第十五話 ブラコンなのは仕方がないよね


 がちゃっと前触れなく玄関で音がする。

 昼食の後片づけをしていたジークとハルシエは、特に動揺することなく出迎えた。気配が近付いてきていることに気付いていたからだ。



「兄上。生きてますか」



 開口一番に生存確認を放った人物は、ハルシエを少し幼くした面立ちだ。

 違うのは、眼鏡をかけていることと口調だろう。ハルシエをよく知らない者が見たら驚くかもしれない。


「バリエル」


 ぱあっと、盛大に後光を放ちながら、ハルシエが両手を広げて出迎える。――両手を広げるだけで、全く動かないあたりがハルシエである。少しだけ口元が緩んでいる部分が、歓迎を示してはいた。


「ああ、生きてましたか。ジーク様、ありがとうございます」

「おう。バリエルも元気そうだな」

「おかげさまで。昨日は大変でしたね」

「そうでもねえよ。優秀な部下に放り投げたしな。クッキーごと」


 ハルシエに淡々と駆け寄ってハグをしながら、バリエルがジークに礼を告げる。律儀だな、とジークは苦笑した。

 バリエルは、ハルシエの二つ下の弟だ。アカデミーに通いながら、絶賛後継者修行の真っ最中である。


「来年はアカデミー卒業だよな」

「ええ。つつがなく終わりそうですよ」

「バリエルなら、飛び級出来るのに。何でしなかったの?」

「アカデミーは、人を見定める格好の実験場……いえ、職場、いえ、舞台ですからね。将来『振るい』にかけるのに役立つんですよ」

「さすがバリエル。我が弟」


 よしよしと無表情に頭を撫でるハルシエに、バリエルは呆れ気味だ。満更でも無さそうだというツッコミは、野暮なのでやめておいた。

 彼はハルシエの生い立ちを見てきたからか、人一倍、いや人十倍警戒心が強い。



 故に、他人もまるで信用していない。



 誰が相手であろうとも、例えつい数分前までそれなりに友好関係を築いていても、必要ならば躊躇いなく切り捨てる冷徹さを持ち合わせている。

 そんな彼に、様付けで呼ばれると、何となくジークはいつもむずがゆいながらも、嬉しくなる。


 この国の敬称の付け方は、少し特殊だ。


 当主には爵位、公爵家の人間には様付け、後は殿か嬢となっている。

 例外的に親しい相手には様付けか呼び捨てとなるが、バリエルが愛称で、かつ様付けするのは、唯一ジークだけなのだ。ジークの両親や兄には、殿呼びだ。

 ジークは、ハルシエを一時期死の淵に立たせた原因なのだから恨んでも構わないのに、「貴方を信頼出来ないのであれば、他に誰を信頼すれば良いのです」と返された。公爵家はみんな、お人好しだ。


「兄上、ジーク様、今日はこちらで夕食を共に取りたいと思っているのですが構いませんか」

「おう、もちろん」

「バリエル、今日泊まる? 泊まるよね」

「私が寝る場所、ありませんよね」

「ジークなら川の字で一緒に寝てくれるよ。ベッドで」

「せめえよ」

「ジーク様は兄上としか寝たくないでしょう。何せ溺愛ですから」

「そうだね。溺愛だもんね」

「おい」

「どうせ両家とも、二人は一生他とは結婚しないと分かっていますから。いっそ籍を入れてくれれば、お兄様とお呼びしますよ」

「それ、合理的だね。虫よけにもなるし」

「おいお前ら、ちょっとそこに座れ」


 BL本ネタをぶっ込んできた兄弟に、ジークは人差し指で命令する。当然、無視された。


「そうそう。夕飯は私の方で用意しました。ハンバーグです」

「美味しい」

「まだ食べてねえよ」

「バリエルが作る料理がまずいはずがない」

「へえへえ」

「毒見もすませてありますよ。問題ありません」


 事も無げに告げるバリエルに、ハルシエがほんの少しだけ眉根を寄せた。むっとふくれているのは、気のせいではない。


「そんなことしないでよ」

「私に毒が効かないのは知っているでしょう」

「それでも、駄目。……危ないことはして欲しくないよ」

「善処します」


 しれっと眼鏡のブリッジを上げながら、バリエルが目をつむる。彼は、ハルシエのためならこれからも平然と毒見をするだろう。

 バリエルも、魔法神の加護を受けたと目される人物だ。



 彼には、未発見を含め、あらゆる毒が無効となる。



 己に、そして万物に仕込まれる毒を無効化し、反対にあらゆるものに強力な毒を仕込める魔法を操るのだ。

 ハルシエの加護でも毒を抜くことは出来るが、バリエルの力の方が遥かに強い。即効性も効果も段違いで、速度を求めるならばバリエルの力が必要となる。

 ハルシエの魔法はむしろ、『事前に遠ざけるための力』が強いのだ。人と遭遇しない様にする魔法などは、ハルシエにしか出来ないだろう。


 一歩間違えれば危険なバリエルの能力は、今度こそ公爵家の中で秘匿ひとくとされた。


 使用人でさえ知らない。徹底した隠匿は成功している。

 だというのに、ジークは知っている。おかしい。彼らの信頼の仕方が心配だ。こんなんで大丈夫だろうかと、割と不安になる。

 そんなバリエルの能力だが、これは先天的なものではない。

 後から突発的に開花した才能なのだ。



 恐らく、毒に苦しむ兄を見て育ったからだろう。



 兄を助けたい。毒を取り除きたい。安心して暮らせるようになって欲しい。

 その強い願いに神が応えたのではないかと、推測されている。魔法も神の加護もまだまだ解明されていない未知数なものだ。

 また、バリエルの毒に関する能力は、毒にも薬にもなるという言葉がある様に、薬にも特化している。

 故に、表向きは薬に関する力が少し強くなる、という方面で処理していた。それでも彼を狙ってくる輩はいたが、その時にはもうハルシエが圧倒的な力を付けて、加護を駆使して守っていた。

 バリエルはますますお兄ちゃんっ子になった。必然の法則である。


「兄上のハンバーグは、五個用意しましたよ」

「美味しい」

「まだ食べてねえ」

「ジーク様も十個用意しましたよ」

「俺、どんだけ食べる認定されてるんだよ」

「ついでに、アキノーラや平民暴行もろもろの情報も持ってきました。あとで共有しましょう」


 急に爆弾を放り込んでくるのは、兄弟故か。ジークは一瞬頭痛を覚えた。


「……部下に任せたはずなんだけどな」

「私も、早く『影』の使い方に慣れたかったもので。譲っていただきました」

「……逆らえる騎士は、いねえなあ」


 ハルシエが力の使い方を覚え、加護を駆使してからというもの、公爵家に裏切者はいなくなった。命に関わるほどの悪意を持つ者が家に入ることは叶わなくなったからだ。これも、事前に遠ざける魔法のおかげである。

 裏の仕事を担うアウトライト公爵家の『影』は、順調に育っているらしい。

 国の将来は安泰だな、とジークは末恐ろしい兄弟が仲睦まじくする光景を見て溜息を吐くのだった。


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