゃんの音頭（おんど）で、皆の顔が引（ひ）き締（し）まる。

　空（から）っぽになったマグカップが真っ先に一つ、トレイに戻（もど）される。

　アリスちゃんのマグカップが私の膝の上のトレイを沈（しず）ませる。

　一条　白黒（ものくろ）有栖（ありす）の軽（かる）さであり、彼女（かのじょ）の重（おも）さだ。

「岡田先生。

　廊下（ろうか）の向（む）こうから聞（き）こえる新（あたら）しい騒音（そうおん）は？」

「バルコニーに設置（せっち）した超（ちょう）簡易的（かんいてき）なエアーシャワールームの出入り口です。

　窓（まど）は開（あ）けないでください。大規模（だいきぼ）火災の煙（けむり）を吸（ｓ）うと、気管支（きかんし）喘息（ぜんそく）になりますよ」

「あの子たちは？」

「空軍仕様（しよう）のマスクとゴーグルで頑張ってくれています」

「今日は何日（なんにち）？」

「12月30日です。

　涙堂先生は25日に軍病院で先進治療をしたのに入院出来ず、退院（たいいん）。

　ルナが劇症骨折しないよう見張（みは）っててくれたんですよ。

　衝撃（しょうげき）吸収（きゅうしゅう）のパンパス、くすぐったそうでしたね。

　25日未明（みめい）と28日の夜（よる）。安物（やすもの）の旧型（きゅうがた）の爆弾（ばくだん）の雨（あめ）が降（ふ）ったんです。

　灰（はい）と熱（ねつ）で、ジュニア用（よう）の安物跳躍（ちょうやく）服（ふく）は六時間も持（も）ちません。

　アンビシオン北（きた）小（しょう）の服は耐久性（たいきゅうせい）が良（よ）く、特別（とくべつ）にブルーメも着用（ちゃくよう）しています。

【ラダー】融合兵（ゆうごうへい）のあの子とルナは跳躍服の劣化（れっか）が見（み）られませんでした。

　クララちゃんのいた紫陽花寮を中心（ちゅうしん）に、第一・第二防区は【ウミック】の層（そう）があって、焼夷弾（しょういだん）は不発弾として落下（らっか）しました。

　陸（りく）軍は市内（しない）の不発弾の撤去（てっきょ）を急（いそ）いでいます。

　では、私は通信室（つうしんしつ）に戻（もど）りますね」

　エンドちゃんがブルーメちゃんとヒソヒソ話している。

「ハンネル先生から教（おし）えてもらったけど。

【ウミック】を用意（ようい）出来なくて、爆弾を降（ふ）らせた国（くに）が国じまいだって。新欧州連合（ネオユーロ）の統治（とうち）下（か）に入った。

　北（きた）日本（にほん）を占領（せんりょう）したかった新欧州連合（ネオユーロ）は、難民（なんみん）を南硝海道の築（ちく）十年未満（みまん）で数々（かずかず）の、空襲（くうしゅう）を耐（た）えたボロボロ防空（ぼうくう）マンションに入居させる予定だったのに。

　これで、新欧州連合（ネオユーロ）が提案（ていあん）していた難民保護（ほご）案（あん）が上手（うま）くいかなくなる」

「ドイツ以外（いがい）も国じまい？

　飾戸を襲（おそ）ったのは、難民受（う）け入（い）れのために飾戸市民（しみん）を市外（しがい）へ退去（たいきょ）させる目的（もくてき）もあったの？

　新欧州連合（ネオユーロ）は欲深（よくぶか）いわ」

「新型（しんがた）【ヘリックスラダー】は戦争の道具（どうぐ）としては価値（かち）が無いんだもん。あの子に負（ま）けちゃうんだから。

　第二の戦争理由として難民受け入れ先（さき）確保（かくほ）っていうのがあったんじゃない？」

　階段（かいだん）を軽快（けいかい）に登（のぼ）って来る音（おと）がする。

「日親（そるちか）君？」

「ハンネルの兄貴（あにき）とか、灰色（はいいろ）のアイツから、何（なに）も聞（き）かなかったのか？」

「何を？」

「新欧州連合（ネオユーロ）、解体（かいたい）。

　年明（としあ）けから、イギリスが新欧州連合（ネオユーロ）の代（か）わりになるヨーロッパ機関（きかん）を監督（かんとく）するって今朝（けさ）の新聞（しんぶん）で書（か）いてあるよ。

　これ、28日の朝刊（ちょうかん）じゃん。

　今日の新聞、持って来る……あー、アイツのこと、もう聞いた？」

　何だ？

「漁火（いさりび）流（りゅう）【九連（くれん）ノ黒燈（こくとう）】。

　魔銃（まじゅう）登録（とうろく）に問題があったんだってさ。

　実質（じっしつ）お下（さ）がりの魔銃は灯台　ルチアとの死闘（しとう）で粉々（こなごな）になったけど。

　新（しん）中古（ちゅうこ）を新品（しんぴん）だって売（う）った魔銃職人（しょくにん）は口頭（こうとう）注意（ちゅうい）だってさ。

　職人坂（ざか）で、噂（うわさ）になってるって」

「新中古？」

「職人が勝手（かって）に元恋人（もとこいびと）の子ども名義（めいぎ）で魔銃登録したけど、未使用（みしよう）ってヤツ」

「……」

「アイツ、一条の両親（りょうしん）と絶縁（ぜつえん）。

　母親（ははおや）は離婚（りこん）を考（かんが）えたらしいけど、思（おも）いとどまった。

　アイツ、養子（ようし）縁組（えんぐみ）したよ。

　アイツの新（あたら）しい名前（なまえ）、聞いた？」

「いいや……」

「じゃあ、アイツから直接（ちょくせつ）聞いた方（ほう）が良（い）いよ！」

　ベッドサイドの端末（たんまつ）が鳴（な）る。

　春告（はるつげ）さんからだ。

　＜おはよう、涙堂。

『君がいながら、この有（あ）り様（さま）だ』なんて説教（せっきょう）するつもりは無い。

　無事なら、それで良い。

　君がいない分（ぶん）、五重虹（ごじゅうにじ）中佐（ちゅうさ）の仕事（しごと）が増（ふ）えるだけだ。

　聞き耳（みみ）を立（た）てている日親君、そろそろ岸野ノ亜炭（あたん）寮へ戻（もど）りなさい。君の妹も元気（げんき）になっただろ？＞

「はいはい、今日中（きょうじゅう）に帰（かえ）りますよ」と日親君は言い逃（に）げして、階下（かいか）へ行（い）ってしまった。

　それから、春告さんと少々（しょうしょう）今後（こんご）の話（はなし）をして、通話（つうわ）を終了（しゅうりょう）した。

　アリスちゃんが部屋に戻（もど）って来て、スーツケースから写真（しゃしん）たてを出して、ベッドのそばにやって来る。

　遠目（とおめ）で、空軍の制服（せいふく）を着ているのがわかる。

「この人が、わたしの養父（ようふ）です」

　……桑原（くわばら）さんじゃない。

　だが、見覚（みおぼ）えがある。

　国防（こくぼう）軍（ぐん）省（しょう）で面識（めんしき）があるぞ。

　誰（だれ）だ。

　……わからない。

「一年半前。日帰（ひがえ）りで東京（とうきょう）の市ヶ谷（いちがや）に招（まね）かれて、勲章（くんしょう）を受（う）け取（と）ったときの写真です」

「……『隕石（いんせき）』！？」

「涙堂先生、大丈夫ですか？」

　つい、取（と）り乱（みだ）してしまった。

　桑原大佐（たいさ）にも「毒（どく）竜（りゅう）」なんて通（とお）り名（な）があるが。あれはモンスター級（きゅう）で済（す）まされている。

　水際（みずぎわ）さんはもう、天変（てんぺん）地異（ちい）レベルの人だからな。

　米（べい）空軍との合同（ごうどう）演習（えんしゅう）でも、「黙示録（アポカリプス）」とか呼（よ）ばれていた。

「……水際（みずぎわ）　白羽（しらは）桜（おう）次郎（じろう）准将（じゅんしょう）だ。

　君（きみ）の新しい名前は？」

「おめでとう」の言葉（ことば）を言（い）い忘（わす）れて、慌（あわ）てて、「おめでとう」とつけ足（た）したが、目（め）の前（まえ）の子に笑（わら）われた。

　どうか、水際さんには言わないでくれ。

「水際　淡白（あわしろ）山脈（やまなみ）です」

　名誉（めいよ）除隊（じょたい）されたとはいえ、あの「隕石（いんせき）」を親（おや）に選（えら）ぶとは。

　この子は何（なん）て、最良（さいりょう）で最善（さいぜん）で最悪（さいあく）な最（もっと）も厳（きび）しい道（みち）を、選んだのだろう。