12月22日

2話 罪と罰

 真夏まなつなのにさむぎる。

 厚手あつで作業服さぎょうふくているし、手袋てぶくろもしている。


 脂水やにみず上空じょうくうだとわかるのはもうなにい。

 粉塵ふんじんのような雲間くもまから、えぐれた大地だいち目視もくし

 市内しない縦断じゅうだんするはずの霧香きりかせんは……。

 ピストン輸送ゆそうっていた避難ひなん列車れっしゃも、線路せんろも、っていた避難民ひなんみんも、彼等かれら護送ごそうしていた陸軍りくぐんへいも。

 すべてがめくれあがって、くいのように、あるいは氷柱つららのように垂直すいちょくちあがっていた。

 でも、地獄じごく絵図えずにおいさえしない。


 夏期かき魔習まならちゅう学生がくせい一人を投入とうにゅうした極秘ごくひ作戦さくせんおもてき、哨戒しょうかい飛行ひこう演習えんしゅう

 脂水やにみず侵攻しんこうおこなった大型おおがた未確認みかくにん疑似ぎじ生物せいぶつ兵器へいき【ウミック】の索敵さくてき中。

 両耳りょうみみ防寒ぼうかん遮風しゃふう無線むせん装置そうちからげきんでいる。

 わたしのちの魔具まぐはたった一つだけ。ポケットにいっぱいあった携帯用けいたいよう魔油まゆそこきそう。


 <大戦たいせんはじめさせるな!>

「魔油の空中くうちゅう給油きゅうゆいません!」

 <……高度こうどげんな!>

 位置情報いちじょうほうでバレている。

い、無い、無い」

 えてかじかんだ指先ゆびさきで、なんとか、作業服のポケットをさぐる。

 予備よびの携帯用下級かきゅう魔油が無い。


【ウミック】の攻撃こうげきれず、作業服の上着うわぎげて、地上ちじょうちていく。

 外気げいきしになった素肌すはだと、修復しゅうふくフィルムと、骨盤こつばんかろうじてっかかってるだけのズボン。

 高度が下がっていく。

 魔油れのまま、安全あんぜん装置もはたらかずに落下らっかするだけ。


 がついたら、大型おおがた【ウミック】のうえだった。

 嗚呼ああわない。

 衝突しょうとつする。

 ちがう。


【ウミック】本体ほんたいじゃない。

 何だ。

 オーロラいろかがや触手しょくしゅのような何かがうずいて行く。

 動物どうぶつのようにかおは無い。

 植物しょくぶつのようにじっとしていない。

 粘菌ねんきんのようにちいさくない。

 意思いしつゼリー。

 れた瞬間しゅんかん全身ぜんしんいかずちはしった。





 また、わる

 毎日まいにち、わたしは非公式ひこうしき戦争せんそう現場げんばだった、脂水やにみず戦線せんせんたたかう夢をている。

 インシデントの夢なんて一度も見ない。

 だから、ぐん病院びょういんからもらっていたおくすりまなくても、カウンセリングだけで大丈夫だいじょうぶってことにはなっている。


 2032年12月22日05時17分。


 昨日きのうの15時00分に、日本にほん各地かくち校長こうちょう先生せんせい冬期とうき魔習いびら宣言せんげんをした。

 かえりのかい学級がっきゅう活動かつどう)中に、くにから(担任たんにんの先生経由けいゆで)「魔習いがみ」をけ取った。


 魔術まじゅつ勉強べんきょうなんかしない。

 わたしたちはただ【ウミック】と戦う。


「学校のなやみ・おうちの悩み・おともだちの悩みは一人で悩まずに、まわりのだれかに相談そうだんしよう」って悩み相談のポスター。防空ぼうくうマンションの玄関げんかん通学路つうがくろ、学校のかべってある。

 そういうのを見るだけで、わたしはきずついた。


 誰にもえない。

 魔具まぐがい患者かんじゃになるまえからそうだった。

 でも、誰も、わたしに、「もう、戦わなくていよ」って言ってくれない。

 世界せかい大戦たいせんは八年前にわってるはずなのに。

 一回目と二回目の世界大戦はらないけど、三回目のは一年間しかつづかなかったから、何となく、記憶きおくにある。

 わたし、二歳だった。

 日本国憲法けんぽうでも戦わなくて良いって約束やくそくがあるのに。


 でも、一年半前、わたしは極秘作戦に強制きょうせい参加さんかになった。

 でも、わたしはそれをりょうのメンバーにも、お父さんお母さんにも内緒ないしょにしなくちゃいけなかった。

 でも、イジメられた。

 でも、わたしは魔具害患者としてリハビリにいた。

 でも、わたしは大芽生おおめぶき小学校しょうがっこうかよってる。

 でも、昨日だって、たい【ウミック】実戦じっせん演習えんしゅう入門にゅうもんでボロボロになった。


 大小だいしょうにとらわれてはならない。

【ウミック】にれれば、わかること。

 その雷のいたみよりもはやくわかること。


 一年半前の巨大きょだい【ウミック】の一部も。

 昨日の小型こがた【ウミック】も。

 おなじ。

 いたい。


 にたくない。

 戦いたくない。

 こわい。

 きたない。

 つらい。

 くるしい。

 友だちとあそべなくても良い。だって、友だちはいないもん。

 げたら、つかまっちゃうのかな。

 このあいだ敷星しきぼし警察けいさつひと、怖かった。


 まだ夜明よあまえ

 くら部屋へやのベッドで一人でゴロゴロしながら、へんなことをずっとかんがえていた。

 考えてただけなのに、なみだがちょっとだけこぼれた。

 はなおくもツーンとした。

 でも、わたし、自分がかわいそうだからいちゃったのかな……。

 そういうのも、全部ぜんぶ、全部、いや


 魔習いの家へきたくない。

 でも、わたしだけやすんじゃったら、どうなるんだろう。



 かゆい。

 きむしりたい。

 やっぱり、になる。


 部屋の照明しょうめいをつけて、パジャマの上着うわぎぐ。

 姿見すがたみの前に立つ。

 シャワーのあとに巻きつけた、アレ。

修復しゅうふくフィルム」のシングルロールでグルグルにおおわれたむね脇腹わきばら背中せなか

 昨日の演習入門でケガした。

 でも、わたしのケガは重篤じゅうとくじゃないから先進せんしん医療いりょう優先ゆうせんひくいと評価ひょうかされて、学校支給しきゅう飛鳥あすか社製しゃせい修復フィルムを巻かれた。

 昨日のお風呂ふろはいる前にがしたけど。つよ過ぎて、ただれちゃった。る前に自分用じぶんようのかぐや社製フィルムを巻きなおしたけど。

 やっぱり、ただれたところを掻きむしりたくなる。

 修復フィルム50Mメートル18ロールで、六百円。

 りょうにはスーツケース(七はく用)一個だけの持ちこみ。スーツケースの左半分ひだりはんぶんは修復フィルムでまっちゃった。


 小学五年生の女の子なのに、戦わなくちゃいけないの?


 わたしはそうおもつみ背負せおう。

 だから。

 わたしはかんがえるのをやめるばつける。



 06時20分。

 あさはやい魔具職人しょくにんのおとうさんはあと十分で、魔具工房こうぼう出勤しゅっきんしてしまう。

 仕事しごとおさめは二十九日。年末年始ねんまつねんしあいだはおやすみ。

「おはよう、アリスちゃん」

「アリスちゃん、おはよう。いよいよだな」

「おはよ……」

 わたしは無意識むいしきのうちに背中せなかをガリガリ掻きむしっていたを、める。


「寮の子はやかたの子とちがって、冬休ふゆやすみのわりまで寄宿きしゅく生活せいかつだもんね。

 せっかくだから、家族かぞく写真しゃしんりましょう」

 お正月しょうがつ一緒いっしょごせない。

 おかあさんの言うとおり。

「ちょっとってて!」

 わたしはあわてて部屋へやじこもって、パジャマの上下じょうげを脱いで、作業服をこむ。

 そして、漁火いさりびりゅう九連きゅうれん黒燈こくとう】を手にして、リビングの白いかべまえっているお父さんとお母さんのあいだに入って、立つ。

「じゃあ、撮るぞ」

 お父さんはカメラのリモコンを操作そうさして、パシャシャシャッと連射れんしゃした。

「連射しないで、撮って」とお母さんに注意ちゅういされる、かわいそうなお父さん。

「はい、チーズ」

 パシャッ。

「もう一枚。はい、チーズ」

 パシャッ。


「カメラは片付かたづけるから。

 いってらっしゃい」とお母さんはなかなか工房へ出勤しようとしないお父さんの背中をしてあげる。

「お父さん、あのね、いってらっしゃい」

「行って来る。

 アリスちゃんも。魔習いの家、いってらっしゃい。いおとしを」

「うん。行って来ます。

 お父さんも、良いお年を」


 家族写真、上手うまくいった。

 遺影いえいになっても大丈夫。

 わたし、りの笑顔えがおつくれたから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る