第二章 ぐうたら魔術師は、外でもぐうたらしていたい
プロローグ 二人のフレンチトーストは無敵
穏やかに晴れ渡る休日の昼下がり。
ハルシエの暮らす城下町の一軒家で、ジークは華麗にフライパンを操っていた。皿の上にほどよく焦げ目の付いた最後のトーストを移し、よし、と満足げに頷く。
「ハルシエー。午後の紅茶のお
ベッドの上でころんころん転がりながら眠りこけるハルシエに、ジークは声をかける。
んむ、ととぼけた返事が聞こえた。これはまだ寝ている。相変わらずだ。
「……んー。これは、それなりに夢の中か」
歩み寄り、腰に手を当てジークはハルシエの寝顔を眺める。とてもあどけない。もう20歳という青年に達しているのだが、見た目だけだとジークより年下に見えるだろう。
そんな彼が存分に転がりながら眠りこけているベッドは、キングサイズより更に広い特注サイズだ。
どうせジークも一緒に寝るでしょ、と家を買う時にとんでもなく大きいサイズをどーんと買ったらしい。大人二人でも快適に眠れる大きさである。――否、ころころハルシエが転がってくるので、割と狭い。ハルシエだけが広々と使っている。
ちなみに、いつも
おかげで、ハルシエが寝た上でジークも座れる。ついでに、座ったまま寝ても頭を背もたれが受け止めてくれる。素晴らしい造りだ。ぐうたらに全力過ぎるハルシエである。
そんなぐうたらに全力なハルシエの寝顔は、今日もぐうたら幸せそうだ。
「……これは、まだ起きないか?」
笑いながら、ベッドの端にジークが座った途端。
「……美味しい」
ぎゅむっと、ハルシエがジークの腕を
緩々と開いた夜空の瞳は、深い
「おい、ハルシエ。俺は食べられないぞ」
「美味しい匂いがする」
「お前、どこまでも食欲に忠実だよな」
「美味しい匂いがする人生」
「わかったわかった。フレンチトースト、出来てるぜ」
「美味しい」
のそっと起き上がったハルシエが、眠そうに
腫れるぞ、とジークが止めると、溺愛、と呟かれた。断じて溺愛ではない。
カロリナのストーカー事件からおよそ二ヶ月。
五月も下旬を迎えたこの季節は、アウト国では穏やかな気候が続く。あれから相談事も無く、とてものんびりした暮らしを
変わったのは、二週間くらいに一度、カロリナとライナスが訪ねてくるようになったことだ。
カロリナは主にハルシエのファンになったらしく、彼専用の観察魔と化した。ライナスはジークを「師匠!」と仰ぎ、料理を教わりに来ている。
初めの頃。ハルシエは本を頭にかぶってずっと寝たフリを続けていた。
しかし、カロリナが話す内容は案外興味深いものが多いらしく、今では話半分くらいは耳を傾けている。むしろカロリナの方が、「これはハルシエ様は興味が無い、じゃあ次は」と色々試している感じだ。実験魔でもある。作家は恐い。
しかもこのカップル、結構優秀なのである。
ライナスは数日でカロリナの事件の黒幕に辿り着いた。その上、騙された自費出版専門書店の店主を
カロリナはカロリナで、モデルフィクションに携わる関係上、色々な貴族の情報を
人の名前も家格も興味が無ければ全く覚えないハルシエが、愛称とはいえ二人を覚えている。
つまり、いざという時には働いてもらう心づもりなのだ。
ハルシエはぐうたらするために、使えるものは使う主義だ。これこそぐうたら全力主義である。
「今のうちにのんびり二人で食べとこうぜ。どうせ今日、来るぞ。あの二人」
「寝てます」
「来ても寝てるだろ」
「食べてます」
「来ても食べてるだろ」
「留守です」
「いつも堂々と居留守使ってるよな」
「バリエルです」
「諦めて寝ながら食べて留守にしてろ」
寝ぼけながらよろよろ椅子に座るハルシエの頭を、ジークはぽんぽんと撫でる。んむ、と気持ち良さそうに声を出したので、機嫌は悪くないらしい。
何だかんだで、ハルシエは本気で嫌がるなら、魔法で家に入らせない様に出来る。それをしないということは、一応は認めているということだ。
「んじゃ、いただきます」
「人生、いただきます」
聞き様によっては仰々しい挨拶と共に、ハルシエが素早くフレンチトーストに手を伸ばす。
もきゅもきゅと幸せそうに頬張る彼を眺め、ジークもトーストを口に放り込んだ。
ふわっと、甘いバターと卵の香りが舌に広がる。今日もよく出来たと自画自賛した。
「ジークのフレンチトーストはいつも美味しい」
心を読んだ様なハルシエの感想に、ジークの頬も緩む。
「お前のフレンチトーストも美味いぜ」
「つまり、二人のフレンチトーストは無敵」
「そうだな。無敵だ」
笑いながら頬張り、ハルシエの淹れてくれた紅茶を飲む。
本日の午後の紅茶はバナナミルクティーだ。アッサムのふっくらとした豊かなコクとバナナの優しい甘みが溶け合って、体に満ちていく熱が心地良い。確か安眠やリラックス効果もある紅茶だとハルシエから聞いた。――余計にハルシエが寝そうな紅茶である。
「ジーク。おかわり」
「おう。あれだけ山の様に積んだのに、早いなー」
「美味しいものが早く無くなるのは、もはや運命」
「……確かに」
皿を差し出しながら、ハルシエが無表情で目をきらきら輝かせている。彼の持論にも納得してしまい、思わず噴き出してしまった。
こいつ、二人が来ても食べ続けるんだろうな。想像して、ジークが笑いながら皿を受け取って立ち上がった時。
「……お」
ジークが扉に目を向けると同時、ハルシエもちらりと
家に二人ほど近付いてきている。
いつもの気配ではない。
だが、知っている気配ではある。
「珍しいな」
ジークが玄関へ向かう間、ハルシエは無表情で紅茶を飲む。
そして。
「――うわっ」
ジークが唐突に扉を開けると、すぐ
「よう。ブレット、セドリック」
「お、おう! 悪いな、休日に」
「ハルシエもお久しぶりです。お邪魔します」
騎士学院時代の友人二人が、突然家にやってきた。
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