第八話 いざとなったらジークが守ってくれるからね


 騎士団の詰め所は、王宮の隣に鎮座している。

 ソファに寝そべったまま動こうとしないハルシエを半ば引きずる様に出発したジークは、朝の九時には詰め所に着いた。

 ちなみに、ハルシエは半分寝ていた。ジークの腕に絡んでいなければ、地面に転がっていただろう。――そんなジーク達を見て、頬を染めてささやき合っていた通りすがりの者達に、BL本恐るべし、と遠い目になったのは別の話だ。


「ハルシエ。起きられるか」

「……んー。起きてる。……爆発する?」

「まだするなよ。……今なら訓練所にいるかね」


 詰め所の中には人の気配をほとんど感じなかったため、中に入らず裏に回る。中にいるのは管理人だけだ。父の腹心だから問題ない。

 近付くにつれて、甲高い金属音や掛け声が大きくなってくる。一応訓練自体はきちんと行っているらしい。団長がいなくても、部隊長などが主導しているはずだ。そうでなければ、いざという時に騎士団が機能しなくなる。

 気配を消して近付けば、そこはジークの知る空気とは違った。

 抜き打ちして正解だった。ありえない。



「……セドリックの奴、よくまだ顔出せるよな」

「あれだけスティーブ殿のことはずかしめておいて」

「厚顔無恥とは、まさにあいつに相応しい言葉だよ」



 それなりに距離があるのに、はっきりと聞こえる罵倒。

 ブレットや他の騎士達と打ち合っているセドリックにも割と近い。

 だが、セドリックは聞こえているだろうに、涼しい顔をして訓練に励んでいた。時に見学し、時に打ち合いをこなしている。

 かなり心は削られているだろうに大した精神力だ。尊敬する。


 踏み込む前に、ジークはぐるっと広い訓練所を目視する。


 交代で打ち合いをし、見学している者がアドバイスをする。決してサボっている者はいないが、それでも全体的に空気が緩んでいる箇所がいくつかある。

 セドリックを遠巻きにしている者が想像以上に多い。春に入った新人に至っては、完全に真っ二つに割れている様だ。逆らえずに巻き込まれている者もいる。

 ちらりとハルシエを見れば、彼はぼんやりとしながら全体を把握していた。視線だけを動かした後、面白くなさそうに目を閉じる。


「お前、どこにいる?」

「中央。訓練所ど真ん中で寝転がる」

「お前なら大丈夫だろうけど、気を付けろよ?」

「ジークの剣以外当たらないよ。いざとなったらジークが守ってくれるし」

「当然だ」


 簡単に打ち合わせをして、ジークがわざとらしく大きく踏み込む。だん、とそれなりに重々しい音がした。

 すぐ近くにいた――先程までセドリックを罵っていた集団が、びくりと体を跳ねさせた。ジークの姿を確認し、更に体が縮こまる。



「よう! みんな、精が出てるな!」

「ふ、副団長⁉」



 突然現れたジーク達に、騎士達が驚いて敬礼してくる。びしっと片手を胸の前に掲げる姿は一糸乱れぬものだ。流石にここは訓練されているかと片隅で思う。


「ハルシエ様まで……。どうされたんです?」

「どうも何も、俺は副団長だぜ? みんなちゃんとやってるか抜き打ちで確認に来るのは当然だろ?」


 なあ、と肩をすくめれば、反応も見事に真っ二つに割れた。それはそうですね、とほがらかに笑う者もいれば、どこか敬遠する様な素振りを見せる者。敬遠する者は更に真っ二つに分かれ、ばつが悪そうな者と敵意を見せる者がいた。

 ハルシエが早速魔法を放ちそうだったので、ジークは近くにいたブレットとセドリックに話しかける。


「お前達も。元気そうだな」

「……おう! おとといぶりだな!」

「本当だぜ。改めて、婚約おめでとう。婚約するかもとは聞いてたけど、こんなに早いとはなー。もったいぶらずに時期も教えてくれれば良かったのによ」

「……え? ……ええ。ありがとうございます。すみません、……二人が二人の世界なので」


 否定できない。


 実際、ジークはつい二ヶ月前まで二人の婚約のことを知らなかった。プライベートで会うことがあまり無かったためだ。騎士団にいる時間も短いし、ゆっくり報告し合う暇もない。

 だが、今回の嘘を交えた話の切り出しは、世間話などではない。ライナス達に聞いたことを確認するためのものだ。


「でも、あれは……ちょうど婚約前だったか? みんなでお茶会したよな」

「お? ジーク! どうした! お茶会なん……ふごおっ⁉」

「ブレットは忘れっぽいよなあ。セドリックやアーロンもいたよな?」

「……。ええ。なかなか楽しかったですよね。珍しくハルシエもいましたし」

「そ、そうだなあ。……ブレットはちょっと……頭が残念だから仕方がないんだなあ」


 早速話の腰を折ろうとしたブレットのすねを蹴り上げ、近くにいたアーロンも巻き込んだ。

 二人はすぐに意図を察したらしく、話を合わせてくれる。顔が引きつっているのは気のせいだろう。ブレットが脂汗を流しながら直立不動で我慢しているのも気のせいだろう。


「あの時、婚約しようと思ってるんだって聞いてびっくりしたぜ。思わず、ブレットって脳筋だぞ。危なっかしいぞ? 本当にいいのか? ってな」

「……。ええ。そうでしたね」


 セドリックの顔色が一気に悪くなる。

 婚約前。ブレット。危なっかしい。

 その単語だけで、セドリックは理解した様だ。ジークとハルシエは、『相談』をされれば、『正しく』調査するのだと。

 逡巡しゅんじゅんしたのは一瞬。

 観念した様に、セドリックは眼鏡のブリッジを上げた。


「ブレットは、それを聞いて動揺していましたよね。修理中の階段から転げ落ちそうになったり」

「転げ……? ……! ああ! そうだ! いや、あれは一生の不覚だった!」

「しかも、浮かれすぎて、忘れ去られていた腐った牛乳を床にぶちまけたりしましたね」

「ぎゅ……、……う、うむ! ずっと冷蔵庫の奥にあったのを放置してしまった! オレの部屋の冷蔵庫はオレしか使えんからな! 仕方がないだろう!」

「その上、せっかくもらったラブレターを『うん? 誰宛だ? 宛名が書いてないな。届けてやろう!』と本気で言って差出人のところへ行こうとした時は、どうしようかと思いましたよ」

「わ、……わ、はははははは! いや、まさかオレ宛てだとは気付かなくてな! ……どちらにせよ、お前しか見えていなかったのだ。わかっていてもすぐ断ったぞ」


 ブレットの真っ直ぐな言葉は不意打ちだったらしく、セドリックの顔が薔薇色に染まる。今、二人の間に薔薇が咲き乱れた。ジークは幻視した。

 それを黙って聞いていたアーロンが、ぱちりとジークに目配せをする。


「……そういえば、セドリックも婚約した直後とか浮かれすぎてたよなあ。買ったばかりの本破っちゃって、落ち込んでたことあったよなあ」

「――。……、え、ええ。あの時は、自分の不甲斐なさに呆れ返りましたよ。慌てて買いに戻りましたから」


 一瞬、セドリックが息を呑む。アーロンを非難がましく見つめていたが、もう遅い。


「それに、聞いてほしいんだなあ、副団長。セドリック、剣の手入れ忘れてつかはずれかけた時があってなあ」

「うわ……危ないだろ。気を付けろよ」

「……。……すみません」

「二人とも、しばらく浮かれすぎて目も当てられなかったなあ。こっちの身にもなって欲しいんだなあ」

「はっはっは! すまんな! オレ達は言葉にしなければならないことはすることに決めたからな!」

「はあ……ずっとこの調子なんだなあ。……ジーク、助けてほしいなあ」

「ああ。……少しお灸をえないとな」


 アーロンの懇願に、ジークも真正面から答える。

 どうやら悪化の一途いっとを辿っている様だ。本腰を入れなければならない。


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