第二十話 脱いで。恥ずかしがらずに


 読書を開始し、たっぷり二時間が経過した後。



 ぐでえっと、ソファに横たわるジークとスティーブの姿があった。

 ハルシエはジークの膝枕を受けながら淡々としている。猛者もさである。


「……永遠に読み終わらないかと思ったぜ」

「ジーク、読書力が足りないよ」

ちげえだろ。どう考えても中身のせいだろ」

「拉致監禁メリババッドは、基本だよ」


 何のだよ。


 ハルシエの事も無げな断言に、ジークは思わず突っ込む。当然スルーされた。解せない。

 しかし、事前に耳にしてはいても、実際に読むのとは大違いだ。この本を入手した人間は、よくぞ読み切ったと変に感心する。しかもスティーブにそっくりそのまま同情したのなら、頭が足りない。

 どう考えても、この物語が真実なら犯罪だ。訴えるレベルだ。こんな回りくどいことをしなくても、証拠を持ってしかるべき場所に相談に行けば一発である。

 確かに昔なら葬り去られた事例も多いだろうが、今は健全な王族が国を治めている。訴えを退けはしないだろう。

 だが。



 全てが事実ではなくとも、真実も一部あるのではないか。



 そう思わせるには充分過ぎるほどインパクトが強烈だった。疑いを持っていなくても、無意識に疑いを持ってしまう。そんな歪んだ力を持つ内容だった。


「……っ、……正直、ボクをモデルにしてある、というのがきついです。こんなものを不特定多数に読まれた、なんて……っ」


 吐き気をこらえながら、スティーブが口を押さえて震えている。自分ではないのに、さも自分が受けたかの様な仕打ちを長々と羅列され、苦しそうだ。

 描写も鮮明だったし、嫌でも場面を想像してしまう。それも気持ち悪さに拍車をかけていた。


「薄幸美人」

「は、はい」


 唐突にハルシエに声をかけられ、スティーブが上ずった声で返事をする。

 だが、次に出された声は、更に上ずったものとなった。



「脱いで」

「へあっ⁉」



 ハルシエのとんでもない要求に、スティーブがソファの上で後ずさる。無意識に襟元を締める仕草は、己を守る意思が如実にょじつに反映されている。


「恥ずかしがらないで。脱いで」

「い、い、いや、え、いや、ここ、か、カロリナ嬢……っ」

「じゃあ、いて、ジーク」

「へえへえ」

「え? ふ、く? 副団ちょ……ぎゃ、ぎゃあああああああああっ!」


 いつもの儚げな容貌からは考えられないほどの大絶叫に、ジークは声出るじゃねえか、と感心した。

 カロリナはライナスによって、にこやかに背を向けさせられていた。ライナスがばっちり観察しているのは、後でカロリナに体つきを伝えるためだろう。プロだ。


「ハルシエ。これでいいか?」

「うん。いい」

「よし、もう着ていいぞ」

「う、う……、ろしゅつきょうにされた……、女性の前で」

「だらしねえな。宿舎や訓練でも、普通に上半身くらい脱ぐだろうよ」

「下半身もそれなりに脱がされましたよね⁉ 女性の前なのに!」

「誤差だろ」

「誤差じゃないです!」


 女性が、女性が、と項垂うなだれているスティーブに、ジークは呆れ返るしかいない。正直カロリナは、全てライナスが何とかしてくれる。むしろ「ネタのため!」と嬉々として観察しそうだ。

 そんな一悶着があった後、何事も無かったかの様に話は続いた。


「カロリナ。これを上回る小説、書けるな?」

「もちろんです! お任せください! ……あ、むしろセドリック殿やブレット殿に共同で許可をもらって、スティーブ殿を主役にした物語を書いても良いでしょうか?」

「え……。二人にも許可をもらうのですか?」


 カロリナの提案に、スティーブが疑問符を浮かべる。

 そういえば話していなかったな、とジークが補足した。


「実は、セドリックの父親から依頼が来てるんだよ。今のセドリックの悪評を払拭ふっしょくする様な本を書いてくれって」

「え……」

「どうせならセドリックじゃなくて、スティーブに集約した方がいい。セドリックの悪評の原因の大半がスティーブなんだ。スティーブ本人に許可をもらって書き上げた小説が、広まっていた噂と全く逆だったら……動揺を誘えるし、上塗りも可能だ」


 ジークの後押しに、しかしスティーブの顔は浮かない。項垂れながら、首を緩く振る。


「それは、……そうなったら願ってもいないですが。でも、お二人が了承してくれるでしょうか。……いえ、むしろお二人のご両親はボクにお怒りになるのでは」

「そこは団長である父に仲介してもらう。何が何でも認めさせるさ」

「副団長……」

「だいたい、こうなるまで解決できなかった団長にも責任がある。少しは働いてもらわないとな」


 ふん、と腕組みをして鼻息を鳴らすジークに、スティーブがぐっと声に詰まった様な表情をする。

 ハルシエが膝の上から、ぽんぽんと腕を叩いてきた。癒される。ジークはハルシエがいないともう駄目かもしれない。


「誹謗中傷してた奴らはだいたい把握したが……カロリナ。城下はどうだ?」

「そうですね……。実を言うと、私やライナスの周りでそういう噂をしている人っていなかったんですよね。作家は、『本』が話題だから知った感じでしたし……」

「僕の方で少し調べたところ、どちらかというと、あまり素行が良くない者を中心に広がっている感じがします。例えば、魔法を使えるけど、身辺調査で魔法団に入れなかった人とか。素行に問題があって騎士になれなかった人とか」

「……。……もしかして」


 昨夜スティーブを襲い、警備隊に突き出した連中か。

 だとすると、城下で広まっている噂というのは、広めるのが目的ではなく、金を払ってきたない仕事をさせるための駒の可能性もある。

 噂が悪質であればあるほど、普通の感覚ではその渦中に入りたくはない。

 だが、金を求める人間であれば、その渦中に自ら飛び込んで裏仕事を引き受けるだろう。リスクが高ければ、それに比例してリターンも大きくなる。


「お前達の感覚では、まともな人間には広がっていないってことだな?」

「うーん、そうですね……。多少は流れているかもしれませんが、ほぼ関わり合いを持ちたくない人間で構成されています。むしろ、噂を流す相手を選んでいる様な感じがしました」

「騎士団と同じか……」


 王宮になるべく流れない様にしたのと同じ手法だ。

 つまり、最初にジーク達が抱いた感覚よりもずっと小規模で起きている。

 騎士団内は、セドリックを孤立させるために噂を流した。どちらに付くか迷っている遠巻きな人間が多いのを見るに、印象操作を上手くしたのかもしれない。


「わかった。よくやってくれたな。色々助かったぞ」

「もちろんです! 師匠の一番弟子を名乗るからには、これで満足は致しません。いつか、師匠とハルシエ様に『こいつが俺の一番弟子だ』と自慢される日を目指して頑張ります!」

「私は、『こいつに俺達の物語を書いてもらった……生涯の誇りだよ』と言ってもらえる様に頑張ります!」


 頑張る方向性をき違えている。


 とりあえず、平穏だけを望みたい。

 そんなジークの望みは、ハルシエが再びぽん、と同意する様に叩いてきた感覚に溶けるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る