SS 風の通り道

 だいぼう芽生めばえ防空ぼうくう団地群だんちぐんがい六十六ろくじゅうろく丁目ちょうめ防空ぼうくうマンション風車かざぐるまとう一〇一五号室ごうしつ

 おとうさんとおかあさんとわたしが三人のいえから、りょうまでは徒歩とほ地下鉄ちかてつ路面電車ろめんでんしゃで一時間前後ぜんご雪道ゆきみちだから、時間じかんめない。

 暴風ぼうふうけの三重さんじゅうとびら人感じんかんセンサーはついていない。学校がっこうおなじで人力じんりき、人力、人力……あれ?ひらかない。

 一番そとの扉には昨日きのうよるからきつけてそだった板状の雪スノーパネルにまみれていた。建築けんちく資材しざい断熱だんねつパネルのようで、透明とうめい分厚ぶあつ硝子ガラス扉がさらに分厚くなっている。引き戸にベッタリ。

 お父さんたち早番はやばん通勤者つうきんしゃ地下ちか駐車場ちゅうしゃじょう連絡れんらく通路つうろとおって立体りったい駐車場からたんだ。

 ゴツン、ゴツン、ゴツン。

 外からヘラで板状の雪スノーパネルをかちっていく管理人かんりにん室田むろたさんとった。

「おはよう、有栖ありすちゃん。冬期とうき魔習まならい、頑張がんばってね。

 いってらっしゃい!」

「室田さん、おはようございます。ってます」

 挨拶あいさつをかわしているあいだも、まぐれなふゆつめたいかぜ高層こうそう建物たてものの間をとおけていくおと

 ビュービュービュー。

 ついつい、大声おおごえで会話しちゃう。それをさらに邪魔じゃまする風。



 車道しゃどうはスケートリンクみたいにツルツルで、くるまはノロノロ。

 片道かたみち二車線にしゃせん道路どうろ大雪おおゆきで、片道一車線に減線げんせん除排雪じょはいせつおくれが深刻しんこくになれば、大型おおがたトラックやバスは往生おうじょう間違まちがし。普通ふつうしゃでも、片側かたがわ交互こうご通行つうこうになるだろうな……。


 ググッと車輪しゃりんうごすと、トラックにもった粉雪こなゆきがサササーッとたからかにがる。


 屋外おくがい駐車ちゅうしゃの車はかまくらを屋根やねせて動き出す。発車はっしゃまえに、きちんと屋根の雪落ゆきおとしをしない。発進はっしん停止ていしでズサッ、ドボッと雪の一部いちぶ雪崩なだれおこす。

 全部ぜんぶ車道しゃどうちていくんだろうな……。



 歩道ほどう多分たぶん、歩道)はふっかふか。

 大人おとなあるいたあと雪道ゆきみち大股おおまた靴跡くつあとだらけ。子どものあしじゃ、大股の歩幅ほはばあいだの、だれまなかった雪をおもいっきり踏まなくちゃならない。



 スーツケースをきずりながら、なんとか飾戸かざりど市営しえい地下鉄ちかてつ瞬風しゅんぷうせん風車かざぐるまえき九番出口でぐちからもぐりこむ。

 ビュオオオオービュオオオオー。瞬懸またたきがけきか翼見つばさみ行きの、どちらかが発車したときのつめたい風圧ふうあつ


 電車でんしゃったら乗ったで、くさい。

 今度こんど温風おんぷうで、あせった帽子ぼうしやマフラー、手袋たぶくろから、モワ~ッと防寒具ぼうかんぐ体臭たいしゅう柔軟剤じゅうなんざいざったにおいがただよう。


 飾待かざりまち公園こうえん駅から雷戸らいと一丁目いっちょうめ停留所ていりゅうじょ路面電車ろめんでんしゃえ。

 今度は熱風ねっぷう地獄じごく満員まんいんおしくらまんじゅう。

 スーツケースがあるので、手すりにつかまりながら立っている。

 あっ、床板ゆかいた木製もくせいだ。マジか。二十世紀せいきの路面電車じゃん。増便ぞうびんで、臨時りんじ運行うんこうしてるのかな。


 私立しりつ女子校じょしこう通学路つうがくろ有名ゆうめいな「乙女おとめざか」。

 高級こうきゅう住宅街じゅうたくがいの「きゅう領事りょうじざか」。

 神社じんじゃ仏閣ぶっかく教会きょうかいおおい「礼拝れいはいざか」。

薬局やっきょくざか」。

職人しょくにんざか」。

 それから、やっと、目的地もくてきち最寄もよりの飾見かざりみざか停留所で降車こうしゃする。


 飾見坂よりさきの停留所には「大鏡おおかがみ坂」「霊園れいえんざか」がある。

 戦没者せんぼつしゃ慰霊いれい平和へいわ祈念きねん公園こうえん雷遠えんらい霊園、静闇せいあん霊園へつづいている。


 ヒュンヒュン。

 みじかくてもつよい風がほほをかすめていく。

【ウミック】だ。

 飴玉あめだまよりもちいさなサイズは後追あとおいしない。

 ベチョッ。

 山風やまかぜに乗ってりて来た超小型ちょうこがた【ウミック】がわたしの左頬ひだりほほ衝突しょうとつし、自壊じかいした……。

 ティッシュでかおのこる【ウミック】の残骸ざんがいをぬぐい、停留所そばの【ウミック】回収かいしゅうステーションにてる。


 りょうかって勾配こうばいのある歩道をのぼり始める。

 ここはまだ、飾見坂十六丁目。

 十二丁分も坂登り。

 ティッシュはおおめにっている。

 さて、さらに何体なんたいがわたしの顔面がんめんで自壊するだろうか。

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