エピローグ ぐうたらは最高だね
「ハルシエ。生きてるか」
朝も早く、鳥たちもかしましく
ジークが元気に出勤してくる。手に携えた多数の袋は、当然自分達が食べる食料だ。
「寝てます」
「起きてんな」
「いびきかいてます」
「勝手に会話をいびきにするなよ」
「ジークもいびきかいてます」
「俺の言葉までいびきにするんじゃねえ!」
ひどい言いがかりに、ジークはどさっと持っていた袋をキッチンに置く。
生きていることは確認した。元気で何よりだ。
「ソファじゃなくてベッドで寝ろよ。体痛めるぞ」
「えー。だって、ソファで寝るから、いっそうぐうたらが最高になるんじゃない」
「へえへえ。朝食作ったら起こすからな」
「今日は?」
「もう一度フレンチトースト。昨日仕込んどいた」
「ん」
「耳つけっぱなしで作るわ。かりふわにしてやんよ」
「ん」
にょきにょきと生える様にソファの背から顔を出すハルシエに、ぶはっとジークは噴き出す。よほど楽しみな様だ。好きすぎるだろ、とおかしくなる。
ジークの副団長としての仕事は、もっぱらハルシエのお世話だ。
否。
魔法神の加護を受けたハルシエの、護衛だ。
神の加護を受け、かつ特殊で狙われやすい魔法使いを保護する制度がアウト王国にはある。
ジークはその役割を拝命しただけだ。
勝ち取る時、念のためにコネも使った。ハルシエも、ジークの護衛以外は受け付けないと突っぱねた。
ハルシエの性格を存分に知り尽くしている上層部は、当然満場一致で受け入れた。
ごねた輩はいつの間にか席を消し飛ばされていたらしい。公爵も父である騎士団長もついでに王族も強いのだ。
実際、ジークは将来有望と誰もが一目置く実力がある。彼以上に護衛役として適任はいなかった。
きっと、この先護衛が変わることはないだろう。周りも交代など思いつきさえしないという風潮だ。
今の生活にはとても満足している。
ハルシエを一人にするなんて考えられない。
学院時代は、近くても通う学院が違うから正直心配が尽きなかった。――主に、先生達を困らせるという意味で。
「毎日フレンチトーストでもいい」
「毎日自発的にお風呂に入ったら考えてやるよ」
「毎日フレンチトーストだったら考える」
「じゃあ、無しだな」
「……。善処する」
「お前の善処は、まったく信用ねえなあ」
「善処は善処だから善処という意味で善処って言うんだよ」
意味わかんねえ。
悪あがきをするハルシエに、ジークは取り合わない。――回数は増やしてやるかと思うのは、ハルシエに甘いからだろうか。
ふと、朝食作りに向かうジークの元に、暖かな空気が流れ込んでくる。
前を見れば、窓の外はすっかり春爛漫といった景色だ。窓から差し込む光は穏やかで、家の中を優しく包み込んでいく。眩しすぎず、適度に照らされる明かりは、心地良い陽気をジーク達にもたらした。
「俺も朝食食べたら昼寝すっかな」
「朝なのに昼寝」
「いいじゃねえか。どうせ、三時過ぎまで寝るだろ」
「うん。寝る」
ぽかぽかした陽気につられ、ジークにも眠気がやってくる。ハルシエのぐうたらが移っただろうか。
しかし、それは平和な証拠だろう。しばらく相談ごとはごめんだ。ハルシエとの時間が減る。もったいない。
「そのうち、ピクニック行きたい」
「お、いいな。弁当たくさん作るか」
「でも出かけたくない」
「どっちだよ」
「ジークが運んでくれるなら行くよ」
「歩かせるからな」
えー、という抗議には取り合わない。少しは運動してもらわなければ筋力が衰える。何もないところで転んだら目も当てられない。
だが。
こんな日が、ずっと続けば良い。
願いながら、ジークが切ったパンをフライパンに乗せようとすると。
ぴんぽーん。
「……………………」
何とも言えない沈黙が、二人の間を支配した。
そして。
「寝てます」
「寝てねえ……」
「寝てます」
「本人達に言えよ……」
ハルシエが本を顔にかぶせて狸寝入りする。もう見慣れた光景だ。
しかし、外にいるのはつい最近も顔を合わせた人物である。
「ハルシエ様ー! お礼に伺いました!」
「ハルシエ様、ありがとうございました! あの、
相談ごとでは無さそうだ。
それでもハルシエは動かない。いやだ……とかき消えそうな声が、本の下から
迎えるだけ迎えて、あの二人には勝手に
その後、たっぷり二人きりの時間を作れば良い。
一日の計算をしながら、ジークは「はいはい」と玄関に向かったのだった。
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