14話 わたしを許さない人(中編)

 りくなん時間じかんぶりだろう。

 ……えーっと、昨日きのうよる9時頃から跳躍ちょうやくちゅうだったから。十、十一、〇、一、二、三。六時間もんでいたんだ。

 跳ぶのにつかれていたけれど、新欧州連合ネオユーロ残党ざんとうかかわりたくなくて、跳躍しながらかみ区の大蕗おおぶきりょうもどった。

飾戸かざりど空爆くうばく」なんて、おおきなイメージがあるけれど。

 わたしはとくにケガもしていないし、【ラダー】のただし山嶽さんがくさかさ山嶽さんがくとの融合ゆうごう異常いじょうし。

 なんだか、普段ふだん魔習まなら活動かつどうわりが無かったというか。

 もう、ジャンプだいにも、玄関げんかんドアまえにも、先谷さきたに あんすぺーど先生せんせいふんする灯台とうだい ルチアはっていない。


 ガスマスクと跳躍ちょうやくふくたブルーメがお出迎でむかえ。すでに、ガスマスクのゴーグル部分ぶぶんはいすす付着ふちゃく

「おかえり。

 日本にほん国防こくぼうぐんがね。

 飾戸空爆を指揮しきした新欧州連合ねおゆーろ工作員こうさくいん拘束こうそくしたって」

 外壁がいへきいたまないように、アンテナやりょう外壁がいへき防塵ぼうじんパネルを設置せっちしている。骨組ほねぐ部分ぶぶんに、パネルを次々つぎつぎっかけていく。

 アンテナを使つかった通信つうしん涙堂るいどう先生がいないと、無理むりだ。室田むろたさんもブルーメと手分てわけしておな作業さぎょうをしている。そのには、対人たいじん機関銃きかんじゅう背負せおっている。

 退役たいえき軍人ぐんじんなのに、どこから装備そうびち出したんだか……。っこまないでおこう。


 玄関をけると。階下かいかからみずながれるおとがする。

水道すいどう断水だんすいしてないね。

 シャワー、びるよ!」と二階にいるはずのエンドにこえかけをしてから、一階でシャワーを浴びる。

 石鹸せっけんのような【ウミック】しゅうとはちがう。火事かじにおいがかみにしみついていた。

 それでも、あついシャワーを浴びてサッパリした。


 浴室よくしつそとから、物音ものおとがたくさんしはじめる。ひとがたくさんきかっている足音あしおと

 脱衣だついスペースで手早てばやく、ねんのためにあたらしい跳躍服をこむ。

 コンコン。

 かる洗面所せんめんじょのドアをノックされた。

「先谷 闇剣に扮していた工作員の私物しぶつ押収おうしゅうまいりました。洗面所も確認かくにんさせていただきます。

 失礼しつれいします」

 ドカドカ男女だんじょ関係かんけいく、かみおんながいようが、かまわず、洗面所がらされていく。


貴方あなたはシャワー浴びてて。わたしが応対おうたいする」とエンドが心配しんぱいしてりて来る。そのうしろで、そと作業さぎょうえたブルーメがルナの部屋へや小走こばしりにかう。

「もう、シャワー浴びわった」

「ルナは一度意識いしきもどしたとき、『粗悪そあく【ウミック】の汚染おせん中和ちゅうわ午前中ごぜんちゅうに終わる』ってってた」とエンドはわたしの耳元みみもと本当ほんとうちいさくささやいた。

 灯台 ルチアの調査ちょうさに来た連中れんちゅうかせたくなかったんだろう。


 ドカドカ洗面所へはしって来るおとこひと

さきほどは、工作員拘束に協力きょうりょくしたいただきありがとうございました。

 自分じぶん内閣ないかくじゅん軍事ぐんじ行動こうどう監視かんしきょく本部ほんぶ特別とくべつ機動きどうたい第十六しょう隊の隊長たいちょうつとめます、くしだいら わたるです。

 さきほど拘束現場げんばからげられましたが、尋問じんもん協力ください」

 なんだ?

 この配慮はいりょの無い、監視局いんは?


「だから、さっきも言いました。無関係むかんけいですから。

 飛行ひこう禁止きんし区域くいき侵入しんにゅうするもの排除はいじょ仕事しごとだったんです。

 わたしは拘束に関与かんよしていません。

 だって、わたしは戦争の始末しまつをしただけです。

 貴方たちは戦争の始末が出来るんですか?」


 納得なっとくいかないのか、わたしの目線めせんわせるようなおおきな身体からだをかがめて、わたしのりょうかたつよくつかんで、さぶる。

共闘きょうとうしたじゃ無いですか!」


 そこへべつの監視局員がすかさず、釧平と名乗なのった男のあたまをグイッとゆかたるまでさえつけて、ペコペコあやまはじめる。

「いいえ!我々われわれはあくまで、戦争にいたるまでの準軍事行動を監視・阻止そしするための監視局です。

 共闘など、ありえません。

 大変たいへん失礼しつれいしました」


「あっ、って!」

ちち様子ようすくので、わたしは失礼します」

 そう。

 わたしには用事ようじがあるのだ。

 こんなへんやつにかまっていられない。


きみのおとうさん、一条いちじょう先生だろ?一条先生は、中央ちゅうおう地下ちか病院びょういんだ。

 おかあさんが君のいもうとんだって。

 病院までれてってあげるよ。

 それくらいのおれいをさせてしい!」


「わたしには、母も妹もいません」


「……君、空爆のショックでおかしくなっちゃったのか?

 君が一条いちじょう 白黒ものくろ有栖ありすちゃんだろ」

「いえ、この子は一条 白黒有栖じゃありません。

 尋問や工作員の調査ちょうさに関係ありませんよね?

 わたしはね、忙しいんですよ。

 さあ、戸締とじまりするから、もう出て行ってくださいよ」

 室田さんが機関銃を洗面所でかまえた。

 グイグイ。

 機関銃の銃口じゅうこうが釧平のうなじにどんどんいこんでいく。

 途端とたんに、監視局員は慌てて、押収した私物をかかえて、大蕗寮がいへ出て行く。

 室田さんは最後さいごに出て行く釧平のうなじに、まだ銃口を当てている。室田さん、本当におこっていらっしゃる。


 大蕗寮の正面玄関がピシャリとまって、エンドが内側うちがわから施錠せじょうするおとがした。


 装甲車そうこうしゃのエンジンをかけて、運転席うんてんせきすわる室田さんのには機関銃ではなく、今度こんど拳銃けんじゅうにぎられている。

 わたしたちを大蕗寮からしたくない、監視局の人たちと車を運転し始めた室田さんがにらっている。

 装甲車はゆっくり発進はっしんし出す。でも、まえには監視局の車両しゃりょうが……。

 ぶつかる!ぶつかる!


「さてと。灰がもる前に、装甲車を空軍くうぐん基地きちかえしに行くよ。

 正午しょうごまでには、新しいバンクカウンセラーが来てくれる。

 それまで、エンドちゃんとブルーメちゃんで大蕗寮をまもってくれる。心配しんぱいいらないよ」

 装甲車が加速かそくして、監視局の車両があわてて、道路どうろわき退しりぞく。

「さあ、おおじょうちゃん。

 こころ準備じゅんびは?

 書類しょるい全部ぜんぶそろっているよ」

「はい。よろしくおおねがいします」


 住宅街じゅうたくがい道路どうろいでいた監視局の車両は一時的に装甲車をけたけど、わたしたちを追尾ついびしようとうごき始めた。

 それらにたいして、根気こんきくクラクションをらし続ける室田さん。

 監視局は目立めだちたくないのだろう。べつルートで退散たいさんしていった。


 車は飾見かざりみざかくだって、職人しょくにん坂のほうへは行かない。

 路面電車ろめんでんしゃ並走へいそうする。

 いつもなら、「つぎ停留所ていりゅうじょは『大鏡おおかがみざか』」とアナウンスがはいっているだろうけれど。これは清掃せいそう電車で、乗客じょうきゃくは無し。

 たい【ウミック】清掃電車が路面電車の線路せんろじょうにたまった【ウミック】残骸ざんがい回収かいしゅう吸収きゅうしゅうしていく。

 中央区・上区内でかえ運転うんてんをしているのだろう。

 爆弾ばくだんによる火災かさい影響えいきょうがない地域ちいきだから。

 三時間後には、もう始発しはつ電車がうごき出すだろうな。



 わたしは、ずっといたかった人に会いに行き、お願いをする。

 五重虹ごじゅうにじ中佐ちゅうさでも。

 桑原くわばら大佐たいさでも無い。

 わたしが一年半、会えなかった人。

 ずっとゆめなかで、あの人のこえを聞いていた。

 そのために、いやなこともやりたくないことも全部ぜんぶ、全部げずにやった。

 わたしがたたかって来たのは、また会いたい人に会うため。

 本当にそれだけのために、わたしはわたしを英雄譚えいゆうたん着飾きかざるしか無かった。

 冬期とうき魔習い初日しょにちの【ウミック】最多さいた破壊はかいすう最高さいこう記録きろく挑戦ちょうせんもした。

 あの、イギリスで「もの」として有名ゆうめいだった、仮宮村姉妹を日本残留ざんりゅう孤児こじとして保護ほごした。里親さとおやともき合わせた。

 空爆から守るべき区域を守った。

 全部、全部、あの人のせいにして、わたしはここまで来た。

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