第六話 さつまいもの肉巻きが食べたい人生だった


「食事中です」

「悪い。こいつ、食べることと飲むことと読むことと寝ることにしか興味ないんだわ」

「大丈夫です! ご安心ください! 僕もカロリナ嬢にしか興味がありません!」


 すごい面子めんつが揃ったな。


 ハルシエも大概たいがいだが、このライナスという銀髪の青年も大概だ。ハルシエの態度に戸惑うでもなく、拳を握って堂々と己の欲望を宣言するあたり大物である。ジークは今から遠い目をしたくなった。



 しかし、これが、ライナス・ジョーサンダー。カロリナがストーカーとして相談してきた犯人。



 そんな彼が大手を振ってハルシエを訪ねてくるとは。

 カロリナが行く先々に現れたというから、見張っていたのだろうか。先程の家を窺っていた気配とは違うが、注意が必要だろう。


「改めまして。僕はライナス・ジョーサンダーと申します。アウトライト公爵にお伺いを立てたら、ハルシエ様に相談すると良いと助言を受けました」

「……チ チ ウエ……ナ、……ゼ……ッ」

「マジかよ……」


 公爵が仲介したとなると、この二人の件について何も知らないということはない。つまり、故意だ。

 一体どういうことだと勘ぐったが、当のハルシエは雷鳴が直撃した如くショックを受け、本を頭にかぶって狸寝入りである。


「はあ……寝てます。ご用件はおとといどうぞ」

「ハルシエ様。過去を振り返ってばかりでは、未来へは進めません。だからこそ、僕はあえて前へ進みます! それでハルシエ様、カロリナ嬢が僕と会ってくれないんです! 何とかしてください!」


 すごい相談きたな。


 会いたくないカロリナに、会いたいと猛烈にアピールするライナス。完全に相反する相談は、他人事でなければ少し面白い。

 しかし、ライナスは想像していたよりもずっと明るくて猪突猛進な感じの、話が通じないごくごく普通の青年にジークには見える。

 もしかして、彼は自分がストーカーと化している可能性には全く気付いてはいないのだろうか。


「あー、ライナス殿。お前、逃げるカロリナを追ってるって風の噂で聞いたんだが」

「そうです! 彼女、三ヶ月前から急に会ってくれなくなったんです! 追いかけても逃げるんです! 説得してください!」

「それ、ストーカーって言わないか?」

「ストーカー⁉ この情熱あふれる紳士な僕がストーカーなら、この世の全員ストーカーですよ!」


 どんな理屈だ。


 思わず声に出したジークのツッコミに、僕ですから、と答えるライナス。

 とんでもない人間が現れた。これは、何を言っても自分理論で話を捻じ曲げられそうだ。えらい人間に引っかかったものだと、カロリナに少し同情した。

 しかし。



「ふーん。ライナス殿は、カロリナ嬢のことがすっごい好きなんだね」

「そうなんです! あの、ぱっちりとした可愛らしい瑠璃色の瞳に、甘いはちみつ色の流れる絹糸の様な髪! 伏せるまつ毛は艶やかで、凛とした声を奏でる桜色の唇。好きなものに真っ直ぐに走る情熱に、くるくると回る表情は、僕の心を捕らえて離さない……! 特に物語について真摯に向き合う彼女の姿を、僕は生涯隣で見守りたいと思っているんです! 彼女は素晴らしい女性ですよ!」



 淡々としたハルシエの相槌に、胸に手を当てて熱烈に語るライナスは、本気でカロリナに恋している様だ。事前に彼女から背景を聞いていなかったら、とてもではないがストーカーとは思わないかもしれない。いや、やっぱり思うかもしれない。


 それに、ジークの騎士としての勘に引っかからないのも気になる。


 様々な悪党を目の当たりにしてきたジークは、それなりに悪意に敏感だ。それこそサイコパスな人間も大体見抜けると自負しているし、危険な匂いも高確率で当てられる。

 ライナスは、ところどころ話が通じない感じはあるのだが、そこまで危険視する人物ではない気がするのだ。


 しかも、この家にすんなり入れたということは――。


 勘が鈍ったかと困惑する合間にも、ハルシエがやはり淡々と相槌を続けていく。


「そう。君のカロリナ嬢への愛はわかったよ」

「わかってくださいましたか! やはりハルシエ様! わかってくださると思っていました!」

「僕、お腹すいたんだ。だから相談はまた今度ね」

「何と! それはいけません! 腹をすかしては戦はできぬと、先人からの大事な言い伝えがあります! ぜひとも食べましょう! 僕もおなかがすきました! 夕方ですもんね!」

「そうでしょ。ジーク、食べたい」

「はあっ⁉」

「あ、僕が作りましょうか!」

「嫌だよ。今の僕は、ジークのさつまいもの肉巻きが食べたい人生なんだから」

「さつまいもの肉巻き……! 素晴らしいです! この世の春ですね!」


 何だかどんどん悪い方向へ突っ走っている気がする。二人の会話はまるで噛み合っていないのに、何故か方向性だけはとてつもなく噛み合っていた。

 そんなジークの嫌な予感は、嫌なことに嫌というほど当たる。


「ジーク。ついでに、ライナス殿の分も作ってよ」

「はあっ⁉」

「え! じゃ、じゃあやっぱり、僕も手伝った方が」

「やめてよ。僕が食べられなくなるじゃない」

「おお……っ。本当だ。あの小説通り、ハルシエ様はジークリート殿の食べ物しか食べられない、と」


 何やら意味不明に感心して納得しているライナスに、まさか彼もあの問題ある小説を読んでいるのかと目を疑った。男性の間でまで人気なのかと、ジークは気が遠くなりそうだ。

 しかし。


「……わかったよ」

「じゃあ、僕は寝るね」

「寝ないでください! 僕の相談を聞いてください!」

「ぐー」

「カロリナ嬢と出会ったのは、三年前。あれは神々が舞い降りるかの様に隅々まで晴れ渡る青空の下でのことでした――」


 カオスだ。


 ぐー、と言いながら狸寝入りするハルシエと、好き勝手にカロリナとの出会いから語り始めるライナス。この間に挟まれなければならないのかと、ジークは頭だけではなく耳も痛くなる。

 だが。



 ――ハルシエが作れって言うからなあ。



 彼が他人を巻き込む主張をしたならば、ジークは応じるしかない。

 さて、どんな問題が出てくるやら。

 楽しみな様な、逃げたい様な。

 複雑な気持ちを胸に渦巻かせたまま、ジークは冷蔵庫から豚肉を取り出した。


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