まならい

SS 八ツ零空軍大尉監視役（日本国防軍省空軍幕僚部涙堂 泉中佐視点）

　12月22日12時10分。

　突然（とつぜん）、市ヶ谷（いちがや）の国防（こくぼう）軍（ぐん）省（しょう）に、大後田（おおうしろだ）経済（けいざい）大臣（だいじん）がやって来た。

　アポ無（な）しで。

「米国（べいこく）製（せい）魔具（まぐ）の締（し）め出（だ）しは、魔具害（がい）患者（かんじゃ）の負傷（ふしょう）が原因（げんいん）だったの～？

　もう、元気（げんき）になったのかな～？

　どうなの～？」

「大後田経済大臣。

　貴方（あなた）が知（し）るべきことではございません」

「ケチ臭（くさ）いな～。

　僕（ぼく）の独断（どくだん）で～、米国製品再（さい）輸入（ゆにゅう）、検討（けんとう）始（はじ）めちゃおうかな～」

　経済省に連絡（れんらく）をし、「迷子（まいご）の引（ひ）き取（と）り」をお願（ねが）いした。

　すぐに、経済省職員（しょくいん）が大後田大臣を押（お）し倒（たお）し、「大臣は慣（な）れないビルで迷（まよ）われて、急（きゅう）な立（た）ち眩（くら）みをなさった。これにて失礼（しつれい）」とこちらに頭（あたま）を下（さ）げて、大後田大臣を引（ひ）きずりながら、退散（たいさん）した。

　ここ市ヶ谷。

　東京（とうきょう）は、北海道（ほっかいどう）空襲（くうしゅう）時の緊急（きんきゅう）避難（ひなん）や防空（ぼうくう）再開発（さいかいはつ）が、行（おこな）われず。

　市ヶ谷も、市ヶ谷のまま。

　人事（じんじ）異動（いどう）と若干（じゃっかん）の法（ほう）改正（かいせい）による余波（よは）、省名（しょうめい）変更（へんこう）は行われた。

　第三次世界（せかい）大戦（たいせん）開戦（かいせん）で、「防衛（ぼうえい）省」が「日本（にほん）国防（こくぼう）省」へ。

　終戦（しゅうせん）後（ご）、対（たい）【ウミック】破壊（はかい）活動（かつどう）義務（ぎむ）推進（すいしん）政策（せいさく）を担（にな）う魔術（まじゅつ）省（しょう）の後押（あとお）しで、「日本国防軍省」へと名（な）を変（か）えた。

　その市ヶ谷で。

　いつに無く、春告（はるつげ）大佐（たいさ）が完璧（かんぺき）な甘（あま）い笑顔（えがお）（パーフェクト・スイート・スマイル）を浮（う）かべている。

「文民（ぶんみん）の癖（くせ）に。あれじゃあ、泥棒（どろぼう）にしか見（み）えないな」

　大後田大臣は何故（なぜ）、魔具害患者に興味（きょうみ）があるのだろうか？……嗚呼、魔具害患者ではなく、その中（なか）のたった一人に興味があるのか。

　一条（いちじょう）　白黒（ものくろ）有栖（ありす）。

　どこにでもいる小学（しょうがく）五年生。

　一年半前は極秘（ごくひ）作戦（さくせん）に参加（さんか）したことから、識別（しきべつ）番号（ばんごう）由来（ゆらい）の「八（や）ツ零（れい）空軍（くうぐん）大尉（たいい）」と称賛（しょうさん）されていた。

　しかし、魔具害患者になって以降（いこう）は、軍内（ぐんない）でも「灰色（グレイ）卵（エッグ）」と蔑（さげす）まれることも。

　自分にはそういう「少女（しょうじょ）の存在（そんざい）」程度（ていど）の情報しか持（も）ち合（あ）わせていない。

「一年半前。敷星（しきぼし）ノ誘波（いざなみ）寮（りょう）は所属（しょぞく）していた女（おんな）の子（こ）を空軍（くうぐん）へ少年兵（しょうねんへい）として貸（か）し出（だ）しを行っていた。

　彼女（かのじょ）の任務（にんむ）は下級（かきゅう）魔油（まゆ）入（い）りの銀（ぎん）通（とおし）社（しゃ）製（せい）『鉄（クロガネ）』で、陸軍（りくぐん）鉄道（てつどう）霧香（きりか）線（せん）の奪還（だっかん）すること」

「それは……一般（いっぱん）市民（しみん）へは一生（いっしょう）非（ひ）公開（こうかい）ですね。

　優秀（ゆうしゅう）な少年兵が魔具害患者ですか？

　ありえない」

　自分としては、あの陸軍鉄道をたった一人で奪還した少年兵が魔具害患者に成（な）り下がるなんて信（しん）じられなかった。

「極秘作戦中の【ウミック】破壊数はアンカウント。

　そのせいで、あの子の毎日（まいにち）の破壊数だけは公表（こうひょう）されなかった。

　子どもたちは破壊数を共有（きょうゆう）したがる。

　寮内（りょうない）で酷（ひど）いイジメを受（う）けた」

　イジメ……。

　下（くだ）らないな。

　たとえ少年兵でも、軍人（ぐんじん）として、魔具の有無（うむ）に関（かか）わらず、強靭（きょうじん）であるべきだ。

「涙堂（るいどう）、御前（おまえ）は北部（ほくぶ）方面（ほうめん）部（ぶ）のことを何（なに）も知（し）らないな。いいや、この島国（しまぐに）のことなんて、忘（わす）れてしまっただろう。

　敷星はもともと文化（ぶんか）都市（とし）、観光（かんこう）都市を気取（きど）っている。

　地元（じもと）の大人（おとな）たちが魔習いに反対（はんたい）していた。

　だから、あそこは魔習い義務推進政策肝（きも）入りの寮だった。

　全国（ぜんこく）からエリート集（あつ）めた。

　ゴールドシーズン社のジュニアアンバサダーも何故（なぜ）かいた」

　一年半前はヨーロッパ派兵（はへい）中（ちゅう）だった。

　自分が日本にいなかった間（あいだ）のことなど、意識的（いしきてき）に知（し）ろうとしなかった。

　戦闘（せんとう）空域（くういき）帰（がえ）りの自分には、この「ぬるま湯（ゆ）の島国」のことなんて、どうでも良（よ）かったのだ。

「敷星インシデント。

　原因（げんいん）はイジメだったんですか？」

「嗚呼（ああ）。

　ゴールドシーズン社のジュニアアンバサダーがイジメの主犯（しゅはん）。

　国産（こくさん）使用者（しようしゃ）の少女（しょうじょ）が極秘軍事（ぐんじ）作戦に従事（じゅうじ）していることを米国（べいこく）筋（すじ）から知って、米国製魔具の素晴（すば）らしさを少女の肌（はだ）に刻（きざ）みつけた」

「調査（ちょうさ）終了（しゅうりょう）しているのに、何故？」

「国防軍省は『灰色（グレイ）卵（エッグ）の戦列（せんれつ）復帰（ふっき）戦（せん）』を望（のぞ）んでいる。

　教育（きょういく）文化（ぶんか）省（しょう）と魔術省肝入りの『魔習（まなら）い』再開（さいかい）なんて、二（に）の次（つぎ）三（さん）の次だ。

　だが、彼女を復帰させるために、『安全（あんぜん）第一（だいいち）』で教育文化省と魔術省と連携（れんけい）を取（と）っている。

　米国製品の禁止（きんし）はそんな複雑（ふくざつ）な経緯（けいい）と、単純（たんじゅん）な安全理由（りゆう）からだ」

「……嫌（いや）な予感（よかん）がしますね」

「涙堂中佐（ちゅうさ）。

　連絡（れんらく）係（がかり）として、君（きみ）を飾戸（かざりど）ノ大蕗（おおぶき）寮へ派遣（はけん）する」

　自分の周囲（しゅうい）に、誰（だれ）かが用意（ようい）したスーツケースが運（はこ）ばれてくる。

　大佐の手（て）から、自分（じぶん）の手に、身分証（みぶんしょう）が移動（いどう）する。

　身分証を確認（かくにん）すると、「日本国防軍大学校（だいがっこう）へ出向（しゅっこう）……ですか？」と声（こえ）が漏（も）れてしまった。

「表向（おもてむ）き。

　現在（げんざい）の軍籍（ぐんせき）停止（ていし）。

　軍属（ぐんぞく）として、日本国防軍大学校嘱託（しょくたく）職員（しょくいん）になってもらった。

　そうでもしないと、地元（じもと）の教育者（きょういくしゃ）が喚（わめ）き出（だ）しかねない。

　教育文化省は少年兵を黙認（もくにん）しているというのに、早（はや）く気（き）づいて欲（ほ）しいよ」

「……」

「国防軍省統合（とうごう）幕僚（ばくりょう）部（ぶ）は『少年兵灰色（グレイ）卵（エッグ）の戦列復帰を祝（しゅく）して、前祝（まえいわい）の乾杯（かんぱい）』をしている。

　馬鹿（ばか）馬鹿しい。

　少年兵ではなく、『八ツ零空軍大尉』だというのに」

「灰色（グレイ）卵（エッグ）」は陸軍の隠語（いんご）。彼等も一条　白黒有栖を欲（ほっ）したが、空軍に先（さき）を越（こ）された。だから、魔具害の後遺症（こういしょう）の灰色（はいいろ）の毛髪（もうはつ）と手を蔑んでいる。

「借（か）り上（あ）げ空軍（くうぐん）基地（きち）のアンテナを使（つか）い、より高度（こうど）な軍事（ぐんじ）教育（きょういく）を行えるよう、連絡係として配置（はいち）される」

「魔習いの家（いえ）運用（うんよう）最適化（さいてきか）ですね」

「アンビシオンが無理（むり）矢理（やり）ねじこんで来た、浮島（うきじま）　終（えんど）世界（せかい）は見捨（みす）てても構（かま）わない。

　戦時（せんじ）ストレス症（しょう）患者の宮村（みやむら）　婚姻（こんいん）花（ブルーメ）を使えるようにしてくれ。

　空軍は少年兵の予備（よび）が欲（ほ）しい。

　そして、大尉の監視（かんし）をくれぐれも頼（たの）むぞ」

「全員（ぜんいん）、使い物（もの）になるように……は無理ですね。

　子どもたちは冬休（ふゆやす）み明（あ）け、学校に戻（もど）ります。

　では、南（みなみ）硝海道（しょうかいどう）へ行（い）ってまいります」

　自分にはもう、どうすることも出来ない。

　監視役（かんしやく）として、気（き）を引（ひ）き締（し）めなければ。