SS 一条のおじさん(一条 北天視点)

 2016年。まだ、世間せけんでは【ウミック】の「ウ」の秘匿ひとくされていた時代じだい

 わたしはとにかく、大学だいがく進学しんがくしたかった。

 私は奨学金しょうがくきん志願しがんへいはん強制きょうせい徴兵ちょうへい)で国防こくぼうぐん秘密ひみつ大学だいがく文科省もんかしょう未認可みにんか地下ちか大学だいがく)に四年間秘匿在籍ざいせき跳躍兵ちょうやくへいコースに秘密ひみつ選抜せんばつされた。

 まだ、機密きみつ情報じょうほうおおく、目撃もくげき非常ひじょうすくなかった未確認みかくにん疑似ぎじ生物せいぶつ兵器へいき【ウミック】は報道ほうどう規制きせいもあった。

 入学式にゅうがくしき直後ちょくごに、【ウミック】から搾油さくゆされた魔油まゆを一週間あさひるばん点眼てんがんして、【ウミック】を目視もくし出来るようになった。(この目視は、日本にほん就学しゅうがく児童じどう検診けんしん・三歳児検診・一歳児検診にはかならず点眼をっているため、自然しぜんながれで【ウミック】がいるのがたりまえになっている。)

 そのまま、「くう軍にのこれば卒業そつぎょう証書しょうしょがもらえる」し、空軍に残らなくても「国防軍大学修了しゅうりょう証書(任官にんかん拒否きょひ免責めんせき奨学生)」をもらえる。私は「跳躍兵経験けいけんかして漁火いさりびりゅう魔具まぐ職人しょくにんになりたい」と任官拒否理由りゆうにふさわしい言葉ことばならべた。

 国防軍大学修了後は、「秘密の跳躍兵」のための魔具をつくる職人見習みならいとして、漁火流灯台とうだい工房こうぼう入門にゅうもんした。

 師匠ししょう大王だいおう先生せんせいのおじょうさんの灯台 キララ(バツイチ子持こもち)としたしくなった。ルチアちゃんが自分のむすめになるが来るとおもった。


 2025年。キララにプロポーズもして、「さあ結婚けっこんだ」となった。

九連くれん黒燈こくとう】をルチアちゃん名義めいぎにして、プレゼント予定よていだった。

 ルチアちゃんが工房のなか裸足はだしあるいていた。【ラダー】からけずられて乾燥かんそうされて出来た木梯もっていいてしまった。

 大王先生は娘とまごが工房けん住宅じゅうたくから出てき、工房をじてしまった。

 漁火流継承けいしょうのために、私は職人坂しょくにんざかうつり、漁火流一条工房をいちからはじめた。



 今は2032年。

 つま美咲みさき身重みおもで、中央区にある地下ちか病院びょういん入院にゅういん

 12月25日午前7時46分に、白黒ものくろ有栖ありすちゃんの異父いふいもうとまれた。


 よく26日からは大変たいへんなことがこった。

 自分は祭花まつりかどうの地下に避難ひなんしていた職人ぜいからかれて、がたになってから、地下病院へいそいだ。

 生れたそのいにくことは出来なかったが。美咲から端末たんまつで、「無事ぶじだ」と定期的ていきてき連絡れんらくが入った。


 不織布ふしょくふのマスクでは無く、工房で使つかっている防塵ぼうじんマスクとゴーグルで、黒煙こくえん刺激臭しげきしゅうやわらいだ。

 それでも、地下病院へ入るさいに、簡易かんい設置せっちされたエアーシャワーボックスで念入ねんいりに風圧ふうあつをかけられた。


 地下八階の完全かんぜん個室こしつ病室びょうしつには、偽物にせものまど自然しぜんかんじで地上ちじょう八階程度ていどまど映像えいぞううつし出されている。

 もう、名前なまえめてあった。

命名めいめい 一条いちじょう 光亜るちあ

 つるかめのおめでたいイラストが入ったかみに、娘の名前がかれてあった。


 端末のビデオ通話つうわ機能きのうで、職人仲間なかまに無事に病院にたどりついたことと、面会めんかいできたことをつたえた。

 それから、光亜るちあせつける。

 <長女ちょうじょちゃん、ご誕生たんじょうおめでとうございます!>なんてへんなことをわれた。

ちがう、違う。白黒ものくろ有栖ありすちゃんが長女で、光亜るちあ二女じじょだよ」

 <おい、余計よけいなこと言うな!>

 ビデオ通話しでも、まずい雰囲気ふんいきがわかる。

 そのとき、端末がべつ着信ちゃくしんける。

わるい!協会きょうかいから電話でんわだ!るぞ!」


「もしもし、一条 北天ほくてんです」

 <魔銃まじゅう職人協会職員しょくいん大底おおぞこです。いま奥様おくさま病室前びょうしつまえひかえております。おつたえすることがございますので、廊下ろうかに出ていただけますか?>

 いつもなら、「ど~も~」とかる口調くちょうの大底さん。戦争せんそうが始まったから緊張感きんちょうかんがあるのか?

「大底さん、どうしたんだ?

 工房は用心ようじんで、大丈夫だいじょうぶだ。問題もんだい無い」

 大底さんはたくさんの書類しょるいかかえていた。随分ずいぶん、アナログな仕事量しごとりょうだ。

「魔銃職人、一条 北天。

 今年ことし12月13日、飾戸市の魔具専門店せんもんてん『祭花堂』において。

 一条 白黒有栖は一条 北天さくの【九連ノ黒燈】を選び、養父ようふである一条 北天が購入こうにゅうした。間違まちがい無いか?」

 書類をげる大底さんのふるえている。

 そういえば、病人びょうにん見舞客みまいきゃく医療いりょう従事者じゅうじしゃも廊下にいない。美咲の個室以外いがいのドアまえには、くろずくめの人間が拳銃けんじゅう携行けいこうして、待機たいきしている。ナースステーションには、複数人ふくすうにん見張みはり。

 異様いよう雰囲気ふんいきだ。


「間違い無い。

 アリスちゃんに、何かあったか?」

「祭花堂社長しゃちょうが【九連ノ黒燈】の魔具登録とうろく防犯ぼうはん登録をしたさい魔術省まじゅつしょうから『【九連ノ黒燈】は一点物で未使用みしようであること』と『魔具登録履歴りれきり』だと通知つうちがありました。新中古品のあつかいが出来ない祭花堂は本日ほんじつより一週間の営業えいぎょう停止ていし処分しょぶん相当そうとうです。

 しかしながら、今回こんかいはじめての『不用心ぶようじん』だったことから、祭花堂の三日間の営業自粛じしゅくもうもあって、口頭注意となりました。

 今後こんご、貴方も職人として、十分じゅうぶん注意するように」

「ちゃんと未使用で、魔具登録は抹消まっしょうした。新品として、取り扱いが出来るはずだ!」

「いいえ、新品として扱えません。認識にんしきあまいようならば、協会本部ほんぶさい研修けんしゅうけていただきますよ」

 協会がわは、反論はんろんを受け付けない姿勢しせいだ。


 灯台 ルチアの名義めいぎにして、プレゼントしたが。あの子の母親がこばんだ。

「魔銃がい原因げんいんになりえる問題はすべ排除はいじょするように。

 以上いじょうで口頭注意をわります」



 大底さんが帰っていくが、黒ずくめの人間は帰ろうとしない。

 急いで、美咲の病室内にもどり、ドアをめる。

つながれ、繋がれ……」

 <一条 白黒有栖さんの端末にお繋ぎ出来ませんでした。一条 白黒有栖さんの端末アカウントは抹消されています>

 自動じどう音声おんせいながれる。

 アリスちゃんの端末が繋がらない。【ウミック】の破壊はかい活動かつどうこわれたり、水没すいぼつしたりしても、自動音声は<故障中こしょうちゅうです>とはっして、アカウントがされていないことをしめしてくれるのに。


 急いで、魔習まならいのいえ連絡れんらくする。

「もしもし、一条 白黒有栖のちちの北天ともうします。娘の端末アカウントが抹消されたのは本当ほんとうですか?」

 <……お姉ちゃん、おじさんからお電話でんわだったよ>

 <もしもし、お電話わりました、魔習い生の仮宮村かりみやむらです。一条先生、里親さとおや大枝おおえだがお世話すぁになっております。

 魔銃職人協会の大底さんとおはなしになられましたか?>

「魔銃職人協会から口頭注意は受けた。

【九連ノ黒燈】の修理しゅうりなら、まかせてくれ!

 アリスちゃんにわせてくれ!」

 <……大蕗おおぶきりょうにも、内閣ないかくじゅん軍事ぐんじ行動こうどう監視かんしきょく特別とくべつ機動隊きどうたいが来ました。おそらく、その方々かたがたが病院にもいらっしゃいますから、お話を聞いてみてください>



 黒ずくめのやから四人と看護師かんごしが病室へやって来た。

 見たことも無い身分証みぶんしょうには、たしかに「内閣府準軍事行動監視局特別機動隊」とある。

「妻は子どもをんだばかりなんです!」

「貴方は黙っていて!

 娘のアリスに何かあったんですか?無事ですか?」

「一条 北天および美咲夫妻ふさいによる、一条 白黒有栖への、経済的けいざいてき虐待ぎゃくたいおよび精神的せいしんてき虐待が認定にんていされました。

 前者ぜんしゃは、一条 北天のもと内縁ないえんの妻の子名義の魔銃を一条 白黒有栖にあたえた。

 後者こうしゃは、生まれた子の出生届に、一条 白黒有栖への加害かがいおこなったものの名前をてたこと。

 戦争せんそう犯罪はんざい拘束こうそくされた、新欧州連合ネオユーロ工作員こうさくいんの灯台 ルチアからもじったのでしょう」

「今すぐ、改名かいめいします!

 役所やくしょかなきゃ!」

「一条さん、きましょう」

 光亜るちあかかえたまま病室を出て行こうとする美咲を、看護師がめる。


げんご長女の改名は我々われわれ協力きょうりょくします。

 もとご長女の親権しんけん養育よういく権・監護かんご権・面会めんかい権はすでにありませんので、我々われわれにはなにも出来ません。

 一条 白黒有栖と名乗なのっていた子どもは、すでべつかた養子ようし縁組えんぐみませておりますので、御了承ごりょうしょうください」


「養子さきはどこだ?

 おれの娘をかえせ!」

 私は監視局員にるも、拳銃をけられて何も出来なかった。



 30日。

 職人仲間のいで、安全あんぜんに一条工房へ戻ることが出来た。

 母子ぼしは二階で、よこになっている。

 一階の工房には、したしい職人の深見ふかみのこってくれた。

御前おまえは、ルチアちゃんのわりがしかっただけだろ?」

「そんなことは無い」

「ルチアちゃんは御前の独立どくりつまえの、修行しゅぎょうしていた、灯台工房の孫だった。

 御前が出しっぱなしにしていた【ラダー】の木梯の欠片かけらを裸足で踏み抜いた。

 おこった母親はわかれをり出し、ルチアちゃんをれて出て行った。

【九連ノ黒燈】は粉々こなごなで、登録がはずされた。

 だから、口頭注意で済んだんだ。

 あの魔銃が現存げんぞんしていたら、御前も共謀犯きょうぼうはん仕立したてられていたぞ?」

 深見がこわいことを平気へいきで言う。


「祭花堂に、剣山けんざんりゅう魔銃の購入こうにゅう商談しょうだんがあったそうだ。

 購入者はぜん日本国防空軍北部ほくぶ方面ほうめん部隊長ぶたいちょう水際みずぎわ准将じゅんしょういまは軍をめている。

 それを最後さいごに、はやめにみせじまいして。明日あすから三日間営業自粛だとさ。

 御前はもう、祭花堂へかおを出すな。

 ルチアちゃんの今後こんご救済きゅうさいは、御前の灯台工房時代のあに弟子でしたちがうごいてくれてる。

 御前はわるくない。

 悪いのはルチアちゃんだ。

 もう、戦争犯罪者にかかわるな」

 深見が出て行き、自分も工房をだまって出て行こうとする。

 ようはそういうことだ。空軍関係者の水際っておとこが、アリスちゃんをうばった。


 背後はいごあかぼうごえがする。

 美咲の気配けいはいも。

「アリスちゃんに会いたい。

 妹に会わせてあげたいんだ」

「今は美連みれんのことをかんがえて!

 深見さんのの言うとおりにして。

 貴方は何もしないで!

 美連のことをちゃんと考えてよ……」


「改名手続てつづきをした記録きろくのこるって。

 まあ、大丈夫だろう」

「……」

「美咲」

「……アリスちゃんに、どうして、あんなひどいことをしたの?」

「買ったときはよろこんでただろ?

 本人ほんにんづいていないだろうし。

 問題の魔銃も、粉々になって壊れたんだ。

 外野がいやさわいでるだけ。

 落ち着いたら、養子縁組を無効むこうの手続きをすればい。

 アリスちゃんはかならず戻って来る」

 美連は泣きつかれ、美咲のうでなかでスヤスヤねむり出す。


「アリスちゃんは戻って来ないほうがしあわせだわ」


 ころがっていた工具こうぐって、階段かいだんを上がろうとする美咲。

「あの部屋をこじけるつもりか!」と怒鳴どなってしまう。

「いつまで、居間いまよこかずのにしておくつもり?

 美連の部屋にするべきでしょ!

 灯台 ルチアがそんなに良いなら、離婚りこんする?

 今からでも、戦争犯罪者と養子縁組すれば良いと思う」

「そんな言いかたをするな!」

「本当のことでしょう?

 子どもはペットでも、人形にんぎょうでも無いの。

 きちんと面倒めんどうなくちゃ、子どもは自分一人で成長せいちょうするしか無い。

 ちゃんと、自分の子どもを認識にんしきして……」

 美咲は怒鳴るのをやめて、こえころしてしまう。

 ガラガラと工房のが開くおとがした。


「一条のおじさん、おばさん」


「こんにちは、水際みずぎわ 淡白あわしろ山脈やまなみです。

 漁火流【九連ノ黒燈】は飾戸空爆くうばく汚染おせんされて、壊れました。

 なが使つかおうとおもっていたので、残念ざんねんです。

 祭花堂で、新しく剣山流の魔銃を買いました。

 みじかあいだでしたが、漁火流にはお世話になりました」

 灰色はいいろかみ、灰色の手。

 見間違みまちがうはず無い。娘のアリスちゃんがここにいる。

「一条のおばさん、無事ぶじ出産しゅっさんおめでとうございます。これ、出産のおいわいです。

 どうか、受けってください」


 小さな灰色の手がご祝儀袋しゅうぎぶくろをそっと工房のつくえの上にいた。

 一瞬いっしゅん、工房の神棚かみだなにはりつけた命名の紙を見上みあげる子はアリスちゃんだ。水際の子じゃ無い。ちゃんと、一条の子だ。

「一条 美連みれんちゃん。

 魔銃職人になるかな?

 跳躍兵になるかな?」


「一条のおじさんとおばさんと三人でどうぞお元気げんきで」


 ヒヨコみたいな黄色きいろのご祝儀袋には、[御出産ごしゅっさん御祝おいわい 水際 淡白山脈]とあった。


「アリスちゃん。お父さんもお母さんも、わるいところをなおすから!

 だから、おねがい!

 帰って来て!」

 美咲は片手かたてにぎりしめていた工具をて、アリスちゃんに必死ひっしで手をのばす。


「そうだよ。四人で一緒いっしょくらそう」


「一条のおじさんとかかわると、灯台 ルチアとえんれない。

 気持きもわるい。

 おばさんと美連ちゃんにはそれでも、おじさんがいれば安心あんしんでしょ。

 わたしは戦場せんじょうにいるもん。

 のこるには、そんなこわい選択せんたくしないよ」

「戦場からげれば良いじゃないか!」

「灯台 ルチアの父親ちちおやわりをしていた一条のおじさん。貴方あなた一時期いちじきでもそだてられたわたしも、戦争犯罪者予備よびぐん

 戦場から逃げれば、される」

「……」

「でもね。たような理由で親と分離ぶんりされている子おおいんだよ。

 わたしにはおとうさまがいるから、心配しんぱいしないでね」

 工房を出て行くアリスちゃんをいかけた。

 でも、まぶぎるひかりつつまれて消えていくアリスちゃんをきしめることは出来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る