第十二話 ジークが僕を守れないはずがない
ざっと、騎士全員の空気が変わった。ざわつく様な、いきり立つ様な、震え上がる様な、様々なものが
今まで、ジーク一人と騎士全員で模擬戦をしたことはあった。
しかし、ジークが何かを守りながら、という状況は無かった。ちょうど良いと首をこきこき鳴らす。
「ハルシエ、いいな?」
「ジークが僕を守れないはずないでしょ」
「当然」
うっすら笑って、ジークは視線を全体に巡らせる。
勝って当然。
そんな自信を隠しもせずに笑顔で馬鹿にしてやれば、簡単に激昂した騎士達が立ち上がった。その中には新人もいたが、大半はさっきの模擬戦で折られていそうだ。
後は。
――やっぱスティーブ周りかね。
憤りで立ち上がった者達の中には、最初にセドリックを非難していた者達も、ちゃっかり挑発された残念組に入っている。大体はセドリックに批判的な視線を向けていた者達だ。
全てではないが、指針にはなる。
「おら。どうした? いつでもいいぜ」
「――っ、……副団長、覚悟おっ!」
先陣切って突っ込んできた騎士を皮切りに、地鳴りを響かせて雪崩れ込んでくる。遠くから見ると、人間達が津波に見えるんだろうなと、ジークは笑ってしまう。
しかし。
「……数だけで勝てると思ってる限り、無理だろうな」
多勢に無勢。
それは、ジークには当てはまらない。
どれ、と軽くジークが地面を蹴る。ふっと揺らめきを残して消えたジークに、騎士達がいきなり行先を見失う。
その間にハルシエの方へ向かえば良かったのに、止まる者が多かった。
それこそ、思考の停止。戦場では命取りになる。
「……ほんっと。弱くなったな、お前ら」
それだけで。
押し寄せてきた
後方にいた騎士達を巻き込みながら、それでも飛ばされた輩は止まらない。地面に落ちることもなく、弾丸の如く壁へと吹っ飛んだ。そのまま石垣の壁を砕きながらもまだ飛び、止まらない。訓練場の外はまだ騎士団の敷地内だ。一応手加減はしたが、もう戻ってはこないだろう。
尋常ならざる轟音と共に、剣圧が騎士達を押し潰す。
隣の仲間がいきなり潰れたのに驚いている騎士達を、ジークは着地すると同時に叩き切っていく。ハルシエに近付こうとする者がいれば、軽やかに跳躍して斬り飛ばし、あっという間に屍の山が出来上がった。
斬り、舞い、蹴り上げ、飛び、潰し、また斬り飛ばす。
それを繰り返すだけで、もはや立っている騎士はいなくなった。ジークの圧倒的な勝利である。
「おう。終わりか?」
ジークのどこまでも挑発的な問いかけに、騎士達はしかし返せない。ただただ大きく息を切らし、
誰かを守りながらというハンデがあるにも関わらず、この
守られていたハルシエは全く微動だにせず読書を楽しんでいる。騎士達の動きは眼中に無いのが丸わかりだ。それも騎士達にとっては屈辱だっただろう。
それでも、これが事実だ。
「覚えておけ。これが、お前らの今の実力だ」
「……っ」
「来月、またどこかで抜き打ちで来る。その時にまだこんな情けない姿を見せるんなら、全員騎士の証を返上しろ」
「え……」
「そ、そんな! あんまりだ!」
「こんなのが騎士な方が、よっぽどあんまりだ。実力があるって豪語すんなら、警備隊にでも行っとけ。その方がまだ使えるだろうよ」
「――っ」
騎士は、魔法使いと対となる国の守護役。
警備隊は騎士の下に付く組織だ。騎士よりも圧倒的に人員が多く、普段から街の治安などを担ってくれている。有事の際は騎士の配下となって動き、時には戦にも出陣する。国としても無くてはならない存在だ。
だが、騎士はその警備隊の中でも雲の上の如き憧れの存在なのだ。
その騎士が、任を解かれて繰り下がる。
これほどの屈辱はないだろう。
「言っとくが、冬よりも質は格段に下がってる。何が原因かは、俺にとってはどうでも良い。ただ、個々だけじゃなく、騎士全体で質が下がってるってことは、その原因がひどくくだらないものだってことだ」
「――」
「言い訳は聞かない。いいか、もう一回言うぞ。来月の抜き打ちで同じ体たらくを見せたら、連帯責任で俺も含めて全員解雇だ。それまでに原因を何とかしろ。――ただし」
とん、と片足の
原因どもらしき塊の体が跳ねたが、目を向けることはしない。
「ただ原因を排除するだけの、くっだらない解決法を見せたら、その時点でお前ら全員責任取ってもらう」
「……」
「俺が求める解決は、真実騎士としての誇りを取り戻した解決だ。……騎士とは何か。騎士として忘れてはいけないものは何なのか。最後まで思い出せなかった奴は、問答無用で去ってもらう。覚えておけ。――以上だ」
言うべきことは言った。
ただ、かなり刺激をした自覚もある。セドリックの立場が酷くなったら、後で土下座するかと反省はした。
ハルシエものそのそ起き上がる。ジークが手を引いて立ち上がらせると、とことこ後を付いて来た。
後は帰るだけだ。
「……酷くなると思うか?」
「二位を排除するとしたら、徹底的に確実に味方をコントロールしてからじゃない。もう少しだけ
「……だといいんだが」
騎士団全体の意見をまとめない限り、ジークの
「あと、薄幸美人」
「薄幸に戻ったな」
「彼にも悪意が
「……、は」
セドリックだけではなく、スティーブにも悪意を向けている者がいる。
その意味を、あまり深く考えたくはない。考えなければならないが。
「ただ、複雑なんだよね」
「どんな風にだ」
「ねじ曲がった悪意。……それに、薄幸美人自身もやらかしてるね」
「へえ……」
また複雑になってきた。頭が痛い。
「まあ、薄幸美人の方は何とかなるんじゃない」
「そうか?」
「うん。すぐ答えは出るだろうね。面倒だけど」
「……そうか」
ハルシエが断言するなら、そうなのだろう。
今から覚悟しておくか、と観念しつつ、ジークはハルシエと並んでゆったり城下へと歩いて行くのだった。
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