第五話 早くさつまいもの肉巻きが食べたい


「そうそう。これ、アキノーラっていう人が書いたBL小説なんだけどね」


 まだ続くのか。


 ハルシエが当然の様に続きを話し始めたので、ジークは再びぐっと詰まりそうになる。

 だが、その名前には聞き覚えがあった。


「アキノーラって……さっきカロリナ嬢に話した時に出た作者か?」

「そうそう。元々この人は、出版社通さずにBL本を書いて出版してたんだよね」

「出版社通さずに? ……あー。ここ数年で出てきた自費出版ってやつか?」

「そうそう。印刷とかもろもろ、全部自分でやって出す本。大変らしいけど、出版社を通さない分、表現がずっと自由に出来るみたいでね。そういうの扱う専門の店も出てきたし、需要もかなりあるから、王家も黙認してブームになってるんだって」


 ジークも噂程度には聞いていたが、そこまで盛り上がっている分野だとは知らなかった。ハルシエは自分の興味のある方面では、ジークよりも知識が豊富である。

 しかし、自費出版ともなるとかなりの金を要する。平民だとパトロンでもいない限り無理だろうなと、詮無せんないことを考えた。


「それの火付け役が、アキノーラって人。僕と君のBL本を出したら、それが予想以上に売れたらしくて」

「わーお。俺達、人気者ー」

「ね。僕なんかぐうたらしてるだけなのに」

「……しっかし、自費な上にBLでモデルありか。かなり攻めたな。モデルフィクションっていうジャンルがあるとはいえ……実際よく俺達で出そうと思ったな」


 モデルフィクション。

 実在する人物をモデルとし、フィクションとして売り出すジャンルだ。

 昔はとんでもないと禁止にされていたが、十年ほど前に法として整備されて以来徐々に広まっているジャンルである。

 曰く、モデルにする人物の家の当主が許可したらOKという、許可の条件だけは簡単なものであるが、それを制定したのはハルシエの父だ。豪胆過ぎる。――つまり、二人の本を許可したのも、ハルシエの父(+ジークの父)というわけだ。豪胆が過ぎる。



 しかし、このジャンル。割と実利が絡んでいるのだから面白い。



 というのも、あくまでキャラもモデルを参考にしているだけで名前は違うし、内容も虚構というていではあるが、政治として扱われている側面もあるのだ。

 実際に、家の当主が己の評判を上げるために、作家に小説を依頼する場合があるからだ。上手く人と話せない貴族が、本当はどんな心の内を抱いているのか作家に代弁してもらい、社交を広げたという実例もある。

 人を陥れる内容は罰せられるが、上手く使えば印象操作を出来るということで、その辺りの法の整備だけはがっつりされていた。そのあたりもハルシエの父といったところか。

 だが、それとこれとは話が別だ。


「俺達の本って、別に実利はないよな……」

「無いねえ。でもまあ、父上もファルクス団長も、嬉々として了承したみたいだからね。BLってところで恐いもの見たさがあったみたい」

「へ、え……」

「アキノーラも丁重に、かつ壮大に緻密に内容を吟味しながら書いたみたいだよ」

「……。へえ」

「まあ、それが売れて以降、アキノーラはモデルがいるいないに関わらず、BLの小説を出し続けて人気になってるんだよね。今は商業でも本を出してるよ。そっちはノーマルだったりオリジナルのBLだったり様々らしいけど」

「へえ……。……もう、へえ、しか出ねえよ、感想が」

「語彙力が貧困なんじゃない?」

「そりゃお前に比べたらな!」


 まさか、知らないところで勝手に許可を出され、勝手に本を出されているとは夢にも思わない。

 どうでも良いが、確か自費出版は通常の書物より高めの値段設定になっていると聞いたことがある。それでも大量に売れたのなら、それだけ希少性だけではなく、文章力が高く、内容も良かったのだろう。そう思わないとやってられない。



「それに、この人のBL本。他のモデルフィクションと違って、円満な関係に一役買ってる事例もあるんだよ。えーと、……同学年だった騎士学院のトップと万年二位」

「……それ、本人の前では絶対言うなよ」

「あの二人、自分達をモデルにした小説を読んで、『お前……今までそんなことを思ってくれてたのか?』『貴様こそ……まさか、こんな……』とかなって、ピンク色の背景の中で仲直りをしたって聞いてる」



 マジかよ。



 確かにあの二人は顔を合わせればいがみ合っていたが、ある時を境にかなり親密な関係になっていた。

 しかし、それが、まさか、BL本が功労賞だったとは。あまりの現実離れした真実に思考を放棄したくなる。


「ああ、そうそう。この僕達の本、シリーズ七冊目だから」

「多いな⁉」

「これ、四ヶ月前の新刊」

「意外と最近だな⁉」

「こんな表面だけの僕達でも需要があるんだね。まあ、僕も良いかってなったから、そのままにしてる」

「なあ、俺の父さんはどうして俺には何も言わなかったんだ?」

「忘れてるんじゃない」

「ありえる!」


 豪快な父の笑い声が聞こえてくる様だ。大雑把な彼ならば、解決したと思ったら伝達を忘れる傾向がある。


「一応、他の当主達は、モデルになる本人にも意見を聞いてるみたいだから。僕達とは違うし、大丈夫じゃない?」

「だったら、俺達にも意見を……ああ、もう良い。どっちにしても変わらない気がする」

「そうそう。でも、このアキノーラていう人、四ヶ月前を――」


 ハルシエが尚も何かを説明しようとした時。



 ぴんぽーん。



 呼び鈴が鳴った。

 即座にハルシエは本をかぶって寝た。


「食事中です」

「食べてねえし、寝てるじゃねえか」

「さつまいもの肉巻き、作ってくれるって言った」

「言ったけどよ」

「食事中です」

「……。悪かったよ。さっさと作らなくて」

「食事中だから留守です」

「無理ありすぎんだろ」


 ハルシエが強引に押し通そうとしたその時。



「ハルシエ様! お願いします、ハルシエ様! 僕はライナス・ジョーサンダーって言います! 相談したいことがあるのでどうか、ぜひ会ってください!」



 何と、今度はカロリナのストーカーが大声で訪ねてきたのだった。


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