3話 偽暖炉の前ではじめまして

 飾戸かざりどかみ飾見かざりみざか四丁目よんちょうめじゅう十一じゅういち狭間はざま番地ばんち

 深緑ふかみどりいろ三角さんかく屋根やねに。二階にかいての、ちいさなおうち。そのお家をかこむ「大蕗おおぶき」。

 これが「飾戸かざりど大蕗おおぶきりょう」の目印めじるし


 第三次世界せかい大戦たいせんで、空軍くうぐん基地きちとして使つかわれていた。そのときの、軍事ぐんじ通信つうしん装置そうち、らしい。巨大きょだいふきっぱのオブジェにしかえない。

 さらにお家の敷地しきちを囲むへいには空軍借り上げ基地をしめ看板かんばんはずされた形跡けいせき

 いまは「魔習まならいのいえ飾戸ノ大蕗寮」という小さなプレートがりつけられていた。


 屋根とおなじ色のおもくてふる玄関げんかんドアをける。

 かべには、土足どそく厳禁げんきん掲示物けいじぶつ

 長靴ながぐつもしまえる下足箱げそくばこに、古いすのこ。

 訪問者ほうもんしゃようスリッパのたな

 そして……。

管理かんり詰所つめしょ」のプレートのした受付うけつけまど記入台きにゅうだいがあって、訪問者記入ちょうかれていた。


 だれかが詰所ない電話でんわをしている。

「そんな、こまります。

 ……入寮にゅうりょう予定者よていしゃ五人も寄宿きしゅくさき変更へんこうだなんて、対応たいおう出来ません。五人けたあなはどうめるんです?

 ……人員じんいん補充ほじゅうし?

 ……魔具まぐがい患者かんじゃ差別さべつですか?だって、感染かんせんする病気びょうきじゃ無いんですよ。ゴールドシーズンのきんメッキをびたせいで、後遺症こういしょうのこっているだけって大学だいがくでもならいました。

 ……追加ついかによる、人間にんげん関係かんけいギクシャクのほうが駄目だめなんですね。

 四人で頑張がんばらせる方向ほうこう

 ……とにかく、ケアがより必要ひつようになった場合ばあいそなえて、バンクカウンセラーの追加ついかをご検討けんとうください!」

 ……。

 バンクカウンセラーのネームプレートをげた大学生だいがくせいう。

いてた?」

「はい。ご迷惑めいわくをおかけします、一条いちじょう 白黒ものくろ有栖ありすです」

 これ以上いじょう自己紹介じこしょうかいはよろしくない。

 バンクカウンセラーのいかりはおさまらないのに、はなしかけるのも駄目だろう。

「迷惑なのはね。貴方あなたらないのに勝手かってに『病人びょうにんだ』ってめつけるお子様こさまと、そいつそだてる大人様おとなさまよ。

 みんなにせ暖炉だんろまえあたたまってるわ。さあ、って行って」


 すのこにがって、下足箱に冬靴ふゆぐつしこむ。それから、リュックサックから取り出した上靴をなおす。

 すぐに、居間いまかうと、偽暖炉の前のソファーに小学生しょうがくせい三人がすわっていた。


 バンクカウンセラーが皆に向かってはなはじめる。

「魔習い九人中四人がそろって、五人は来る前に転寮てんりょうですって。つまり、これで全員ぜんいん

 はじめまして、バンクカウンセラーの飾戸大未来だいみらい大学だいがく二年生、先谷さきたに あんすぺーどです。冬休ふゆやすみのあいだ、よろしくね。

 それじゃあ、来たじゅんに自己紹介してね。名前なまえと、学校名がっこうめい魔具まぐめいきなもの


「それって、魔習いに関係かんけいあるんですか?」


 するどくて、仏頂面ぶっちょうづら私立しりつアンビシオンの指定してい作業服さぎょうふくた子が先陣せんじんって、自己紹介をする。

「私立アンビシオンきた小学校五年、浮島うきじま えんど世界せかい

 魔具は、アンビシオン系列校けいれつこう指定魔具の常葉ときわ社製しゃせいリアライズ。

 ここへはあそびに来たわけでは無いから、れ馴れしくはなしかけてこないで。以上いじょう

「浮島さん。自己紹介だから、ほかの皆の挨拶あいさつこうね」

「それ、命令めいれいですか?」


連帯れんたいよ」


 先谷先生が浮島さんを無理むりめた。うーん。やりづらそうなかんじがすごいする。


 つぎは浮島さんのとなりに座っていた子。可愛かわいらしいパステルカラーのもこもこのコートをまだいでいない。

「……えーっと、ルナは石橋いしばし るなちか。飾戸市立笹隠ささがくれ小学校五年。本当ほんとうぎんとおし社製孔雀尾ピーコックテイルWホワイトしかったんだけど」

「2030年モデル?型落かたおちをしがるなんて、ありえない」

 浮島さんに批判ひはんされて、ルナちゃんが途端とたん涙目なみだめになる。自分の魔具も紹介出来なくなっちゃって、うつむいたまま。

「浮島さん、挨拶の途中とちゅうくちはさまないでね。

 石橋さん、自己紹介ありがとう。

 つぎ宮村みやむらさん」と先谷先生は石橋さんをヨシヨシでてあげて気持ちをかせてあげている。

 宮村みやむら 婚姻こんいんブルーメ日本にほんしょうの五年です」

「ニホンショウ?

 そんな学校、日本に無いわよ」とまた、浮島さんが口を挟む。

「……テムズ日本学校小学、でした。

 書類上しょるいじょうでは今日きょうから綿雪わたゆき小学校在籍ざいせきで、冬休みけから正式せいしき通学つうがくします。

 今日の夜六時から八時の間に、注文ちゅうもんしていた純国産じゅんこくさん魔具がこちらにとどく予定です」

「今まで使つかっていた魔具は?」

黒森ブラックフォレストです。しの魔具用荷物にもつなかにあります。

 このくにでは使用しよう登録とうろくをしていなかったので。出国しゅっこくに、魔油まゆさい給油きゅうゆ出来ないように、給油こうふさ処置しょちをしています」


 最後さいごはわたし。

「飾戸市立大芽生おおめばえ小学校五年、一条 白黒有栖です。魔具は漁火いさりびりゅう九連くれん黒燈こくとう】」

「その魔具。

 ……貴方、魔具害患者じゃなくて、ただのファザコンじゃない」

 浮島さんは相当そうとう魔具にくわしいらしい。ここでだまってしまえば、浮島さんのペースに引きずられる。ここは「ちょっとからみずらい子」をえんじておこうかな。

「そう、そうなの!わたし、無意識むいしきでファザコンなのかも!」

「あの、一条さん。浮島さんはきっとめているんじゃ無くて、けなしているんだと思います」と宮村さんがフォローをしてくれる。

 そうだよ。わかってるよ。でも、浮島さんとこう勝負しょうぶする時間がもったいない。口論こうろんするために魔習いの家にいる訳じゃ無いもん。

「今のおとうさん、あたらしいほうのお父さんなんだ。おかあさんが再婚さいこんしたから、お父さんとはつながってない。

 でも、この魔具、お父さんがつくったってらなかったけど、出会であえた。

 わたし、うれしいんだ。なによりも、嬉しいの」

 笑顔えがお攻撃こうげきで、浮島さんからのトゲトゲしい言葉ことばわらせる。

 浮島さんが大人しくなった。ひと品定しなさだめするような目つきはずっとつづいているけれど。何も話しかけてこない。

 先谷先生が台所だいどころえて行ったので、浮島さん以外いがいの子たちと雑談ざつだんをすることにした。


 そのうちに、あまにおいがし始める。

 先谷先生が台所から湯気ゆげつマグカップ五つを持って来た。

「はい。エンド、ルナ、ブルーメ、アリス。カップを持ってね。

 かぼちゃのポタージュで、冬期とうき魔習いの安全あんぜんいのって乾杯かんぱいしましょう」

 夏期かき炭酸飲料たんsなにんりょうかスポーツドリンク。

 冬期はかぼちゃのポタージュで、安全祈願きがんの乾杯をする。


「「「「乾杯」」」」


 一人無言むごんでカップ《カップ》をかかげもしないエンド。


 とろーっとしたかぼちゃの甘味あまみ、そしてほのかなウリくささ。

「かぼちゃのかわけずり、ケチってふち部分ぶぶんのこぎてる……料理りょうり下手へた」とエンドが文句もんくを言う。

「頑張って手作りしたのよ!」と先谷先生はプンプンおこってみせる。

「でも、行動食こうどうしょく工場こうじょうっぽいあじじゃ無いよ。ルナ、好きかも」

「あの!」

「ブルーメ、何かしら?味の苦情くじょうはもう受け付けないよ」

「日本の学校がっこう給食きゅうしょくではつきに一度、行動食訓練くんれんがあるんですよね?

 冬休み中、寮の食事しょくじでも、行動食をべるんですか?」

 帰国子女きこくしじょのブルーメには日本の食にれる前に冬期魔習いがわってしまうだろうけれど。

「ときどきの頻度ひんどね。週二十一食中、二、三食程度ていどかな。行動食、苦手?予備食よびしょくよりは美味おいしいはずだけど」


 こういう話が出たということは家事かじ分担ぶんたんの話が来る。

「ちなみに、洗濯せんたく各自かくじ洗濯ネットにれてから、洗濯に入れておいて。まとめあらいね。午前ごぜんはまとめ。午後ごご色落いろおちするものよごれ物。

 料理りょうりはメンバーで分担」

「ルナおこめぐ!」

無洗米むせんまい、無いの?最悪」

「無洗米は精米せいまいのときに、お米を削ってるのよ。栄養摂取えいようせっしゅのことをかんがえて、無洗米はえらばれなかったわ」

 米は今年も不作ふさくでは無かったけれど、行動食や予備食、備蓄用びちくようにまわされる。

「米を研ぐみず無駄むだよ……どんどん不便ふべんなかになるのね。まるで、いつ開戦かいせんしてもおかしくない雰囲気ふんいき」とエンドは先谷先生にイライラをぶつけ出す。おもどおりに行かないからって、他の人にたるのはずるいな……。


掃除そうじロボがお風呂ふろも、階段かいだんも、貴方たちのお部屋へやも、玄関もやってくれるわよ。

 雪かきロボは深夜しんや日中にっちゅう

「ゴミ回収かいしゅう年末年始ねんまつねんし無いから、わすれないようにね」


 ルナは台所の収納しゅうのうけて、何かをさがしている。ブルーメも手伝てつだわされているのか……いや、自主的じしゅてきにルナを手伝っている。

「クッキーとかケーキは?無いの?」

「チョコ、無いんですか?わたし、日本にはまだカカオの備蓄があるって聞きました」

「何で、お煎餅せんべい、おかき、かきたね?」とエンドもお菓子かしになるのか、不思議ふしぎがっている。


「お菓子は今日の夜までには届くわよ。

 皆のお部屋は二階の四部屋。四人それぞれ、一人ずつで使って良いわよ。それぞれの部屋のドアにはもう貴方たちの名前のプレートをつけてあるわ」


 早速さっそく、スーツケースを持ち上げながら階段を上がって、二階へ。


 魔習いの家のおおくは、陸軍りくぐんの借り上げ駐屯地ちゅうとんちか、空軍の借り上げ基地。ここは、民家みんか改築かいちくして、バルコニーに「跳躍台ちょうやくだい」とばれるジャンプ装置を設置されてある。

 バルコニーへ続くドアには小窓こまどがついている。

 ドア前に雪がもらないようにせり出した屋根と雪かきロボのおかげで、今からでもべる状態じょうたい

「冬期魔習いの家飾戸ノ大蕗寮にようこそ!」

 つめたいかぜ

 そのこうには雪にもれた飾戸市がひろがっている。

 しろゆきはらあいだからところどころ見える建物たてものと工場、鉄道てつどう高速道路こうそくどうろ

 わたしたちが【ウミック】とたたかう世界があった。


 ブルーメの端末たんまつから警報けいほうのような、でも聞いたことの無いおと大音量だいおんりょうながれ始める。

速報そくほう!」

「何?

 ルナたちの端末はって無いよ」

UKユーケー全域ぜんいき空襲くうしゅう警報だって!」

「……そういうこと」

 エンドは意味深いみしんみをかべる。

宮村家みやむらけは、英国えいこくから日本へ帰国きこくして来て、ギリギリセーフ。良かったね!」とルナがブルーメをきしめる。


「日本国籍こくせきと英国の二重にじゅう国籍なんじゃない?

 それとも、日本と独国どくこく?」


 エンドがわざと、「独国」と言った。

「ドイツってもう無くなったよ……ごめん」

 ルナも亡国ぼうこくを思い出して、途端とたんにブルーメと気まずそうになる。

もと独国籍保有者ほゆうしゃ難民なんみんとして、英国に潜伏せんぷく

 英国もあぶなくなって、今度こんどは日本?

 日本では戦争せんそうわったことになってるのよ。

 警報が機能きのうしている英国のほう安全あんぜんじゃ無いかしら?

 日本に来るなんて迷惑でしか無い」


「今日、本当に日本産の魔具が届くの?

 ドイツ産は、この国では純国産なんてうそとおらない。

 どこのくに避難ひなんするかわからない。だから、冬期魔習いを修了しゅうりょうして、国際こくさいジュニアライセンスをれってうるさい、日本の私立校の指導しどう要領ようりょうも終わってるけど」

 エンドはそう言って、部屋にじこもってしまう。

 かぎをかける音が廊下ろうかひびかないうちに、先谷先生はエンドの部屋のドアをこじけた。


「真っ向勝負の話し合いでしょ。続けて良いのよ!

 そのかわり、後出あとだしは無し。

じつはわたしはあのときこう思ってました』とか、『あのではこうすべきだったと思います』とか。そういうのは駄目だめよ。

 真剣しんけんに話し合いをしなさい」


 先谷先生の言葉ことばったブルーメははっきり言いたいことを口にし始めた。

おや仕事しごと関係かんけいで、日本に来ました。他意たいはありません。

 あと、わたしのあたらしい魔具は『MADEメイド INイン JAPANジャパン』です」


「浮島さんはさ、どうして、そんなに言葉がキツイの?

 冬休みの間、共同きょうどう生活中せいかつちゅう仲良なかよくしようよ」

 ルナも言いにくそうなことをちゃっかりエンドにつたえる。

「仲良くして、【ウミック】を最多さいた破壊はかい出来るの?

 この寮は五人も初日しょにちに転寮してる問題もんだい寮。

 こんなところで、どろどろした液体えきたいんで、跳躍台を見学けんがくするひまがあったら、哨戒しょうかい活動かつどうをすべき」


「じゃあ、部屋でウジウジしてないで、いってらっしゃい!」

 先谷先生はエンドを部屋から引きずり出して、外靴に履きえさせて、玄関ドアからおくり出してしまった。


 ルナはバルコニーからり向かずにあるき出したエンドの背中せなかを見て、気に入らない様子。

「なんなのー?

 やっぱ、私立わたくしりつの子って、市立いちりつの子を見下みくだすんだ。最悪」

のこりのおじょうさーん!

 基本的きほんてきに、『児童じどう非常ひじょう呼集こしゅう』と『児童出撃しゅつげき命令めいれい』が出ないかぎり、自由じゆうごしてね」と先谷先生が玄関前からバルコニーのわたしたちにびかける。


「どうして、浮島さんは跳躍台、使わないのかなー?

 先谷先生、知ってるー?」

 ルナはそのでジャンプを三回してみせ、バルコニーにいそいでもどって来た先谷先生にいかける。

「エンドは……はぁ、はぁ……陸軍借り上げ駐屯地跡のやかた・寮しか経験けいけん無いから。

 アリスは使つかえるでしょ?」

「はい。使ったほうがらくだから」

「わたしも同感どうかんです。大蕗寮は跳躍台があるから、ここを熱望ねつぼうしました。

 魔具が届いていないわたしに遠慮えんりょせず、んでください」

「ルナは跳べないよ!

 アリス、一人で跳んで来て」

「じゃあ、おさきに……あっ、作業靴さぎょうぐつ、スーツケースの中だ。トイレもかなきゃ」

 トイレをませて、部屋に行き、スーツケースから大芽生小指定作業服と手袋てぶくろ、靴、魔具を取り出す。

 すぐに着替きがえて、またバルコニーへ戻る。



 二階のバルコニーの先端せんたんにある跳躍台。

 雪かきロボが除雪済み。

「先谷先生。別に見送みおくらなくて、大丈夫だいじょうぶですよ」

 ルナとブルーメは興味きょうみ津々しんしん

今期こんき初陣ういじんでしょ」

「……そうですね」

「ご安全あんぜんに!」

 先谷先生がすで起動きどうみの装置そうちのロックを解除かいじょする。

「ご安全に」

 わたしは三回跳躍台のうえね、一気いっき上空じょうくうがった。

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