4話 南硝海道と北硝海道

 キラリと天空てんくうひかった。

 小学生しょうがくせいまわっている。

 とおくのだれかの魔具まぐ太陽光たいようこう乱反射らんはんしゃ

 まぶしい。


 脂水やにみず上空じょうくうんでいると、おんなたちが男子だんし距離きょりいて、こっちにかって跳んでいるのがえる。

 作業服さぎょうふくのフードをふかかぶる。あまり、からまれたくない。


 裸眼らがんで目をらしていたけれど、安全あんぜん眼鏡めがねをかけなおす。

 魔習まならいのいえから支給しきゅうされた、左耳ひだりみみっかけていた魔習いよう無線むせん通信つうしん装置そうちkokoniココニ」に、通信が自動じどうはいる。

 <四年男子なら、五年女子じょし場所ばしょゆずりなさいよ!

 ったく、どこのりょうよ!>

「あの~」

 <今度こんどなにー!>

 自分じぶん真横まよこもうスピードで跳んでいこうとする女の子にはなしかける。

 あっ、何か大変たいへんそうだな。やっぱり、大規模だいきぼ寮に所属しょぞくすると、【ウミック】破壊はかい縄張なわばあらそい、あるんだ。

「このへん空域くういきって、ありますか?」

 <みんなあさ七時からびっぱなしよ。わたしは十時には同寮生どうりょうせい交代こうたい予定よてい

 本当ほんとうに、どこから跳んできたの?>

飾見坂かざりみざかからです」

 <わたしたちみんな湿々じじよ。ここは、脂水やにみず飾戸かざりどからなら、かえしなさい!>

 上空じょうくうでもバッチバチ。

 どうやら、陸軍りくぐん鉄道てつどう列車れっしゃにくっついて来る【ウミック】を破壊するのにむらがっているらしい。

「じゃあ、失礼しつれいします」

 <ちなさい!どうせ、すすむつもりなんでしょう。

 そっちは脂水やにみず方面ほうめん

 かろうじて陸軍鉄道路線上ろせんじょう安全あんぜんだけど、無理むりしないで。

 わたし、十歳ととせ湿々じじ寮所属の五重虹ごじゅうにじ にしき

 ご・あんぜん・に!>

 バシッ、バシッと作業服しに背中せなかを二度たたかれた。いろいろ、寮によっておくかたちがうのかな。

「わたし、一条いちじょう 白黒ものくろ有栖ありす。そちらも、ご安全にー」

 無線をぬずきしていた女の子たちがざわついている。

 そうだよね。

 作業服のフードですっぽり灰色はいいろかみは見えない。でも、名前を聞けば、魔具害まぐがい患者かんじゃかどうかわかっちゃうもんね。


 飾戸かざりど市。

 岸野きしの市。

 脂水やにみず市。

 その先は、十歳ととせ市、割鏡わりかがみ市、鈴湾すずわん市。

 鉄道路線をたよりに、安全な空域を跳びつづける。

 岸野市からは陸軍鉄道路線なので、低空ていくうではなく、よりたか高度こうど維持いじして跳ばなければならない。陸軍の干渉かんしょう面倒めんどうだもの。

 そういうことは一年半前の敷星しきぼしからの極秘ごくひ作戦さくせん参加さんかにいろいろ空軍の跳躍兵ちょうやくへいから跳び続けるコツをおしえてもらった。

 でも、ちょっとおどろいたな。

 十歳ととせ市の湿々じじの魔習いの家の子たちが十歳市上空をはずして、脂水やにみず市を跳んでいるなんて。何で、【ウミック】がよりすくない飾戸かざりど方面に向かって、跳ぶんだろう。わたしがもし、湿々の魔習いの家所属だったら、絶対ぜったい割鏡わりかがみ市や鈴湾すずわん市まで跳んじゃうんだけどな。

 まあ、初日しょにちだから、「準備じゅんび運動うんどう程度ていどおさえているのか。


 2023年から2024年の間の第三次世界せかい大戦たいせんで、しん軍事ぐんじ兵器へいき使用しようされた。

 かく兵器攻撃こうげきおびえていた世界市民にとって、すべてが寝耳ねみみみずだった。

 正体しょうたい不明ふめい

 それが何か比較ひかく定義ていぎも出来ない、未確認みかくにん疑似ぎじ生物せいぶつ兵器【ウミック】。

 北緯ほくい41度線なんて、地図上ちずじょうの話。実際じっさい津軽つがる海峡かいきょうには、そんな線なんて見当みあたらない。


 最初さいしょうみから異変いへんがやって来た。

 だいたい津軽海峡上の北緯41度線以北いほく(の北半球きたはんきゅう全域ぜんいき硝海しょうかいにのまれた。

 北海道ほっかいどうかたちうしなわれ、海面上かいめんじょう硝子ガラス素材そざいのようになってなみえ、「氷河期ひょうがき」が到来とうらいしたとおもわれた。

 海上かいじょう保安庁ほあんちょう巡視船じゅんしせんも、海上自衛隊じえいたい艦船かんせんも、漁船ぎょせんも、フェリーも駄目だめ

 流氷りゅうひょう観光かんこう有名ゆうめい砕氷さいひょうせんも、硝子の分厚ぶあつい海面をくだくことは出来なかった。


 第一段階だんかいの海の異変。

 第二段階は、りくの異変。

 日本にほんでは、北海道ほっかいどう内陸部ないりくぶまで湿地しっち浸食しんしょくけた。

 うみかたまるのに、陸ではぎゃく地面じめん脆弱ぜいじゃくになっていく。

 陸と海の反転はんてん

 道東どうとう根室ねむろこう釧路くしろ港から段々だんだん湿地しっちにのまれていった。

 人々はみなみへ南へ避難ひなん

 2025年には、日高ひだか山脈さんみゃくまでのきた北海道ほっかいどう全域が浸食しんしょく

 現在げんざいは、きゅう日高・旧胆振いぶり・旧石狩いしかり・旧後志しりべし・旧檜山ひやま・旧渡島おしま管内かんないの旧みなみ北海道を「みなみ硝海道しょうかいどう」として、陸の異変を「霧香きりかかべ」でめている。

 現在はさらに、飾戸市、岸野市、脂水市、十歳市、割鏡市、鈴湾市および陸軍鉄道をまもるための旧国道こくどう36号線にだいたい沿うように「なみだかべ」が敷設ふせつされている。



 また、左耳に雑音ざつおんが入りはじめる。

 男子小学生が年齢ねんれいわず、列車からげるように鉄道路線上の空域を緊急きんきゅう離脱りだつしていく。

【ウミック】から逃げているのだろうか。

 <こちら、陸軍鉄道霧香線きりかせん岸野きしの方面走行そうこうちゅう。【ウミック】と接敵せってき中。

 至急しきゅう応援おうえん要請ようせい。応援要請>


 鈴湾すずわん岸野きしのかんの陸軍鉄道。

 鈴湾市は貿易港ぼうえきこう軍港ぐんこうがあって、魔油まゆ精製所せいせいじょがある。

 2023年から硝海しょうかいおおわれていた南北海道のみなとだけは、何とか復興ふっこう開港かいこう政策せいさくもともどった。

 それに、より頑丈がんじょう要塞化ようさいかも進んだ。


 鈴湾方面ではなく、岸野方面となると。はたっぷりの「魔油」の可能性かのうせい

 走行車両には「魔気まき厳禁げんきん」の漢字かんじ文字もじ

 あららららー。

 また、「はし脂水やにみずせん起爆剤きばくざい」だ。

 年末年始ねんまつねんし特別とくべつ警戒下けいかいかのはず。

 空軍くうぐん跳躍兵ちょうやくへい輸送ゆそう護衛ごえいいなら、陸軍の跳躍兵を導入どうにゅうすべきだけど。




すべ硝子ガラスくだためにあらんことを!」




 わたしのこえ呼応こおうして、上空じょうくう跳躍でっていたはずの漁火いさりびりゅう魔具【九連くれん黒燈こくとう】がほのかにあつくなっていく。


【ヒュイヒュイヒュイーン】

【ウミック】がいた。


偽熱ぎねつ!」

 言葉ことばどおりに、漁火流の魔具の先から偽熱がきあがって、はなたれた。

 シュッ、シュッ、シュッ……。


 列車にしがみつく【ウミック】にあたり、列車からはがれて、線路上にころがりちる。

 でも、触肢ショクシがビクビクひきつってうごいているから、稼働かどう停止ていしはしていない。

 動物どうぶつあし歩行ほこうするように、器用きようにいくつもの触肢ショクシ使つかって、たおれたままだった全体ぜんたいおこした。

 しかし、魔術のようにすぐに消失しょうしつせず、偽熱は時間じかんをかけてゆっくり【ウミック】をまどわしながらえていく。


「これ以上【ウミック】にはりつかれないように、減速げんそく徐行じょこうせずに岸野方面へ進行しんこうてください」

 <ありがとうございます!>

 ありがとうございます?

 列車からぎわに、なんでか、おれいを言われた。

 普通ふつう民間人みんかんじん、しかも子どもに支援しえんなんてしてもらっても、うれしくないだろうに。


 貨物かもつ車両しゃりょう牽引けんいんする一両目。その運転室うんてんしつのフロントと側面そくめんは、「陸軍冬期とうき実習生じっしゅうせい演習えんしゅう中」とある。

 飾戸かざりど大未来だいみらい大学生だいがくせいかな。

 教官きょうかんの陸軍兵はうずくまっていた。おそらく、【ウミック】がもっと得意とくいとする攻撃、雷撃らいげき気絶きぜつしたんだろう。


 雷撃で、こんどは路線ろせんにダメージがあったら、洒落しゃれにならない。

 対人たいじんなら、すぐえはきく。

 でも、物資ぶっしがまあまあ不足ふそくしている情勢じょうせい。しかも、地方ちほう

 対物たいぶつ攻撃は抑えなくちゃならない。




またたかがやきをむしば

 手折たおれるひかりはら

 ただくろ

 ただくろともれ」


 ジュッ。

 魔具から黒いおおきな魔術が単発たんぱつはっせられた。


 光をはなつことも雷撃を出すことも出来ずにただただ、うごめく。

 ただう。

 その姿すがた青色あおいろ透明とうめいの大きなゼリーからえたイカゲソのようだ。

 黒い球体きゅうたいが輝くゼリーと輝くイカゲソを一瞬いっしゅんにして蝕んだ。


 安全に線路外へさそい出し、大型【ウミック】を破壊はかいした。


 それにしても。

 こんな大型の【ウミック】がどうして、南硝海道と北硝海道の境目さかいめの「霧香の壁」や「涙の壁」を越境えっきょう出来たんだろう。


 <こちら、日本空軍北部方面部ほくぶほうめんぶ通信つうしん司令しれいです。

 貴方あなた脂水やにみず市内しない空域くういきがい厭鈴えんりん大湿原だいしつげん方面ほうめん進行しんこう中です。

 WACワック女性じょせい陸軍兵)ですか?

 演習中のWAFワッフ(女性空軍兵)でしょうか?

 所属はどちらですか?>

 <日本軍識別しきべつ番号ばんごう照会しょうかいします。番号を開示かいじしなさい>

「こちらの所属は、冬期魔習いの家飾戸ノ大蕗おおぶき寮の一条 白黒有栖です」

 <……魔習いの家は管轄外かんかつがいで照会に時間じかんがかかりますので、そのままおちください>

 <冬期実習生にわりまして、日本空軍北部方面部通信司令部の五重虹です>

「陸軍鉄道路線上で列車を襲撃しゅうげき中の【ウミック】を破壊。その流れで、ここまでんで来ました。

 識別番号は、たし富士ふじ軍病院ぐんびょういんでもらったのがきてるとおもいます。

 ヨンハチキュウハチヒトヨンロクナナサンヒト〇〇〇〇〇〇〇〇マルマルマルマルマルマルマルマル

 末番にマル八つです。

 四五八九ノ八ト一二ノ四六七二二三一ノ〇〇〇〇〇〇〇〇。

 末番に〇八つです」


 <監視かんし灯台とうだいは?>

 言葉にするのも、どうかと思う光景こうけいがあった。

遠目とおめで見ても、『涙の壁』の一部いちぶ、ズレ・ゆがみがあります。

 問題もんだいのある壁付近ふきんで、疑似ぎじ硝子ガラスした、人らしき疑似ぎじ停止ていしたい目視もくし確認かくにんしました」


 <……ザザー……第十一霧香きりか灯台より、『涙の壁』破損はそん報告ほうこくが入りました。航空こうくう支援しえん要請ようせいにはおうじられません>

「その工事こうじって、どのくらいですか?」

 <一部撤去てっきょ応急おうきゅう処置しょちで、六時間を見こんでいます>

「じゃあ、そこの灯台のトイレ休憩きゅうけい二回でいです。

 いまから、行って来ても良いですか?」



 了解りょうかいがもらえたので、最寄もよりの霧香灯台トイレに駆けこんだ。

 トイレをませて、通信装置をONオンにする。

「おつかさまです。

 トイレ、ありがとうございました。

 大事だいじとりでなのに、無人むじんなんですね」

 <すまない。おそらく、灯台兵とうだいへいたちは灯台周囲しゅうい哨戒しょうかい活動かつどう中だ>

 でも、一人もいないなんておかしいな。

 逃げたのかな?そして、固まっちゃって、疑似停止体になっちゃったのかな。

「年末年始警戒下で、どこも大変ですよ」

 <……十歳市の襲撃で>

 <五重虹少佐しょうさ!>

 <良いんだ。

 十歳市襲撃で、全部隊を航空支援に使ってしまっているんだ。

 冬期魔習い開きに影響えいきょうが出るとして、情報統制じょうほうとうせいかくされた>

「クリスマスケーキのイチゴで有名ゆうめいですもんね」

 <何とか、本州ほんしゅう向けのイチゴは死守したが>

「そんなことより、『涙の壁』で気をつけること、ありますか?」

 <君はイチゴがきらいなのか?>

「さあ、どうでしょう。

 なまのイチゴが食べれるのって、軍人ぐんじん家庭かていだけですよ。

 それじゃあ、失礼します」


 上級じょうきゅう魔油は全くっていない。

 たたかえ。

 戦え。

 そう、鼓舞こぶされているみたいに、魔具は熱をびたまま冷え切らない。


 嗚呼、とおくからでもはっきり見える。

 小さなみずうみこうがわ、「涙の壁」。

 そのさきは、濃霧のうむで何も見えない。


【【【【……イーン……イーン……】】】】


 そして、聞こえた。

【ウミック】どもが啼いている。

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