SS 最上級の笑み(日本国防陸軍北部方面部通信司令部司令森塚 能斗大佐視点)

 日本にほん国防こくぼう陸軍りくぐんきたのメンツもプライドも。無限むげんつぶされ、ねじりられ、みじんしくされた。

 たった一人のどもに。

 だからこそ、怒鳴どならずにはいられない。


「このまえのように、厭鈴えんりん大湿原だいしつげん付近ふきん不法侵入ふほうしんにゅうされちゃこまるんだ!」


 北部ほくぶ方面部ほうめんぶ通信指令部つうしんしれいぶ司令しれいとして怒鳴る。

 2032年12月22日。

 国籍こくせき不明ふめい正体しょうたい不明のやからごときに厭鈴大湿原付近で勝手かってをされたのだ。

 日本国防最前線さいぜんせんでの暴走ぼうそうを陸軍北部方面部はめられなかった。


「これだから、統率とうそつれてない三つ頭リク・カイ・クウの国防軍省ぐんしょう首振くびふ人形にんぎょうだな」


 日本国防軍省空軍くうぐん幕僚部ばくりょうぶ涙堂るいどう いずみ中佐ちゅうさ飲食厳禁いんしょくげんきん室内しつないで、コーヒーをちこみ、なおかつ優雅ゆうがあしんでんでうれいている。

「国防軍省空軍幕僚部実習生じっしゅうせいが厭鈴大湿原のうえんでも不法行為ふほうこういにならない。

 この子は自由じゆうるために、我々われわれえらんだ」

 涙堂空軍中佐のよこで飲食せずに月刊げっかん少女しょうじょ漫画まんが雑誌ざっし「ぱすてる2023年2月号(陣中じんちゅう御見舞おみまい ぱすてる編集部へんしゅうぶ)」(※12月24日現在げんざい未発売みはつばい同月どうげつ28日発売予定よてい)をみながらかれをなだめる、子ども。

 あの、灰色はいいろかみの子どもだ。


「まあまあ、涙堂さん。

 わたしは陸軍とも喧嘩けんかするつもりなんて無いです」

陸軍人りくぐんじんたいして、何様なにさまだ!

 この少年兵が!!!」

 わたしは子どもがにしていた「ぱすてる」をはたとした。しかし、子どもは「ぱすてる」をひろって、また読みはじめてしまう。

「ナワバリをらされてご立腹りっぷくなのはわかっています。

 じつは、陸軍鉄道線てつどうせん魔油まゆ輸送ゆそう列車れっしゃおそった【ウミック】を破壊はかいしたながれでした」

「陸軍鉄道?」

 なんのことだ?

「ええ。日本国防陸軍北部方面部と陸軍鉄道の連携れんけいミスをわたしにおこられても、『ごめんなさい』とわたしがあやまることはへんです。だって、わたしが何もしなければ、魔油輸送列車も線路せんろ乗員じょういんも、駄目だめになっていましたから。

 でも、一応いちおう言っておきますね。

『日本国防陸軍北部方面部が怒るほどのこと。陸軍鉄道を見捨みすてればかったのなら、謝ります。ごめんなさい』」


「どうやら、陸軍鉄道北部連隊れんたい本部ほんぶ連隊へ接敵せってき報告ほうこく被害状況ひがいじょうきょうかくしていたようです」と部下ぶか鈴木原すずきはら中尉ちゅういこえのトーンを落として、私の耳元みみもとささやいた。


「あと、もう一つ。

 わたし、陸軍北部方面部にはお世話せわになったのかもしれません。

『でも、照会しょうかいがあったのは空軍の通信司令部だけだったんです。ごめんなさい』」

 ……。

 これは陸軍北部方面部通信司令部のミスだ。

 あの、私が会議かいぎ離席中りせきちゅうだったあいだに、部下の一人が「照会しょうかい」をせずに、空軍へ丸投まるなげしていたのだ。

年末年始ねんまつねんしでただでさえいそがしいから、空軍にまかせればいとおもった」とわけする部下たちをしかつづけることしか出来なかった。


御前おまえは一度も陸上りくじょう不時着ふじちゃくしなかったのか?」

「空軍基地きち以外いがいのトイレをおりしませんでした」

「第十一灯台とうだい跳躍兵ちょうやくへいのために、そして監視かんしのためにあります。少年兵しょうねんへい軍事施設ぐんじしせつ勝手かって利用りようするなど」と小山こやま少佐しょうさ余計よけいなことを口走くちばしる。

 陸軍人が空軍施設利用をとがめるなど、お門違かどちがいだ。

「この子の空軍施設利用は緊急事態きんきゅうじたいでしたし、かまいませんよ。

 年頃としごろの子におらしを強要きょうようするなんて、かわいそうです」

 苛立いらだちが最高潮さいこうちょうたっしてしまった私は、「ぱすてる」を読み続ける子どものむなぐらをつかんで、つよさぶっていた。


「少年兵が我々になんうらみがある!」


 揺さぶっても、子どもの視線しせんゆかに落ちた「ぱすてる」をっている。

 離別りべつしたむすめ毎月まいつきっていた雑誌。あの少年兵が娘と同じように「ぱすてる」を読んでいた目は一切いっさい、揺らがない。

「この、灰色卵グレイエッグめ!!!!」

 子どもを床に向かって、げ捨てた。なぐりはしなかったが、部下たちが私を止めようと、って来たからだ。


「わたしたちかどうかはわからないけれど。

 わたしは管制かんせいや通信指令にいのちあずけて跳んでます。

 わたしは貴方あなたこえいて跳びたくありません。

 だって、わたしが目障めざわりで『あわよくば』んでしいから怒鳴ってるんですよね?」


 子どもは「ぱすてる」を拾って、私を見上みあげた。

 その目はくさったさかなの目のように、よどんでいた。

「わたしの跳躍ちょうやくを良くしたいための叱咤しったでは無いことくらい、わかってます。

 でも、わたしがこれから死ぬことがあっても、だんじて、貴方のせいで死んだなんて記録きろくのこりません。

 だから、貴方も自分じぶんめないでくださいね」

 声色こえいろは私をあわれんでいるようだったが、その目にはなみだをためてはいなかった。


「はははは……何だ?

 死ぬ?」


 鈴木原中尉が「危険きけんな作戦さくせん参加さんかされるんですか?」と涙堂空軍中佐に質問しつもんする。

「そうです。この子は空軍の臨時りんじ特別とくべつ作戦に参加します。

 そのまえに、陸軍にび出されました。

 この子のいのちは残りすくない。

 奇跡きせきでもきないかぎり、最愛さいあい家族かぞくにも看取みとられることはありません。

 この子と面会めんかい出来て、満足まんぞくですか?」


「どうして、温存おんぞんしないんですか?」


 鈴木原中尉の、この個人的こじんてきな質問が涙堂空軍中佐に最上級さいじょうきゅうみをかべさせた。

飾戸かざりど大蕗おおぶきりょうには、わりとなる少年兵材しょうねんへいざいひかえているからですよ。

 やっと、この少年兵材は死んでもいことになりました」


「そんなかおしないでください。

 わたしのつぎに死ぬ子たちはよわくありません」


 少女の声が室内にやけにひびいた。

 誰もうごけず、そのしたいて、何も言わない。

 そんな中で、涙堂空軍中佐がこう切り出した。

「じゃあ、こうか?」

「はーい」

 まるで、「お風呂ふろいたよ。はいりなさい」とおやうながされた子どものように。

 そこには、その少年兵にとっての、たりまえ日常にちじょうがあった。

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