まならい

西暦2032年

11月26日

SS 日本内閣府からの発表

　西暦（せいれき）2023年に、第三次（だいさんじ）世界大戦（せかいたいせん）が開戦（かいせん）。

　同暦（どうれき）2024年に、第三次世界大戦が終戦（しゅうせん）。

　非戦（ひせん）を貫（つらぬ）いたまま専守防衛（せんしゅぼうえい）に努（つと）めた日本（にほん）。第三次世界大戦後（ご）、同盟国（どうめいこく）である米国（べいこく）と協力（きょうりょく）して、世界からありとあらゆる危険兵器（きけんへいき）を排除（はいじょ）した。

　それでも、人（ひと）が死（し）なない、殺傷性（さっしょうせい）の低（ひく）い軍事兵器（ぐんじへいき）「魔道具（まどうぐ）」だけは残（のこ）さなければならなかった。

「魔道具」を使（つか）って、未確認（みかくにん）疑似生物（ぎじせいぶつ）兵器【ウミック】の完全（かんぜん）破壊（はかい）・完全消滅（しょうめつ）に尽力（じんりょく）している。

　ただし、【ウミック】の完全消滅宣言（せんげん）をするには、これから十六世紀（せいき）程度（ていど）かかると言（い）われている。

　十六世紀。

　一世紀は百年。

　つまり、千六百年かかってしまうのだ。

　日本は小学生（しょうがくせい）・中学生（ちゅうがくせい）・高校生（こうこうせい）・大学生（だいがくせい）に【ウミック】の破壊活動（かつどう）を推奨（すいしょう）している。

（強制的（きょうせいてき）な義務（ぎむ）では無（な）いとうたいつつも、半強制（はんきょうせい）。本当（ほんとう）に、憎（にく）たらしい。）

　小学生は魔道具を使って、小型（こがた）の【ウミック】を破壊させる詠唱（えいしょう）魔術（まじゅつ）を習（なら）う。

「皆（みな）さん。

魔具（まぐ）を【ウミック】に向（む）けて構（かま）えたら、呪文（じゅもん）を詠唱（えいしょう）しましょう。

呪文は【ウミック】を破壊する場面（ばめん）を思（おも）い浮（う）かべて、呪文の詠唱で魔道具の魔力（まりょく）を包（つつ）んで、魔術の形（かたち）にしましょう。

魔術を【ウミック】に上手（じょうず）にぶつければ、破壊出来ますよ」と先生から習う。

　ただし、学校（がっこう）も各教科（かくきょうか）の授業数（じゅぎょうすう）確保（かくほ）のため、学校では魔術をたくさん習うことが出来（でき）ない。

全然（ぜんせん）詠唱魔術のレパートリーは無くて、超小型（ちょうこがた）の【ウミック】に遭遇（そうぐう）しても逃（に）げる子どもが多（おお）い。

　そのため、子（こ）どもたちは魔術を集中的（しゅうちゅうてき）に習い、実践（じっせん）するため、「魔習（まなら）いの家（いえ）」に夏休（なつやす）み・冬休（ふゆやす）み中（ちゅう）在籍（ざいせき）する。

　2031年の八月下旬（げじゅん）。

　学校が夏休みの間（あいだ）に開（ひら）かれる、魔術を習う家「夏期（かき）魔習（まなら）いの家（いえ）」で問題（もんだい）が起（お）こった。

　突然（とつぜん）、加害（かがい）児童（じどう）二十四名の米国製（せい）魔道具が暴発（ぼうはつ）した。ただし、彼等（かれら）には安全（あんぜん）装置（そうち）が辛（かろ）うじて働（はたら）き、無傷（むきず）だった。

　しかし、その場（ば）にいた被害（ひがい）児童四名は国産（こくさん）魔道具で、安全装置が働いたのに、米国製魔道具に浸食（しんしょく）されて受傷（じゅしょう）した。

　敷星（しきぼし）市（し）の魔習いの家での重大（じゅうだい）インシデント発生（はっせい）。

　すぐに魔術省（まじゅつしょう）外局（がいきょく）の魔習い安全（あんぜん）委員会（いいんかい）による現地（げんち）調査（ちょうさ）が行（おこな）われた。

　加害児童二十四名に過失（かしつ）責任（せきにん）は無いと判断（はんだん）されたものの。

　加害児童は全員（ぜんいん）、米国製魔具を使用（しよう）していた。

　敷星インシデント後（ご）。

　米国製魔具の受（う）け入（い）れを拒否（きょひ）した日本は端末（たんまつ）に一斉（いっせい）配信（はいしん）した。

［日本国内（こくない）での米国製魔具の輸入（ゆにゅう）・販売（はんばい）・購入（こうにゅう）・所有（しょゆう）・使用（しよう）・改造（かいぞう）・修理（しゅうり）・点検（てんけん）が一切（いっさい）禁止（きんし）となりました。

　米国製魔具使用中の方（かた）は安全のために、電源（でんげん）をOFF（オフ）にしましょう。

　米国製魔具を発見（はっけん）した場合（ばあい）は絶対（ぜったい）に触（さわ）らず、魔術省の禁止（きんし）具（ぐ）相談（そうだん）センターまで連絡（れんらく）してください］

　これには日本に観光（かんこう）目的（もくてき）で入国（にゅうこく）している外国人（がいこくじん）旅行者（りょこうしゃ）も、労働（ろうどう）目的で駐在（ちゅうざい）している外国人駐在員（ちゅうざいいん）も、含（ふく）まれた。

　空港（くうこう）や港（みなと）には、米国製魔具を一時（いちじ）預（あず）ける窓口（まどぐち）カウンターが設置（せっち）された。

　簡単（かんたん）に考（かんが）えていたのだ。

「預けさえすれば良（い）い」と。

　そう、多（おお）くの人々（ひとびと）は「未成年者（みせいねんしゃ）が魔術を習う『魔習いの家』で起きたこと／死亡事故（しぼうじこ）につながる恐（おそ）れのある問題（もんだい）事案（じあん）」としか認識（にんしき）していなかった。

　米国製魔具。

　特（とく）にゴールドシーズン社製（しゃせい）は世界的（せかいてき）な魔道具シェア独占（どくせん）状況（じょうきょう）下（か）。

「事件（じけん）・事故（じこ）は話題（わだい）にせず、極力（きょくりょく）小（ちい）さく扱（あつか）おう」という世界的な流（なが）れがあった。

　それはゴールドシーズン社の次世代（じせだい）新製品（しんせいひん）を各国（かっこく）が奪（うば）い合（あ）う争奪戦（そうだつせん）に悪影響（あくえいきょう）を出（だ）さないため。

　そんな中（なか）で、「御前（おまえ）んとこの製品（せいひん）のせいで、日本人の子どもが一人か二人死にかけたから取引（とりひき）永久（えいきゅう）停止（ていし）にするから」と日本内閣府（ないかくふ）から言われても……。

　だけれど、外国人の大人（おとな）も日本人の大人も。

「魔術失敗（しっぱい）事故よりも被害が少（すく）なかったのだから、順次（じゅんじ）米国魔具の再（さい）輸入検討（けんとう）しよう」なんて、楽観（らっかん）していられなくなった。

　インシデントによる入院（にゅういん）治療（ちりょう）が済（す）んだ魔具（まぐ）害（がい）患者（かんじゃ）の「目（め）に見（み）える後遺症（こういしょう）」をまさに目にして、気（き）づいたからだ。

　黄金（おうごん）に染（そ）まったままの毛髪（もうはつ）。

　黄金に染まったままの皮膚（ひふ）。

　黄金に染まったままの爪（つめ）。

　皆（みんな）口（くち）にしないけれど、思（おも）ったのだろう。

「ああはなりたくない」と。

　そして、自国（じこく）の国益（こくえき）を最優先（さいゆうせん）させるなら、「便利（べんり）で使（つか）いやすい」米国基準（きじゅん）製品よりも、国際（こくさい）基準の製品を選（えら）ぶべきだと……。

　実際（じっさい）、この一年で、米国製品が国際基準に全（まった）く達（たっ）していないことがぽろぽろ小出（こだ）しに発覚（はっかく）。

「次世代新製品は国際基準を満（み）たしている」から、旧世代（きゅうせだい）の危険性（きけんせい）情報（じょうほう）が出（で）て来（く）る。出て来る。

　2032年11月26日。

　あの8月29日のインシデントから、一年と三か月が経（た）つ、午前（ごぜん）7時。

　日本内閣府から再（ふたた）び発表（はっぴょう）が端末に配信された。

［小学生の冬期（とうき）魔習いについて中止（ちゅうし）検討（けんとう）がなされました。

　しかし、魔術省外局の魔習い安全委員会の調査（ちょうさ）報告（ほうこく）で、問題（もんだい）は確認（かくにん）されませんでした。

　よって、冬期魔習い中止が撤回（てっかい）されます。］

　魔具害（まぐがい）患者（かんじゃ）の一条（いちじょう）　白黒（ものくろ）有栖（ありす）ことわたしでさえ、寝耳（ねみみ）に水（みず）。

　内閣府から事前（じぜん）告知（こくち）無く、端末の一斉配信で知（し）った。

　敷星（しきぼし）行（ゆ）き特急（とっきゅう）列車（れっしゃ）の窓（まど）に映（うつ）る、かすかな自分（じぶん）の姿（すがた）。

　毛髪も、手（て）の皮膚も、手の爪も、あれから黄金ではなくなった。

　一年経ってすぐだった。まるで、金（きん）メッキのように剥（は）がれていったのだ。

　今（いま）では、灰色（はいいろ）の髪（かみ）、手、手の爪。

　＜まもなく胡桃並（くるみならべ）、胡桃並（くるみならべ）です。お降（お）りのお客（きゃく）様（さま）はお忘（わす）れ物（もの）が無いよう……＞

　窓の外（そと）では、【ウミック】が雪虫（ユキムシ）のようにふわふわ漂（ただよ）いながら飛（と）んでいった。

　今日（きょう）は古（ふる）いお父（とう）さんとの面会日（めんかいび）。

　古（ふる）いお父さんは、列車で三時間半（はん）の敷星（しきぼし）市（し）に住（すん）んでいる。

　会（あ）って、話（はな）して、ご飯（はん）食（た）べて、今日中（じゅう）に三時間半かけて新（あたら）しい家に戻（もど）らなくちゃいけない。