第十二話 僕は溺愛されている


 早々に書店を出て、黙々と大通りまでの道のりを歩く。

 どうやら、用事はあれだけだったようだ。ハルシエは無感動に家への道筋を辿ろうとしている。


「ハルシエ。アキノーラがどうかしたのか?」

「うん。彼女、四ヶ月新刊出してないんだけどね。今までの傾向だと、二、三ヶ月に一回は何かしら出してるんだよね」

「へえ。すごい精力的だな」

「発売しては書き溜めてを繰り返してるみたいでね。四ヶ月も出ないのは初めてのことだから、アキノーラ界隈はざわざわしてるみたいだよ」


 二、三ヶ月に一回も新刊を出して、体を壊さないのだろうか。むしろ、そこまでネタがぽんぽん出てくる頭に感銘を受けるべきか。

 それはともかく。

 ハルシエは、あの書店の前店主をそれなりに信用している様だった。

 今の店主のトバイアスは何というか――ジークのセンサーに引っかかるのだ。何となくあまり付き合いを持ちたくない。ハルシエを見つめる視線もどことなく不快だった。確たる証拠は無いが、二度と会わせたくない。


「ハルシエ。今度どうしてもあの書店へ行きたいなら、俺も付いて行くぞ」

「わーお。僕、溺愛されてるね」

「したくもなる。俺はあいつ、嫌いだ」

「はっきり言う君が僕は好きだよ」

「俺もだよ」


 はたから見れば、恋人の会話に聞こえなくもない。

 いつもこんなもんかと思いつつ、それは周りも誤解するかもなと、ジークはこの年齢で気付かされた。


「……もしかして、カロリナ嬢のこと調べてんのか?」

「ジークは昨日、遣いを出してたよね?」

「……一度相談は受けたからな。二人の話が噛み合わない以上、ろくでもない事態だろうなとは思ってる」


 ストーカー、という問題自体は間違いではないかもしれないと考えている。

 相手がライナスで無いことは分かった。二人の話を総合すると、むしろカロリナは彼を遠ざけようとしているのではないだろうか。

 それに。



 ――二人とも、紅茶の色見て、相手の目の色思い出してたもんなあ。



 振り返ると、色々符号が重なる。恐らく、恋仲だ。付き合っているかまでは知らないが、互いを大事に思っていたのだろう。家格としても問題は無い。


「父上が問題解決すれば簡単なのに」

「お前に頼んだんだから、何か意図があるんじゃねえの?」

「僕はニートです」

「はいはい。確かにニートだよ」

「そんな君にお仕事を頼みます」

「は? ――」


 いぶかし気にハルシエを振り向くと同時、物騒な気配が遠くで上がる。

 ハルシエをひょいっと片手で抱え、ジークは軽やかに地面を蹴った。住宅街の奥へと取って返し、細い路地へと滑り込む。


「うるせえ! 邪魔すんなよ!」

「お、ねが、い、……で、……つ、……妻、にはっ、――がっ!」

「死ね! このクズが!」


 近付いていくにつれ、聞くに堪えない罵声と鈍い音が上がる。悲鳴と泣き声が入り混じった女性の声に、ハルシエは予備動作もなくジークの手からすり抜けた。

 行って、と無言で促す彼に、ジークは迷いなく駆ける。この距離なら、ハルシエごと守れるという判断だ。


「借金作ったお前らが悪いんだろうがよ! こいつは借金のカタにもらってくぜ!」

「さ、せ……ぐあっ!」

「あなた!」

「見てくれはいいからなあ。高く売れるし、たくさんかわいがってくれるだろうよ。へへ……ま、売り払う前に俺らで『味見』してやるからなあ」

「あ、ある、……ま……っ!」


 足蹴にされた男性が、必死に捕まっている女性に手を伸ばしている。

 だが、それすらも残酷に踏みつけ、囲っていたごろつきの一人がナイフを取り出す。


「男は殺せって言われてっからな……。せいぜい、いーい声上げて死んでくれよおっ!」


 ナイフを振り下ろし、愉悦に歪んだ男の顔が。



「――いい声上げるのはてめえだろ」



 どごおっと、爽快な打撃音と共にめり込んだ。

 そのままナイフを持っていた男の腕を、ジークは足を振り下ろして叩き折る。ぎゃあああ! と悲鳴が響き渡った。良い声である。


「な、て、……てめ……っ!」

「泣く子も黙るジークリート副団長参上ってな。白昼堂々よくやるぜ」

「じ……?」

「……げ、げえっ! ジークリートって、……屍の山の上で高笑いしてたとかいう、鬼畜副団長って奴じゃ……!」

「よくできました。――悪い子はみんな、仲良くおねんねしてな」


 ウィンクしながら、ジークは女性を捕らえていた男の腕をひねり上げた。そのまま空高く放り投げ、近くにいた男のあごを蹴り上げる。

 痛快な打音から逃げる様に、残っていた男達が一目散に逃げ出した。

 だが、それを許すジークではない。



「よう。何だ。鬼ごっこか?」

「ひ、ひいっ⁉」

「鬼畜副団長様が、誠意をもって鬼を務めてやるよ」



 颯爽と男達の前に躍り出て、ジークは足払いをかける。

 面白い様に地面とキスしていく男達を踏み砕き、あっという間にかき集めて山にした。屍の山の完成である。


「あー、気持ちいーなー。お天道様もにこやかに笑ってるぜ」

「わーすごーい。ジークすてきー」

「当たり前だろ。天下の副団長様だからな」

「そうだね。みんな骨折られて逃亡できないだろうし、連絡してあげる」

「おう、頼むわ。――」


 言いながら、ジークはさりげなく体をずらしてハルシエの視界を隠す。

 ほぼかれた女性と、殴られて見るも無残に倒れ伏す男性。



〝――、……ジー、ク?〟



 一寸、暗がりの過去の光景が脳裏に映し出される。



 すぐに瞬きして消し飛ばしたが、自分でも分かるほど自分が落ちていった。あまりハルシエに見せたい光景ではない。


「ジークって、やっぱり溺愛系だと思うよ」

「……ただの自己満足だよ」


 魔法で伝達し終わったハルシエが、ジークの背で淡々と呟く。

 だが、その淡々とした声音に喜びが混じっていたのは、きっと気のせいではないだろう。

 己が羽織っていた騎士服を脱ぎ、ばさりと女性にかけてやる。


「先に男性の手当をする。命に別状は無さそうだ」

「ほ、本当ですか⁉」

「もうすぐ応援が来るから、詳しい話はそちらでしてくれ」

「あ、ありがとうございます……っ! 助けて下さってありがとうございますっ。もう、本当に駄目かと……っ。ルーク、良かった……良かった……っ」


 息も絶え絶えな男性の手を握り、くしゃくしゃに顔を歪める女性。そんな女性の手を弱々しくも握り返し、安心させる様に男性が微笑む。

 この二人はとても仲が良さそうだ。借金がどうのと言っていったが、住んでいるだろう家屋を見るに、素朴ながらそこまでひんしているとも思えない。


「しかし、借金がどうと言ってたが。何かしたのか?」

「い、いいえっ。……私達は、表通りで小さな店を切り盛りしていますが、誓って何も悪さはしておりませんっ」

「……さ、いき、ん。商、品を……仕入、たと、きに……、契、約の、価格が、いきなりたか、ねに……」

「あなたっ」


 ジークがてきぱきと手当をしている間に、少しだけ回復したのか男性が事情を話してくる。

 助けてくれたことに感謝を述べながら明かされる話を、ジークは整理した。

 贅沢はできなくとも、生活に困らないくらいには商いを成功させていた夫婦。

 だが、最近主人が変わった問屋から、交わした契約を正しく履行していないと責められ、強制的に金貸しから借金をさせられたという。

 異常なまでに短い返済期間と膨大な金額に、訴えようとしても邪魔が入り、こうして奴隷落ちさせられそうになっていたというのが、先程の光景だ。


「……。少し調べるか」


 書店の店主も三ヶ月前に変わった。

 思い出し、ジークは背中にうすら寒い何かが走った気がした。


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