第六話 僕はいつでもお日様を浴びている


「次は僕ですね! 頑張ります!」


 何かの発表会だろうか。

 親を前に張り切る様なライナスの意気込みに、ジークは乾いた笑いしか出ない。


「最近騎士団が変だぞってサリヤ様にお聞きして、騎士団の仕事に付いて行かせてもらったんです。確かに変でした! 以上!」

「おい」

「……と、終わりたいくらい、良い気分はしませんでした」


 最初の意気込みとは裏腹に、ライナスの顔がへにゃっと曇る。一口ハルシエの淹れた紅茶をすすり、呼吸を落ち着けていた。


「まず、セドリック殿は孤立しています。ブレット殿や、数人のお仲間が一緒にいる時は良いのですが、どうしても訓練や仕事で別行動をしますから。団長がいない、かつサリヤ様も離れた時はチャンス到来。そういう時に、周りの陰口が強くなります」

「……一応、どんな内容だ」

「では、大まかに。……スティーブ殿を、秘密裏に開催されるパーティで大っぴらにらい尽くした。体の関係を押し付けるだけ押し付けておきながら、どうでも良い時は冷たく突き放していた。スティーブ殿だけではなく他の男も食い物にしていた。今度はブレット殿に乗り換えて男漁りをしている……。まだまだありますが、気分が悪くなるだけです」

「……わかった」


 耳にするだけで心が腐りそうだ。

 こんな罵詈雑言をセドリックは毎日聞いているのか。よく耐えている。気付けなかった己が恨めしい。


「騎士団長が注意喚起を行っているので、これでも大人しくなった方だそうです。サリヤ様が最初に気付いて、騎士団長に報告したと」

「父は、俺よりも長くいるだろうに。最初、気付かなかったのか?」

「変な空気は感じていたかもしれませんが、全員が全員陰口に参加しているわけではないのです。大半は遠巻きにして様子見をしている、といったところでしょうか。陰口を叩く者もずる賢い」

「……」

「こう言っては何ですが……暴力など目に見えるほどのやり方ならともかく、陰口は気付かない様にやることも出来ますからね。本人にしかわからない様にささやく、とか」

「あー……まあなあ。しかも貴族の誹謗中傷って、家の方で何とかしろって感じだしな」

「はい。……どうにかして上の者が気付く手立てを増やしたいですね」

「そうだな……隠蔽いんぺいする奴はどこにでもいるからな」

「それに今回は、内容が徐々にエスカレートしていったみたいですから。最初はまだ耐えられる範囲だったのだと思います」


 それも初動が遅れた原因だ。

 最初はそれなりによくあること。次第に過激になり、対処出来なくなるほど膨れ上がる。最初が肝心というのは、まさにこういうことだ。

 ジークやハルシエは、ある意味お互いのことだけ考えて好き勝手に対処してきた。それが出来ない者の苦悩は、想像するしかない。


「……スティーブの方はどうなんだ」

「彼も少し遠巻きにされている感じですね。ただ、彼を慕う者はそれなりにいますので……。その中に、陰口を叩く者も当然います」

「全員じゃないのか?」

「僕がざっと見た限り、ですが。半々、といったところでしょうか。彼自身は事実無根ときっぱり言い放っていますし、陰口を叩き始めたらたしなめています」

「自作自演の可能性は」

「……申し訳ないですが、そこまでは。何とも言えないですが、僕の意見を言うのなら……嘘を吐いている様にも見えない、といったところですね。お二人が直接見て判断された方が早いかと」

「そうだな……」


 長年悪意にさらされてきたせいで、ジーク達はそういうものを見る目は備わっている。ジークの場合は、勘みたいなものが働く。

 ジークが騎士団に少し顔を出した時は、陰口を叩く者は確実に距離を取っていたのかもしれない。こちらを見ない様にさえ徹底していたのなら、注意を払っていない限り気付けなかっただろう。実際気付けなかった。

 とはいえ。


「……ハルシエなら気付くよな」

「魔法万歳」

「お前の魔法は万能だよな。……セドリックに悪意がまとわりついてたんだな?」

「うん。……ちょっと複雑かも」

「複雑?」

「ねじ曲がった感じ。トップにも付いてた。観察魔の時みたいな、一色一直線って感じじゃないね」


 ハルシエが複雑、というとよほどである。かなり面倒な手合いだ。

 友のために一刻も早く解決したいが、単純ではないのなら一網打尽にする必要がある。少し罠を仕掛けなければならない。


「あと、僕の所見ですと……。カロリナの言う通り、スティーブ殿の本を配る人間は厳選していると思います。むしろ、売る場所も厳選しているのではないかと」

「売る場所……そうだな。大っぴらには無理か。フリーマーケットじゃないってことだな?」

「はい。フリーマーケットは、定期的に開催されています。それなのに、僕やカロリナも含めて、お二人がくだんの本を売られている場所を知らないって変だと思うんです。フリーマーケットは、不特定多数がつどう場所。誰が手に取るかもわからない。それなのに、本を得たり、陰口を叩く者は選ばれている……」

「あー……、なるほど。ブラックマーケットってことか」

「はい。人を選んで噂を流し、時間と場所を限定して開かれる店。明らかな裏通りで開催されているかどうかは、調べてみないとわかりませんが」

「調べられるか?」

「もちろんです。早速取り掛かります」


 気負うことなく請け負うライナスは、やはり仕事が出来る。普段の仕事の合間に調べてくれるのだろうが、これは職場でも重宝されているだろう。


「売ってる人は、陰口を叩いている集団の中にいるだろうね」

「……そうなるか。てことは、騎士の確率が高いな」

「平民の間にも流れてるんでしょ。決めつけは出来ないよ」

「……ああ。そうか」


 公平で真っ平らなハルシエの口調に、幾分いくぶんジークも冷静になる。トバイアスの様な例もあるし、平民も疑ってかからなければならない。


「城下の方は私にお任せ下さい。支援している作家さんの伝手つてを使って調べてみますから」

「おう、助かるわ。頼んだ」

「はい! ハルシエ様にまた一つ伝説を残すため、セドリック殿をお助けするため、スティーブ殿の汚名――かもしれない汚名を晴らし、本にするため! 誠心誠意努めさせていただきます!」


 動機が全て本である。


 作家はたくましい。

 頼もしくもあるが、彼女にいたっては特に痛感させられる。


「じゃあ、俺達は明日、騎士団だな」

「致し方なし」

「あ、ハルシエ様も行かれるのですね。たまには外のお日様を浴びるのも気持ち良いですよね!」

「おひさま?」


 ぱち、と一つ瞬きして、ハルシエは寝転がったままジークの金の髪に手を伸ばす。



「お日様なら、いつも熱烈に輝く綺麗なものを浴びているよ。――ここからね」



 さらりとジークの前髪をひとふさまむハルシエの指が、求める様に髪先を撫でる。

 その指を手に取り、ジークもにやりと笑った。



「俺も、いつも綺麗にささやく夜空に包まれてるぞ。――ここでな」

「相思相愛だね」

「だな」



 間近で互いに微笑み合えば、目の前の二人ががたんと落ちた。



「こ、これが、本物の力……!」

「と、尊い……っ!」



 何やら騒がしい気がしたが、ジークもハルシエも無視をする。

 結局は、二人の時間が必要なのだ。心の安寧あんねいのために。


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