12月24日

7話 静かな夜の霜降りイチゴ(後編)(石橋 月親視点)

 12月24日。

 昨日きのう無事ぶじ無塩むえんバターと砂糖さとう薄力粉はくりきこたまごでケーキのスポンジ生地きじつくった。

 今日きょうはいよいよホイップクリームと、果物くだものかざりつけ。

 そう、イチゴじゃない果物(缶詰かんづめでパイナップル)しかはいらなかった。

 せめて、桃缶モモかんかみかん缶なら、かったのに。

 でも。

 でも、やっぱり、クリスマスケーキにはイチゴだよね……。

 嗚呼ああ

 やっぱり、戦争せんそうとか戦争のための魔習まなら制度せいどっていやだな。

 きなお菓子かしべられなくなる。

 クリスマスケーキも手に入りづらい。

 家族かぞくえない。

 クリスマスがても、サンタクロースは「戦争の無い毎日まいにちとイチゴ生活せいかつ」なんてとどけてくれない。

 どんなに吹雪ふぶいてても世界中せかいじゅうまわ有能ゆうのうなトナカイでもはこべないものはある。



 昼食後ちゅうしょくごに、先谷さきたに先生せんせいがクリスマスケーキを完成かんせいさせた。

 とうとう、スポンジの上段じょうだん下段げだんあいだにパイナップルがしこまれた。

 ホイップクリームがくずれないように、冷蔵庫れいぞうこ保冷ほれい

 そういえば、アリスとエンドは今日もジャンプだいからんでっちゃった。

 夕方ゆうがたまでに、ルナは先谷先生と一緒いっしょにクリスマスディナーを準備じゅんび


 夕方四時をぎていた。

 ピンポーン。

 ピンポーン。

 魔習いの家に訪問者ほうもんしゃらせるりんる。

 先谷先生は今、台所だいどころもの調理中ちょうりちゅうられない。

 仕方しかたないので、ルナが玄関げんかんへ行くしかない。


「はーい!いままーす!!」

 玄関のドアをひらくと、配送業者はいそうぎょうしゃっぽくないおにいさんがっていた。

 こしには魔具まぐをぶらげるホルダーを装着そうちゃくしていない。

 両手りょうてちいさなはこを一箱、大事だいじそうにっている。

十歳ととせ農協のうきょう青年部せいねんぶ木崎きざきです。福祉ふくしイチゴをお届けにまいりました」

 福祉イチゴ?

 なにそれ?

「スーパーマーケットのスノープレイス職人坂しょくにんざかてんでイチゴを予約よやくしてくださった、『大蕗おおぶきりょうさま間違まちがいございませんか?」

「バンクカウンセラーの先谷先生がイチゴを予約してました。たしか、予約の控票ひかえひょう管理詰所かんりつめしょに!」

 詰所のつくえうえにはクシャクシャになった控票がまだのこされていた。

十歳ととせさんで予約をしていただいたおきゃく様にお届けしています。

 わけりイチゴですが、よかったらどうぞ」


収穫しゅうかくみで、あとはスーパーへ運ぶだけだったんです。

 空襲くうしゅう被災ひさいして、しもがついちゃって。そのままカチンコチンになってしまったので。

 あじちます。

 また来年らいねん栽培さいばい頑張がんばりますので」

 揚げ物調理独特どくとくあぶらねのおとこえなくなった。

 先谷先生が玄関にって来る。

「バンクカウンセラーの先谷です。

 イチゴ、いくらですか?」

 先谷先生は管理詰所からお財布さいふち出して支払しはらおうとするも、木崎さんにおかねってもらえなかった。

てるくらいなら、食べられるぶんだけかきあつめたので」

「そういう訳にはいきません。

 スノープレイスで返金へんきんしていただきました。

 どうか、受け取ってください」

 結局けっきょく、木崎さんはお金を受け取らず、はしってしまった。

「先谷先生、さむいからめようよ!」

「先生、お見送みおくりして来るね」

 先谷先生はサンダルをいて、大蕗寮のまえに立って、坂道さかみちくだっていくワゴンしゃかって、ずっとみぎ手をっていた。



 あーあ、先谷先生が玄関のドアけっぱなしで見送りに出ちゃったから、寮の中がっちゃった。

 一度冷えた身体からだはなかなかあたたまってくれない。

 もう、あれから一時間もったのに。

 エンドとブルーメと先谷先生、涙堂るいどう先生はそろっているのに、アリスがなかなか帰って来ない。今日は五時からクリスマスパーティーをするよってつたえたのに。


 食卓しょくたくテーブルには、もうアリス以外いがいが着いている。

おそいわね、アリス」と時間におくれるアリスをよくおもわないエンドがムスッとする。

「もう、食べちゃおうよ!」

「ちょっと、ルナ」

「ブルーメ、何?

 時間どおりに行動こうどう出来ているルナはわるくないもん!」

 もう仕方が無いから、先に食べはじめようとした瞬間しゅんかん。アリスがかえって来た。

「ただいま!

 ルナたちは先に食べてて。

 わたし、これから、行くところがあるから。

 涙堂先生、ちょっといですか?」

「嗚呼」


 ひどい!

 フライドチキンとか食べ始めちゃってたのは悪かったけれど。

 クリスマスケーキに福祉イチゴが飾られてるのに、無視むしした!

 アリスって、何なの!

 この奇跡きせきに、なんよろこびの言葉ことばも無かった。


 ルナはムカムカしていた。

 だから、これがだれかにとって悪いことでも、ルナにとっては悪いことじゃない。

 もう、指先ゆびさきがきちんとフォークをにぎっていた。

 フォークの先はアリスの分のクリスマスケーキにのびていた。

 プックリしたなイチゴを素手すでまんだら、良くない。きちんと、上手じょうずにイチゴにフォークをしてあげる。

「ルナ!

 それはアリスのイチゴ!」

 アリスの分のケーキからトッピングのイチゴ一個をフォークでうばってやる。

 それなのにエンドに、フォークのを握ったルナの手をつかまれちゃった。

「ちょっと、ルナ。

 貴方あなた、ワガママがぎるわよ」

 ブルーメまでルナをめる。

「アリスはクリスマスケーキなんていらないんだよ。

 ケーキ、無視したもん。

 ルナがアリスの分、食べちゃうもんね」

「ルナはもう自分のケーキ、食べちゃったでしょう。ぬすいは駄目だめ

 嗚呼!

 先谷先生もとめてください!

 こんな泥棒どろぼうじみたこと、わたしのいもうとでもしないわよ!!」

 あーあ。

 ブルーメがガミガミ何か言い始めたけれど。

 にしないも~ん。

 もう、貴重きちょうなイチゴを二個も食べちゃった。

 もっと、イチゴ、食べたかったなー。


 ヒソヒソばなしを二階でしていたらしいお二人さん。涙堂先生の足音あひおととアリスの足音が二階から一階へ聞こえてきた。

「食事中に悪いけれど。

 じゃあ、ブルーメちゃん。行こうか」

「はい、涙堂先生」

「えー、パーティーはこれからだよ!」

「ごめんね、ルナちゃん。

 くに用事ようじなんだ。

 アリスちゃん、みち案内あんないねがい出来る?」

「はい」

 アリスもブルーメも魔習い生で、跳躍ちょうやく出来るのに。

 ジャンプ台を使つかわないのは涙堂先生のためかな。

 まあ、良いか。

 ルナには関係かんけい無い。

 もう、クリスマス・ディナーをのこった先谷先生と、エンドとたのしんでやる!

「……ッ」

「エンド、かないで」

「あんまりですよ!

 こんなのって、あんまりです」


 エンドが涙堂先生にフォークの先をけた。

 今にも、フォークを涙堂先生のむねに突き刺せるくらい、迫力はくりょくがある。

 でも、何とか、イライラを押しとどめているのか、フォークがブルブルれている。


「一番つらいのはこれから妹のクララちゃんをまもっていかなくちゃいけない、たった一人のおねえちゃんなのよ。

 エンド、やめなさい」

 先谷先生がエンドからフォークを奪った。

 でも、その直後ちょくごに、先谷先生がそのフォークを涙堂先生の足元あしもとげつけた。


 何、これ?

 これが楽しいクリスマス・ディナー?

 どうして、みんな仲良なかよく食べれないのかな?

「クララ?

 クララってだれ?」

 ルナは何もらなかった。

 たぶん、これからだって、何も知らないまま。

 だって、まだ、小学しょうがく五年生。

 どもだもん。



 また、玄関ドアをめしたせいで、寮内がさらに冷えこむ。

 食べわったけれど、あと片付かたづけをする気にもなれない。

 偽暖炉にせだんろまえで温まるだけ。

 もう、よるだもん。

 そとなんて出歩であるかない。

 だって、クリスマス・イブ。

 今夜こんやはとっても、しあわせな気分きぶん

 そうだ。ソルにも電話でんわしなくちゃ。

 元気げんきかな?

 ママとパパには「おやすみなさい」って言うだけで良いかな。

 ソルに自慢じまんしちゃおうっと!

 ルナ、イチゴ二個も食べれたんだよって!

 ルナには家族かぞくがいるもん。

 一人じゃ無いもん。

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