0話 古いお父さん、新しいお父さん、灰色のわたし

 わたしがけた魔具まぐがいきずなおらない。

「『米国べいこくせい魔具の改造かいぞう』および『故意こいの魔術負荷ふかによる暴発ぼうはつ』の複合ふくごうインシデント」と発表はっぴょうされても。

「2031年夏期かき魔習まならいのいえ敷星しきぼし誘波いざなみかん』で、被害ひがい児童じどうがイジメられていた」と発表されても。


「米国製魔具をちゃんと修理しゅうりした、中古ちゅうこ販売品はんばいひん」だと加害かがい児童がわ主張しゅちょうしたけれど、みとめられ無かった。当時とうじほう規制きせいが無かったけれど、被害児童が一生いっしょう後遺症こういしょうくるしむから、ゆるされない。

 対象たいしょう製品は回収かいしゅう廃棄はいき

 おおくのひと外国がいこく製から国産こくさん魔具にえた。

 米国製魔具の個人こじん輸入ゆにゅう現在げんざいきんじられていて、所持しょじ使用しようも認められない。


 わたしのかみくろからきんに、そして、いま現在は灰色はいいろになってしまった。

 りょう手首てくびからさきも灰色のはだ

 を両手でまもったから、目の被害ひがいまぬがれた。

 このた目のわかりやすさで、インシデント直後ちょくご魔具まぐがい患者かんじゃ認定にんていけた。


 到着とうちゃくした特急とっきゅう列車れっしゃからりて、えきのホームから改札口かいさつぐちへとける。

 観光かんこう都市としでもあって、市内しないの観光名所めいしょ星間ほしまやまロープウェイ」や「誘灯いさび温泉おんせん」の宣伝せんでんをしている。

 だけれど、圧倒的あっとうてきに多いのは魔具の広告こうこく駅舎えきしゃ天井てんじょういている壁面へきめんには、外国製の最新さいしん魔具の広告が掲載けいさいされている。

 待合まちあい椅子いすこしかけてから、敷星駅改札口うえ表示ひょうじされている時刻表じこくひょう確認かくにんする。

 定刻ていこくどおり、列車はうごいている。

 かえりの列車は「2022/11/26/15:30/飾戸かざりど特急とっきゅう氷走ひばしり21号」。

 今は午前九時四十分だから、敷星滞在たいざい時間は六時間っている。



 ティローン、リローン、ティローン、ローン。

 正午しょうごの、かねっぽいメロディーがって、もう十分った。

 十二時十分発の列車が定刻通り発車はっしゃしたと、時刻表に表示ひょうじされて、えた。

 もう、お父さんを二時間半もっている。

 ……お父さんは待ち合わせ場所ばしょに来てなかった。

 何度なんど端末たんまつ連絡れんらくしたけれど、出なかった。

 何かあったのかな……。


 わたしにむかかってゆっくりあるいて来る、全然ぜんぜんいそいで無いおとこの人。

「モノ~。

 ごめんごめん、二時間はんおくれちゃったな」

 お父さんは白髪しらがめで茶髪ちゃぱつだったのに、グレイヘアに染めていた。

かみおそろいだから、大丈夫だいじょうぶだ。帽子ぼうし、もういだろ」

 お父さんは駅のなかでわたしの帽子をろうとする。


 灰色の髪はおだんごにして帽子の中におさめている。全部ぜんぶかくせないけれど、黒い帽子のおかげで、だいぶ目立めだたないのに。わざわざ、人前ひとまえさらすべきじゃない。

「やめて、さわらないで」


 あたらしいお父さんはわたしが灰色の髪になっても、白髪染めはくろ一択いったく

 るぎなくっ黒。


 新しいお父さんはわたしがどうであれ、揺るがない人。

 わたしを真似まねしようとはおもわないし、わたしに帽子を取れとも言わない。

「アリスが責任せきにんって、自分でえらびなさい」ってう。

 それぞれのお父さんにはそれぞれのさがある。

 古いお父さんはみんなっててくれる、カッコ良さがあるもの。

 良ししじゃない。

 皆、ちがう。

 だから、わたしも「ああしてしい」なんて、自分が他人たにんに言われても出来ないのに、しつけはしたくない。

 でも。古いお父さんと一緒いっしょにいると、すごくつかれる。


「なあ、モノ。

 去年きょねんなつと同じく、今年ことしふゆも、お父さんの近所きんじょの魔習いの家にしないか?」

「え……」

「去年、インシデントにきこまれる直前ちょくぜんまではたのしかっただろ?

 お父さんの家から魔習いの家にかよいやすかったよな」

「でも、お母さんが今年は……」

遠慮えんりょするな。モノがお父さんの家にずーっとまるくらい平気へいきだよ」

「お父さん、去年の九月に再婚さいこんしたでしょ」

 夏休み中、古いお父さんの家から魔習いの家に通っていた。それなのに、わたしの入院中にゅういんちゅう、古いお父さんはお見舞みまいいに来てくれなかった。

 退院たいいんしてから、「魔具害患者手帳で列車賃れっしゃちん一割いちわり負担ふたんになるんだろ?」と三か月に一回敷星市内での面会めんかい希望きぼうするようになった。

「アイツだって、五年前に俺と離婚りこんして、三年前に再婚しただろ」

 古いお父さんはわたしのお母さんを「アイツ」とぶ。

「……」

「アイツになんか言われたか?

 魔習いの家で、イジメられたから、ケガしたんだろ。

 そんなこと、イレギュラーだ。

 俺はあのとき仕事しごといそがしかったし、今度こんどはちゃんと面倒めんどうみてやるから」

 古いお父さんは左手ひだりてでわたしの右手首をつかんで引っぱりながら、駅のそとかってあるき出した。

「お母さん、こっちの魔習いの家はあぶないから、駄目だめだって。

 ごめんね、お父さん。

 わたし、ちゃんと魔術の練習頑張るから」

 お父さんはものすごくおこったかおで、右手で端末を操作そうさしてどこかへ電話でんわをし始めた。

「おい。モノはこっちの冬期とうき魔習いの家に在籍ざいせきさせるって言ったよな?

 ……イジメ?それは去年の夏にわったことだろ?

 ……ハズミがするわけ無いだろ?

 ……調査報告ちょうさほうこくって、何だよ!

 ……もう、良い。来年の夏期魔習いの家はこっちで予約よやくする!」

「お母さんはいかりっぽいな。

 そうだ。今日の昼飯ひるめしはハズミと灯花とうか合流ごうりゅうするから」


 おぼえのある名前なまえ

 ……なんで。

 何で、夏期魔習いの家「敷星しきぼし誘波いざなみかん」の波澄はずみと波澄のお母さんがお父さんの車の後部座席にいるの?

「御前にはインシデントの調査があったから、会わせてなかっただろ?

 ハズミと、ハズミの母親の灯花だ。

 俺の再婚さいこん相手あいてだよ」

 お父さんは加害かがい児童のおやと再婚していた。

 嗚呼、わたしだけが真実しんじつらなかった。

 わたしがお父さんのむすめだから、インシデントに巻きこまれたんだ。

 計画けいかくてきだったんだ……。


面会めんかいはお父さんとだけって約束やくそくだよ」

「アイツにまた、へんなこと言われてんだな。

 なあ、モノ。

 お父さんたちと一緒いっしょくらさないか?

 ハズミと姉妹しまいになったら、毎日まいにちたのしいぞ」

 ゴールドシーズン社製魔具を暴発させた加害者と姉妹になれってことを言われている。

 聞こえたけど、本当に古いお父さんがそんなことを言っているなんて信じられない。

 駅前に路駐ろちゅうした車の助手席じょしゅせきに乗せられた瞬間しゅんかん、うなじがチクリとした。

 後部座席にはあの子がいる。

 波澄。そして、波澄のお母さん。



 まわらない、お寿司屋すしやれてられた。

王様おうさまていかったな~」

「この間も、パパと三人でオムライス食べに行ったじゃない。モノちゃんはいつも面会に来てるけど、観光する時間も無いんだから。ね?和食わしょくのほうが良いでしょ?」と波澄のお母さんがあまったるいねこなでごえを出す。

年寄としよくさい……ねえ、回転かいてん寿司ずしこうよ!」

「モノちゃんのママはしょくにうるさいのよ。程度ていどひくいご飯を食べさせないでくださいって怒られちゃうじゃない」

 古いお父さんは店員てんいんさんに皆のぶん注文ちゅうもんしている。

本当ほんとうは今日、魔具を新しくいに行く予定よていだったのに……アンタのせいで、行けなくなった。本当に、最悪さいあく

 あのとき、死んじゃえばよかったのに!」

 個室こしつにはとおされているけれど、ひらいたまま。

 ものはこんで来た店員さんも波澄の悪態あくたいにギョッとしている。

「駄目よ、波澄。おもっててもくちにしないで。全部、パパのせいなのよ。

 ねえ、モノちゃん。

 今後は魔習いの家だけこっちに来るの、やめてもらえるかしら?

 おねがい。

 もう、貴方のパパは貴方のパパじゃないの。

 波澄だけのパパになったのよ」

 波澄のお母さんがニコニコわらいながら、怒っている。

「帽子、いだら?」

 波澄によって、頭からお父さんが飲もうとしていたビールをかけられる。


 古いお父さんはビールを台無だいなしにされたのに、上機嫌じょうきげん

「はははは。

 ハズミは行儀ぎょうぎわるいな。

 モノにきもちいているのか?

 あのな、二人にははなしてなかったけど。

 モノをき取ろうと思ってるから、そのつもりでいてくれ」

「お客様きゃくさま」と店員さんが使つかってって来て、帽子やふくにこぼれたビールをやさしくタオルでいてくれる。

いんです。良いんです。

 子どもがじゃれ合っているだけですから」とお父さんは店員さんを個室からしてしまった。


「魔具害患者って、魔術がすごく使えるんでしょ?

 れたとしても、『濡れなかった自分』になれるよね。

 わたし、見てみたいな~」

 今度はわたしがたのんだリンゴジュースが顔面がんめんんで来る。

 また、波澄によって、ぶっかけられた。

「お客様、通報つうほうさせていただきました。

 おだい結構けっこうですので、敷星警察けいさつが来るまで、個室でおちくださいませ」

 寿司をにぎっていたはずの店主てんしゅさんがわたしを個室かられ出してくれて、バックヤードで保護ほごしてくれた。

 おひるどきでんでいるのに、緊急車両きんきゅうしゃりょうのサイレンがワンワンこえ出す。



 午後六時、敷星警察署。

 わか私服しふく警官けいかんのおねえさんがわたしの対応たいおうをしてくれる。

 でも、わたしはかれても、何もはなせなかった。

 お姉さんは面倒くさそうに、飾戸警察署と連絡を取っている。

「寿司屋で魔具害患者を虐待している一家いっか拘束こうそくしました。

 被害者は保護ほごしています。

 ……事情じじょう聴取ちょうしゅですか?

 ええ、終わっています。

 ……午後三時半の飾戸行き特急にせれば良いんですね?」

 飾戸警察署から両親りょうしん連絡れんらくがいって、飾戸駅まで両親がむかえに来てくれるそうだ。


「一人でかえれそう?」

「……」

「あのさー、魔具害患者でかわいそうなのはわかるけれど。

 きみもさー、態度たいどわるいからこういうことになったんじゃない?」

 わたしは何も言いかえせない。

 どうしてだろう。

「ごめんなさい」も言えない。

 何も、話せない。


白黒ものくろ有栖ありすちゃん。

 面会めんかいの約束では、お父さんだけと会うはずだったんだよね?

 お父さんの後妻ごさいれ子とは絶対ぜったい接触せっしょくさせない約束をやぶったのはお父さんだもんね。

 白黒有栖ちゃんは態度たいどが悪かったんじゃない。

 ショックをけてたのかな?

 それとも、干渉かんしょう魔術で何も出来なかった?」

 べつの警察官が話しかけて来た。さっきのお姉さんよりもちょっと年上としうえ

 お兄さんがわたしのうなじの写真しゃしんをいきなりる。


「ちょっと、もう事情聴取は終わってるんですから」

「米国製魔具の破片はへんがうなじに付着ふちゃくしていたままだった。わざと見逃みのがしたのか?

 御前がらくするために、事情聴取を適当てきとうにしていたのなら、問題もんだいだ。

 洗浄も情緒安定の魔術も不完全ふかんぜんだ。

 ってことは、うなじにけられた米国製魔具の破片によるさまたげがあったとかんがえる。

 考えられないなら、御前の職務しょくむ怠慢たいまん

 お兄さんはお姉さんを怒鳴どならずに上司じょうしとして、指導しどうする。

成人せいじん被害者ひがいしゃ精神せいしん傷害罪しょうがいざい

 未成年みせいねんの被害者の場合ばあい情緒じょうちょ傷害罪。

 飾戸市の病院びょういんへすぐ検査けんさ入院にゅういんすべきだ。

 俺が手配てはいするよ」

「わたしにだって、出来ます!」

「敷星市に汚点おてんのこしたのがあのインシデントだ。

 だが、悪いのは被害者じゃない。

 公務中に差別さべつ意識いしきがにじみ出ている。

 御前は担当たんとうからはずれろ」

「だったら、市内の病院にはこべばいんじゃないですか?」

 不機嫌になったお姉さんは市内の病院に電話しようとするけれど、お兄さんに即行そっこうで止められた。

「昨夏、敷星市内の病院全てが魔具害患者のれをことわった。

 そんなところに受け入れ要請ようせいして、この子がさらにひどにあうとは思わないのか?」

 わたしははこばれて来たからのストレッチャーにせられ、落下らっかしないようにベルトで固定こていされてから、たきりのまま、敷星駅へ運ばれて行った。



 潮風しおかぜの臭いを最後さいごに、ねむってしまっていたらしい。

 突風とっぷうかんじて目覚めざめると、列車からストレッチャーのまま下りて、飾戸駅のホームを通り抜けていた。

 人気ひとけが無い、夜遅よるおそく。でも、最終便さいしゅうびんでは無かったのだと思う。

 ホームから見えるビルはもうかりがえていた。くら夜空よぞらとほとんどわらない。

 左を見ると、マギグラスをかけた、新しいお父さん。

 ものすごいち。

「おかえり」

「……」

「よくたええたな。

 お母さんも一緒だ」

 右を見ると、小走こばりでお母さんがピッタリとストレッチャーにくっついて来ている。お母さんは(わたしにたいする怒りではないと思うけれど)ものすごい形相ぎょうそうをしていた。

 心配しんぱいかけて、ごめんなさい。

 でも、古いお父さんに会いたかったんだ。

 ごめんなさい。



 12月6日。

 わたしは一週間で退院した。

 あの日は離婚して別々べつべつに暮らす古いお父さんい会いに行っただけ。でも、敷星でお寿司も食べられず、ビールやジュースをかけられて、虐待。

 んだりったりな、古いお父さんたちとの面会だった。

 もちろん、あんなことやそんなことがあったから、敷星の魔習いの家には在籍なんて絶対ぜったいしない。

 わたしが冬休みの間、在籍する魔習いの家は……。


 事前じぜん告知こくちの通り、今日の午前七時に、来た来た来た。

 魔術省から、わたしにてたおらせ。

飾戸かざりど市立しりつ大芽生おおめばえ小学校五年生・一条いちじょう 白黒ものくろ有栖ありすさんの冬期所属先は『飾戸ノ大蕗おおぶきりょう』にまりました。……]

「通いの『かん』は駄目で、寄宿きしゅくの『寮』になっちゃった。

 住所じゅうしょは、飾戸市上区かみく……飾見かざりみざか四丁目十ト十一ノ狭間はざま番地ばんち

 お母さんと、あた……ううん、お父さんに知らせてあげなきゃ。

 心配しんぱいばっかりかけてるもんね。

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