8話 日本残留孤児

 よる6時。

 飾戸かざりど大蕗おおぶきりょうから、聖夜せいやのおかけ。

 宮村みやむら姉妹しまい用意よういされた里親さとおやとの面会めんかいに、わたしもうようわれた。

いもうととわたし。

 アリスのおうちにお世話せわになることは出来ない?」

再婚さいこんのときに家が手狭てぜまだっていうから、防空ぼうくう団地だんちぐん入居にゅうきょしたかったけど、抽選ちゅうせんれたんだ。

 群外ぐんがい危険きけん地域ちいきだから、おすすめは出来ない。

 これから面会する大枝おおえださんは真面目まじめわるいことは大嫌だいきらいなひと


「『ブルーメ、日本にほんのこるってめたんだ』ってエンドがへん納得なっとくしていたけれど、わたしに選択肢せんたくしなんかい。

 わたしのもとお父さんと元お母さんは本当ほんとうに、勝手かってぎる。

 いつも、どものことは後回あとまわしだった。

 でも、もう、これであの人たちの言いなりにならないでむ」

 ブルーメは両親りょうしんてられたことなんて、もうれた。そういう表情ひょうじょうだった。


 ブルーメと、涙堂るいどう先生せんせい、わたしはみなみ飾戸かざりど空軍くうぐん基地きち公用車こうようしゃ移動中いどうちゅう

 クリスマスいちでも無いし、教会きょうかいへもかわない。

 向かうは、職人坂しょくにんざか一条一丁目ちょうめ

 漁火いざりびりゅう魔具まぐ工房こうぼう一条工房。

 そう。わたしのおとうさんの職場しょくば

 圧雪あっせつ坂道さかみち難無なんなのぼっていく車の運転手うんてんしゅ空軍くうぐん制服せいふく着用ちゃくようしている。言葉数ことばかずすくないどころか無言むごん

 この時間帯じかんたいなら、お父さんは退勤たいきんしちゃっているだろうか。


 坂道の途中とちゅうでお父さんとお弟子でしさんたちに会う。

 わたしは車をめてもらって、車外しゃがいに出る。

「アリス、アリス。

 大枝は工房にのこして来たから」

「お父さん、残業ざんぎょう?」

「嗚呼、国難こくなんだ。仕方しかた無い。

 お父さんは祭花堂まつりかどう社長しゃちょうさんにび出されているんだ。

 陳列ちんれつ変更へんこう手伝てつだうから、じゃあな!」

 わかいお弟子さん二人をれて、トラムの停留所ていりゅうじょまで坂をりて行くお父さん。

「メリークリスマス!いおとしを!おやすみなさい!」

 こえをかけたけど、本当にいそいでいたのでなんだかもうわけ無かった。


 車にふたたび乗りこみ、「大枝さんは工房にいます」とつたえると、涙堂先生はニッコニコの笑顔えがおつくる。

 ゆっくりと公用車はまた動き出す。

「自分は子どもを捨てる親なんて、納得なっとく出来ません」と運転手がはじめて私的してき発言はつげんをした。

「それって、わたしの元お父さんもってこと?

 あんな親をつ子どものことをかんがえてよ。

 いらないから、お兄さんにあげるよ」

 べつに、ブルーメをかばうわけじゃないけれど。わたしは「家族かぞく全員ぜんいんそろってあたたりまえいえそだったであろう運転手の本音ほんね」がらなかった。


「やっぱり、少年兵しょうねんへいのアリスちゃん相手あいてだと、話がはやいな。

 当事者とうじしゃ本人ほんにんのブルーメちゃんや、雪道ゆきみち運転を頑張ってくれてる軍人ぐんじんよりも理解りかいが早いね。

 そう。

 いま日本にっぽん普通ふつうじゃ無いんだ」

 涙堂先生は運転手のかたやさしく一度いちどたたいた。

 それはねぎらいなのか。それとも、「もうしゃべるな」と言う、サインだったのか。


帰国きこくしたばかりの宮村みやむら一家いっかはバラバラになった。

 両親の戦争せんそう離婚りこん昨日きのう成立せいりつ

 日本国にほんこくがブルーメちゃんと妹のクララちゃんの親権しんけん養育権よういくけん監護権かんごけん面会権めんかいけん誘拐ゆうかいした。

 お父さんは岸野きしの空港くうこうはつ直行便ちょっこうびん日本にほん出国しゅっこく難民なんみんとしてオーストラリアへ入国にゅうこく審査しんさち。

 おかあさんは専門職せんもんしょくわくでアルゼンチンへ亡命ぼうめいした」

 涙堂先生のかたりはなんだか、「昔々むかしむかし、あるところに」からはじまる日本にほん昔話むかしばなしみたいなながれだった。

 おじいさんは山仕事やましごとへ。おばあさんはかわ洗濯せんたくへ。


「オーストラリアは壁材へきざい提供ていきょうをしてくれる友好ゆうこうこくです。日本は難民というよりも人材じんざい交換こうかんに出したかたちでしょう。

 アルゼンチンは国際こくさい規模きぼ避難所ひなんじょ建設けんせつ大詰おおづめ。

 それでも、日本の技術ぎじゅつ流出りゅうしゅつ問題もんだいありません。

 戦争の最前線さいぜんせんこそ、技術の最先端さいせんたんですから」

「アリスちゃん。

 そのフォローの仕方しかたを日本全国ぜんこく大人おとなたちにおしえてあげてよ」


「アリス、ごめんなさい。

 わたし、日本にほん残留ざんりゅう孤児こじになるってわかってたの。

 でも、妹ともはなばなれにされたらどうしようって困って。

 だから、イギリスのときみたいに、戦績せんせきさえあげれば……」

「昨日の【ウミック】への無謀むぼう突撃とつげき

 妹と一緒いっしょにいたいから、あんな無茶むちゃしたんだね。

 二度と妹にえなかったかもしれないけれど、のこったじゃん。

 ちょっと、考えがあまかっただけの話」


 大蕗寮のレベルはたかめ。

 クララちゃんが合流ごうりゅうするにはまだ無理むりがある。

冬休ふゆやすちゅう魔習まならいだから、会えなくても我慢がまんする。

 冬休みけからバラバラにべつ施設しせつに入りたくない」

「だったら、姉妹二人で下宿げしゅく出来る里親さとおや制度せいど

 涙堂先生の仕切しきりで、大枝さんにのサインと印鑑いんかんもらうしか無いね」

 そう。

 大枝さんの気持ちがわらないうちに、早く里親制度の書類しょるい完成かんせいさせなくちゃ。



 一条工房の前には公用車がすでに一台ハザードをつけて、路駐ろちゅうしていた。

「お姉ちゃん!」

「クララ!」

 双方そうほうの車から宮村姉妹が飛び出して、寒空さむぞらの中、う。

「あのね、紫陽花あじさい寮の小川おがわ先生にれだされたの。

 お父さんとお母さんが日本からいなくなっちゃったから、おやわりになってくれる人と面会しなくちゃいけないって」

 涙堂先生はクララちゃんが指差ゆびさしたバンクカウンセラーと挨拶あいさつかるくかわしている。


 工房の外壁がいへきには雪がきつけて、りんがどこかわからなくなってしまっている。

 まだ、なかかりがともっていて、物音ものおとがする。

 ゴンゴンゴンゴン。

 手袋てぶくろをしたままとびらを叩く涙堂先生。

強盗ごうとうか!?」

「大枝さん、らくにしてください。

 さきほど連絡れんらくした、涙堂 いずみです」

「……里親は無理だって、ことわったはずだけど」


「大枝さん、こんばんは~。アリスです~」

 わたしは工房にり、クララちゃんとブルーメを応接室おうせつしsつのソファーにすわらせて、小川先生と一緒に勝手に白湯さゆを用意する。

「俺をおどすために、一条先生のむすめさんをれて来たんですか?」

「わたしだって、お父さんとは血縁けつえん関係かんけい無いよ。

 それでも、お父さんのこと大好だいすき。

 ブルーメちゃんとクララちゃんには、とりあえず、あたらしい親が必要ひつようなの」

「あの、アリスちゃんにおともだち?まっさかー」

「そのまさかだよ」

 失礼しつれいな。

 大枝さんはわたしににらまれて、オロオロし出す。

「ゴメンナサイ、冗談じょうだんデス。真剣しんけんはなイ出来マス」

「日本残留孤児の宮村みやむら 婚姻こんいんブルーメです。この子は妹の女光々クララ

「およめさんがしいって言ってたよね?」

「アリス!

 冗談はともかく。お嫁さんとおして、こんな可愛かわいい娘が出来ちゃうの。り?」

「ドイツまれイギリスそだち。

 非行歴ひこうれき無しです。

 元両親のことはわすれてください」

「……」


「俺でければ、里親になるよ」


「このおじさんのお家に入れば、お姉ちゃんとまた、いっしょにいられるの?」

「うん、そうだよ。

 あとね、お名前なまえが変わるんだ。

 かり宮村 婚姻花。

 仮宮村 女光々」

 涙堂先生はやっぱり、容赦ようしゃが無いな。


「名前をうばうのか?」と大枝さんは難癖なんくせをつけ始める。

「奪うことはしません。こうして、日本政府にほんせいふが日本残留孤児を守っていくんですよ」

 大枝さんは書類に目を通したあとは、まよわず名前をサインして、印鑑に朱肉しゅにくをつけて、ハーハーと息を吹きかけて、捺印なついんした。

「おじさんは魔具を作るお仕事をしているの?」

「そうだよ」

 クララちゃんは魔具工房の中を探検たんけんしたそうにしていたが、今日は面会だけ。

 もう、かえる時間だ。

「さあ、クララちゃん。大枝のおじさんにバイバイしましょう」と小川先生がうながす。

「うん。

 大枝のおじさん、バイバイ!あと、おやすみなさい!」

「大枝さん、これからお世話せわになります。よろしくおねがいします」と、ほんの少しホッとした顔になったブルーメが大枝さんに深々ふかぶかあたまげた。



 里親の手続てつづきと、面会がわった後。

 あんじょう、クララちゃんはぐずり出してしまった。

「クララちゃん、またお姉ちゃんに会えるよ。

 今夜ばかりは一緒に過ごさせてあげたいですね」と小川先生が甘いことを言ったら、涙堂先生が甘い笑顔でするど言葉ことばきつけた。

「小川先生。何、言ってるの?

 もう、国家こっか非常事態ひじょうじたい準備じゅんびだよ。

 出来るだけ分散ぶんさんして、生存率せいぞんりつげなくちゃね」

 クララちゃんはくのをグッとこらえている。

「クララ、別々べつべつの寮に帰るよ」

「お姉ちゃんといっしょがいい」

「クララちゃんのお姉ちゃんのブルーメはね、【ウミック】をたくさんたおさなきゃいけないんだ。

 クララちゃんがウロチョロしてたら、【ウミック】に向かってべないし、破壊はかい活動かつどうが出来ない。

 お姉ちゃんもね、これから帰って早くなくちゃいけないんだよ」と言って、わたしが二人の間にって入る。

「じゃあ。じゃあ。

 また、よる電話でんわしてもいい?」

「うん」



 夜8時。

 何とか、妹と別れたブルーメと一緒に公用車に乗りこみ、大蕗寮へもどる。

 寮の前にくと、ブルーメはすぐにお風呂ふろへ入りに行ってしまった。

 公用車の運転手を見送ると、涙堂先生はきゅう最大限さいだいげん機嫌きげんな顔をする。

「涙堂先生、どうしました?」

「あーあ、あーあ。

 何て、素敵すてきな夜だろうね!

 そうおもわない、アリスちゃん?」

 いや。全然ぜんぜん、思わない。……何だ、このあやしい、胡散臭うさんくさい笑顔。

 寮の玄関扉から手を離し、涙堂先生が見上げている方向ほうこう視線しせんわせる。

 二階、バルコニー、ジャンプ台。

 夜間やかん誘導灯ゆうどうとう点灯てんとうしている。だれかの来訪らいほうがあったんだ……。


 談話室だんわしつへ急いで向かうと、空軍制服をビシッと着たお兄さんが先谷さきたに先生とお話し中だった。

 わたしに気づいて、なぞのお兄さんは起立した。

ツ」

「『一条いちじょう 白黒ものくろ有栖ありすちゃん』です」

「一条 白黒有栖ちゃん、夜戦やせんのおさそいにまいりました」

今晩こんばんはどの空域くういきがおすすめですか?

 あっ、もう、まってるんですね。

 じゃあ、当該とうがい地域ちいき予告よこくをおねがいします」

「アリス、ポタージュんでいく?

 ケーキ一口だけでも……って、ルナ!アリスのスポンジケーキまで食いくしたの!」

「ルナはケーキが好きだから、おこらないであげてください」

「でも、何か食べたほうがいわ」


「先谷先生」

「やめてよ、遺言ゆいごんなんか聞きたくない!」

「いや、まだにませんよ」

 ついつい、真剣しんけんな顔をした先谷先生のことをわらってしまった。

「そう、なの?

 むずかしい作戦さくせんだって、空軍の人がお話してくれたよ」

「トイレ休憩きゅうけいくらいはしますよ。

 先生。

 ブルーメのこと、よろしくお願いします」

「わかった。

 でも、アリスのことも心配しんぱいさせてね」

「はい、はい。

 それじゃあ、メリークリスマス!」

 先谷先生の、このはやとちりが笑いおさめになるかもしれないなんて、思いもしなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る