12月31日

15話 娘との余暇(私立グリン研究所首席研究員水際 白羽桜次郎准将視点)

 もと日本にほん国防こくぼうぐんしょう統合とうごう幕僚ばくりょう統合幕僚首席しゅせき補佐ほさかん

 名誉めいよ除隊じょたいは、「私立しりつグリン研究所けんきゅうじょ」の首席研究いんとして、【ラダー】融合ゆうごうたいについて研究している。

 大佐たいさ以上いじょう階級かいきゅうである准将じゅんしょうは、名誉除隊後も使つかわなくてはならない。軍人ぐんじんとして、けない余生よせいごさねばならない。



 勤務きんむさき大鏡おおかがみざか一丁目の研究施設しせつに、あるいてかよっているが。

 今日きょう大晦日おおみそか

 研究所の臨時りんじ閉鎖へいさは、27日よる解除かいじょされた。正月しょうがつやすみをふくめた年末ねんまつ年始ねんし休暇きゅうかは、本来ほんらいならば29日から翌年よくとし4日までの一週間。

 しかし、空爆くうばくによる治安ちあん維持いじ悪化あっかこまれたため、略奪りゃくだつそなえて、研究室に保管ほかんしてあるぜん実験じっけん備品びひんは一つ一つセキュリティーロック強化きょうかする羽目はめになった。

 もちろん、施設の防犯ぼうはん対策たいさくで、そと作業さぎょうおこなった。

 研究所のもんに、看板かんばん表札ひょうさつは出していないが、所内しょない一階ロビーのかべには「GRINグリン」とかれた文字盤もじばんがあるため、はずして、所長しょちょうしつおおきな金庫きんこない仮置かりおきした。

 とにかく、一昨日おとといの29日までにわらせることが出来てかった。

 今日は大事だいじなイベントで使用しようするから、昨日きのう一日かけて大掃除おおそうじをせねばならなかった。



 今日は、わたしむすめ叙勲じょくんおこわれる。

 一年半前の勲章くんしょう授与じゅよのように、がえりで東京とうきょうってかえれる戦況せんきょうでは無い。

 そのため、勲章だけがきゅう津軽つがる海峡かいきょうわたってやって来る。

 最低限さいていげん、空軍北部ほくぶ方面ほうめん部のある十歳ととせくべきかと保護者ほごしゃとして、日本国防軍省空軍幕僚部に私的してきいてみた。


 士気しき高揚こうよう、プロパガンダとして「可愛かわい融合兵ゆうごうへい」を公表こうひょうしたい一部から「コソコソやるんじゃ無い」と苦情くじょうが来ているのは事実じじつ

 だが、私の娘は正規せいき軍の少年兵しょうねんへい非公式ひこうしきであり、機密きみつなのだ。


 結局けっきょく、「堂々どうどう」と「コソコソ」のあいだの、折衷せっちゅうあんえらばれた。

 勲章の授与は我が家の応接間おうせつまとなった。

 魔習まならいのいえればいものを。

 娘いわく、「日親そるちかくん月親るなちかちゃん兄妹きょうだいが勲章をしがるといけないから」だそうだ。


「日本国防軍大臣だいじん使者ししゃ」は満身まんしん創痍そういから昨日きのう復活ふっかつした涙堂るいどう いずみ中佐ちゅうさ年明としあけ後も、大蕗おおぶきりょうのバンクカウンセラーをつづける予定よていだ。

 まあ、市ヶ谷にいるよりは北方ほっぽう最前線さいぜんせんやくてるだろう。

 かれは市ヶ谷の広報こうほうにいろいろ指示しじして、「窓辺まどべ」や「窓をうつしそうな硝子がらす素材そざい液晶えいきしょう画面がめん」に紺地こんじぬのをかけるよう指示しじする。

 私の家で撮影さつえいしたという情報じょうほうすこしでも映像えいぞう写真しゃしんから排除はいじょするためだ。


何度なんど怒鳴どなっても、まなばぬ子。

 それが御前おまえだ」

「パパ」

却下きゃっか

「ダディ」

「却下」

父上ちちうえ

「却下」

「おとーちゃん」

「却下」


「おとうさま


「ふざけるな!」

「ほら、やっぱり『お父様』が一番しっくりきますよ」

 かた一つでも、手玉てだまにとられるのだ。油断ゆだんならない。

 この子といると、本当ほんとうに自分がちっぽけな存在そんざいしてしまう。



何故なぜ、空軍幼年ようねん学校がっこう目指めざさない!」と、一年半前、何度おこっただろう。

 幼年学校の入学にゅうがくが「入学時点じてんまん十五さい」から満十二歳にげられたのに。あの子はあえて、うえを目指さなかった。

「わたしに、部隊ぶたいひきいるなんて適性てきせいはありません。

 くにへの忠誠ちゅうせいもありません、たぶん。

 だって、おさまですから」

都合つごうわるいときだけ、子どもになるな!」

「じゃあ、ててください。

 捨てられれてますから」

 いまおもかえすと、この子のすべての行動こうどうは、以下いかの四つの結果けっかのためだけだったとおもわざるをない。

 開戦かいせんまえ省内しょうないのゴタゴタにきこまれてくびりにまえに、私に名誉除隊させる結果。

 この家をわせる結果。

 私の娘のなる結果。

 今後こんごはこの家で勲章を受け取る結果。


 室田むろたというもとりく軍の傷病しょうびょう退役たいえき軍人を使って、情報じょうほう収集しゅうしゅうしていたのだろう。

 最寄もよりのレベルがたか女子じょしの魔習いの家は、大蕗寮だけだ。ただいにればいじゃないか。

 私の娘にならず、一条にのこれば……。



「一年半前。市ヶ谷で勲章をもらって、時間じかんあまったでしょう。

 お父様のポケットマネーで買ってもらった魔具まぐ

 くろがね二本目を買ってもらった。きゅうには買いにはしれないから、予備よびがあったほうが良いって。

 敷星しきぼしインシデントのまえに、一日だけOFFオフ

 お父様にちょう距離きょり跳躍ちょうやく練習れんしゅうをしなさいってわれて。

 直線ちょくせん距離で敷星と飾戸かざりど一往復いちおうふくしました。

 一条の防空ぼうくうマンションにかえって、おひるごはんべて、お昼寝ひるねして。

 一条のおじさん、お盆休ぼんやすみでお家にいました。

 魔具の道具どうぐみがきしていました。

 お昼寝から起きたら、くろがね二本目だけに縦線たてせんきずがありました。

 一条のおじさんがわらって『よごれていたからみがいてあげたよ』って。

 室田むろたさんにおねがいして、みなみ飾戸陸軍りくぐん駐屯地ちゅうとんち整備せいび兵さんに縦線の傷を鑑定かんていしてもらいました」

 それなら、間違まちがいなく、「故意こいの魔具損壊そんかい」だと鑑定されたはずだ。

 それでも、空軍跳躍ちょうやく御用達ごようたし漁火いさりびりゅう魔具の継承けいしょうやさぬために、「黙殺もくさつ」された。

 この子は、世界中せかいじゅうだれ一人として、味方みかたになってくれる大人をえらべなかったのだろう。


「インシデントで爆散ばくさんしたのは、くろがね二本目。

 一条のおじさんが買ってくれたくろがね一本目は、トイレの便器べんき波澄はずみちゃんがしこんでました。

 わたし、最後さいごまで手からはなしませんでした」

 嗚呼ああ

 この子のむねには、私のあたえたくろがねさって、けて、のこったのか。


 まさか、嫉妬しっとした一条 北天が私のあたえたくろがね二本目に細工さいくをしていたとは……。

 魔具まぐ職人しょくにん協会きょうかい敷星しきぼしインシデントのかぶりたくなくて、を米国べいこくのゴールドシーズンしゃの魔具にすべてのつみをなすりつけていたのか。

 山脈やまなみむね深部しんぶにはくろがね二本目が融けて残っていて。さらに、ゴールドシーズン社製魔具が癒着ゆちゃくしていた。

 摘出てきしゅつ手術しゅじゅつがした【ラダー】はざりい、いまとなっては、娘の融合体ゆうごうたいただし山嶽さんがくさかさ山嶽さんがく」となってささえているのか。


「いろいろ大変たいへんでした。

 波澄ちゃんの報復ほうふく一生涯いっしょうがいげるのも面倒めんどうなんで、わたしの実父じっぷをプレゼントしました。今も、これからも、ご機嫌きげんのままでいてくれます。

 灯台とうだい ルチアも、すぐに大人おとなしくなります。

 わたし、工作こうさく得意とくいなんです。はさみとか、ノリとか」

 その図画ずが工作では無い、隠蔽いんぺい工作やじゅん軍事ぐんじ工作のほうだろう。

 すさんだ少年兵とはおもえない、空軍らしいれやかな笑顔えがお


いまだに、ゆめでうなされるのか?

 私が怒鳴る夢を見るのだろう?」

「はい。

 不健全ふけんぜんですよね。

 でも、貴方が怒鳴ってくれなかったら、わたしはあきらめてんでいました。

 貴方の怒鳴りごえこわかったんじゃ無いんです。

 貴方の怒鳴り声がこえなくなったら、死ぬとわかっていたんです」


 この子をここまでゆがめたのは、一条 北天ほくてんだ。

 爆弾ばくだんで一階から最上階さいじょうかいまでんだ防空マンション。

 あの子のもと自宅じたく名義めいぎ調しらべたら、あの子の実母じつぼ名義めいぎになっていた。

 あのおとこは、入籍にゅうせきしていたものの、一条工房を「住居じゅうきょけん工房こうぼう」にしていた。

 つまと妻のを工房にまわせなかった。

 そして、あの子にもと恋人こいびとの娘名義の魔銃を祭花堂をかいしてプレゼントしていた。

 少年兵として活躍かつやくしていたあの子にとって、それがどれだけの屈辱くつじょくだっただろうか。


 この子がうごきやすいように、民間みんかん軍事ぐんじ会社がいしゃでも登記とうきしておくか。

 いやいや。

 この子にはこの子の人脈じんみゃくがあるだろう。魔習いの家の子には、私立アンビシオンきた小学校しょうがっこう児童じどうもいる。

 幼年学校だけが空軍入隊にゅうたいぐちでは無い。


「軍事会社なんてプレゼントしないでくださいね。

 今日のように、お父様とのせっかくの余暇よかだい無しになりますよ」


「勲章授与と余暇を天秤てんびんにかけるな!」と怒鳴るしかない。



 涙堂中佐からのアイコンタクトがあり、私語しごつつしむ。

 厳粛げんしゅく雰囲気ふんいきなか、叙勲式が始まる。

 娘は「少年兵しょうねんへい水際みずぎわ 淡白あわしろ山脈やまなみ」とばれて、「はい」と返事へんじをして、涙堂中佐と対峙たいじする。

 見たことの無い、しろな勲章が娘のわたる。

白羽しらは勲章」と聞こえたぞ。

 真新まあたらしい勲章を受け取った娘はおしえこんだとおりに一礼いちれいした。


「お父様の名前なまえかんした勲章の叙勲しきで、こうしてならんで写真をれるなんて、不思議ふしぎですね」

「……」

きました。

 お父様が米国べいこくせいの魔具を輸入ゆにゅう禁止きんしにしてくださったのですね。

 今は名誉除隊されて、融合体ゆうごうたい研究をされているって」

 私のうごきはまれている。

 嗚呼、なんて怖いくらい可愛い娘だろうか。


 叙勲式がわった。

 早速さっそく、娘のジャンパースカートのいているスペース……ちょうどむね正面しょうめんに、白羽勲章をつけてやる。

「名誉退役章、まががっていないか?」

「はい。曲がっておりません」


 自衛隊じえいたいころにはかんがえられなかった、「非正規軍人」への勲章授与。

 もちろん、私だって、国防空軍准将として名誉除隊したから、終身官しゅうしんかんっぽく気取きどって、制服せいふく着用ちゃくようしている。

 幼年学校の制服ですらブカブカだろう、山脈やまなみちいささ。

 もちろん、在籍ざいせきしていた公立こうりつ小学校は私服しふく通学つうがく。さらに、学籍がくせき戦争せんそう除籍じょせき教育きょういく制度せいどあらたに用意よういされるまで、魔習い生。

 ブラウスにジャンパースカート。

 私がらなかった勲章の数々かずかずをぶらげたジャンパースカートは勲章のパッチワークのようだ。


 この勲章のかずじゃ、新欧州連合ネオユーロ工作員の灯台 ルチアはかなわないだろう。

 私が北日本をはなれ、市ヶ谷にいたあいだ

 市ヶ谷をけて、ここに移住いじゅうしてからも。

 この子がずっと、暗躍あんやくしていたあかし


「お二人とも、おな笑顔えがおですね」


 カメラマンはそう言って、私たち親子おやこまえで、シャッターをった。

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まならい 雨 白紫(あめ しろむらさき) @ame-shiromurasaki

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