第十話 攻撃する時とは死ぬ時だけである


「踏み込みがあめえっ! 舐めてんのか!」


 滑る様に左から斬り込んできた騎士を、ジークは一歩踏み出すだけでけ、思い切り蹴り返す。

 吹っ飛んでいく騎士で背後の数人をまとめてぶっ飛ばし、動揺した真正面の騎士を木刀で叩き飛ばした。


「思考を止めんな! 死にたいか!」

「が、あっ!」

「その手の剣は飾りかっ⁉ 突っ立ってるだけなら猿でも出来る! むしろ猿の方がマシだ!」


 振るわれる剣を切り返し、ジークはがら空きになった鳩尾みぞおちに拳を叩きこむ。そのままハルシエを超えて飛んで行った騎士を尻目に、背後から斬りかかろうとした相手は左足を軸に回転して回し蹴りを食らわせた。


「作戦が単純なんだよ! 囮を使うなら、もっとひねってやれ! 正攻法でやるんならもっと効果的に使え! そんなんでお前ら、戦場で生きていけると思ってんのか!」

「ぐあ……!」

「一撃が軽い! 軽い奴は数を増やせ! 脇を締めろ! どいつもこいつもすきだらけだぞ!」


 最後の一人を切り飛ばし、ジークはハルシエの傍に辿り着く。

 第二グループ目はものの数分。第一グループよりも酷かった。

 ハルシエは「ジーク強い」と淡々と絶賛してくれた。それは嬉しい。

 だが。



「……お前ら、春の間何やってた! 団長の元でこの程度しか出来上がってないなんてありえねえぞ!」



 地面に倒れ伏す騎士達に、ジークは怒号した。

 正直、想像以上にまとまっていない。セドリックの件が大半の理由だろうが、これは酷すぎた。冬の方が騎士団として圧倒的に強かった。

 ジークは確かに、騎士団に長く留まらない。それでも二ヶ月に一回は、こんな風に大々的に訓練を付けていた。少ない回数であっても、騎士達は毎回少しずつ強くなっていたし、時折家に稽古を付けて欲しいと押しかけてくる騎士達もいた。


 しかし、今の騎士団は圧倒的に腑抜ふぬけだ。


 考えてみればこの二ヶ月、訓練に来る騎士がいなかった。

 ブレットとセドリックの不調は分かる。戦場では言い訳にもならないとしても、それでも頑張っている方だとは感じた。実際、この二人は第一グループ目でも最後まで数名と共に残っていた。

 そんな不調の二人よりも、誰も彼もがあっけなく崩れ落ちていく。その事実はジークを震撼させた。


「それでも国一番の守護者かっ! 少し見ない間にずいぶんと質が落ちたな」

「……っ」

「俺がいないせいにすんなよ。言っとくぞ。冬までは、俺がたまにしか顔を出さなくても、ちゃんと機能していた。むしろ冬の方が強い。――今のお前らなら、俺が本気を出したら一分で殺せるぞ」

「――」


 冷え切った視線で睥睨へいげいすれば、騎士達は一斉に青ざめた。

 特に新人達は目に見えるほど震えている。ジークやハルシエを侮った輩は、息も絶え絶えになっていた。これほど強いとはつゆほども思わなかったのだろう。

 調査としては、実を言うともう充分だ。ハルシエもとっくに悪意の元は嗅ぎ取っているだろう。

 だが、このまま帰るのは頭が痛い。あまりにも不甲斐ない騎士団の現状に、少しメスを入れた方が良い気がする。

 どうするか、とジークが考えていると。


「……あの」


 すっと手を上げた人物から、控えめな声が届く。

 その声の主に、ジークは心の中だけで軽く目を見開いた。ハルシエも意識だけそちらに向けている。

 燃える様な赤い髪に、儚げな空気をまとう騎士。

 スティーブ・ウォリナー。

 渦中の元凶の一端いったんであり、かつてセドリックを想っていた人物である。



「騎士として情けない姿をさらしてしまい、申し訳ありません」

「……」

「それで、……お願いなのですが。もしよろしければ、副団長とハルシエ様の模擬戦を見せてはいただけませんか?」

「――は?」



 思わず声が低まった。

 周りにいた何人かが「スティーブ殿、やめた方が」と止めている。恐らく彼の取り巻きだ。

 しかし、彼は引かない。ジークの不機嫌なオーラにもひるまなかった。そこだけは褒めておく。


「その、見学していて思ったのですが……副団長は強すぎて、その……防御をしている姿を見ることが全く出来なかったので」

「防御させることも出来なかったってことだな」

「その通りです。……攻撃は大変参考になりました。今の我々が不甲斐ないのも重々承知しています。だからこそ、防御の訓練として、貴方と対等に戦えそうな方との模擬戦を見てみたいのです。それが、ハルシエ様しか思いつかなくて……」


 そろりと一瞥いちべつするスティーブに、しかしハルシエは全く反応しない。のんびり本を読んだまま我関せずである。


「そ、そうです……ね。俺達も見てみたい」

「ハルシエ様と副団長なら、すっごい戦いになるんじゃ」


 新人を中心にざわめきが広がっていく。

 だが、ブレットやセドリックをはじめとする、ジーク達をそれなりに知っている者達の間ではおののく様な静けさが伝播でんぱしていった。

 そう。これは、神経を逆撫でする発言だ。

 一つ深々と溜息を吐く。


「やらん」

「やらないよ」


 綺麗に揃って、ジークとハルシエは却下した。

 スティーブが鋭く息を呑む。恐らく、ジークから発せられる怒気が爆発的に膨れ上がったのを直に感じたからだろう。彼の取り巻きは可哀相かわいそうなほど震え上がっていた。


「ど、うしてでしょうか」

「――ああ?」

「っ、お願いします。お教えいただけないでしょうか」


 それでも、スティーブが尚も食い下がる。

 奈落の穴に落ちるほどの不機嫌な声をジークが出しても、顔も視線も下げない。全身から血を噴き出しながらも立ち向かってくる様な、死地におもむく騎士を思わせる。

 普段は全く目立たなかったのに、今日に限っては何故か。

 疑問に思いはしたが、その蛮勇ばんゆうに免じて一応答えることにした。



「俺がハルシエを攻撃する時は、俺が死ぬ時だけだからだ」

「僕がジークを攻撃する時は、僕が死ぬ時だけだからだよ」


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