第九話 騎士ってセンスないよね


 そんな風に、ジークが『お茶会』の話題を通して事情を聴いている間、視線を複数感じた。

 その中で一番強い視線をさりげなく辿っていくと、燃える様な真っ赤な髪にぶち当たる。


「……あれは」


 シャロンか、とジークは内心で呟く。

 彼女は、カティスバード侯爵家の令嬢でスティーブと同じ髪色を持つ騎士だ。彼と同じ髪色ではあるが、血縁関係はまるでなく、全くの他人である。

 しかし、彼女はなかなか言葉遣いは荒いが、真っ直ぐな性質の持ち主だったと記憶している。何故、そんなに強い目でセドリックを睨みつけているのか。

 いや。


「……スティーブもか?」


 シャロンはセドリックとスティーブ、双方に視線を注いでいる気がした。

 ジークがシャロンの視線に気付いたのを感付いたのだろう。ふいっと逸らして、次にスティーブの方を見やる。腕を組みながらそちらに注ぐ視線もかなり強烈だ。

 少し気になったが、そこまでの接点があるわけではない。今話しかけるのは不自然だと判断して、また別の視線を探ると。



「……あれが、夜空のきみか……」

「あの物憂げな横顔とか、色っぽすぎるだろ……」



 ひそひそと遠くからささやかれる言葉に、ジークの肌がぞわりと立つ。

 だが、ハルシエはどこ吹く風だ。まだ眠いのか、瞬きもものすごくゆっくりだ。


「なあ、夜空の君って……」

「ハルシエのことですよ」

「……。本には書いてなかったぞ?」

「騎士達が勝手につけてたぞ!」

「センスないよね」


 本人にばっさり切られたが、幸か不幸か相手には届かなかった様だ。

 そして、地雷を踏んだ。



「……俺、ちょっとそそられる」

「だって、あの人、毎晩副団長の夜の世話してるんだろ?」

「だったら、ワンチャン、おれ達も――」



 ごっ! と、噂話をしていたかたまりのすぐ傍を、凄まじい烈風が吹き荒れた。じゅっと、ありえない音を立てて地面が灼熱しゃくねつえぐれ、遥か彼方にあった大木や壁が綺麗に割れる。

 ぎぎぎ、と、塊達がび付いた様に首を動かした先には。



「ずいぶんとたるんだ騎士がいるじゃねえか。――いっぺん死ぬか?」



 殺意を激しく吹き荒らしたジークがたたずんでいた。

 当然、剣はすでに抜き身である。ざりっと一度地面を踏みにじる音を上げれば、面白いほどに震え上がった。


「い、いえ! その、俺達……」

「――ああっ?」

「ひいっ!」


 眼光鋭く睨みつければ、情けなくへたり込んでしまった。逃げることさえ出来ないとは、本気で腑抜ふぬけだ。


「ジーク、過保護だよね」

「んなことねえよ」

「溺愛だね」

「そうかもな」

「僕って愛されてる」

「当たり前だろ」


 ハルシエが馬鹿にされるのは我慢ならない。

 当然の報復だと胸を張れば、ハルシエはとん、と寄りかかってきた。満更でもないらしい。

 あいつらは後で地獄の訓練を付けてやる。

 大いに私情を挟んだ計画を立てていると、またも地雷を踏んだ馬鹿がいた。



「……本っ当、えらっそうだよな」

「普段、こっちに顔出さないくせに」

「副団長って言ってるけど、毎日、傾国の恋人にかまけてる愚鈍だって――」



 しゃっと、清冽せいれつな音が雑音がした方向から上がる。

 同時に、ジークの隣から澄み切った夜空の香りがした。


「……ひ、……ひ、いっ⁉」

「あ、あ、……あああああああああああ……っ!」


 震え上がって膝から崩れ落ちる彼らは、呆然と自分達の周りに舞い落ちる布切れや髪の毛を見つめる。

 はらはらっと、穏やかに舞い散る光景とは裏腹に、周囲を暴れ狂う凍える殺意は苛烈かれつを極めた。



「――ねえ。次は、下半身を切り刻まれたい?」



 聞いているだけで心臓から凍り付きそうな声を出すハルシエに、彼らはとうとう失神した。泡を吹いて倒れ伏す。

 そんな彼らは、頭をすっかり丸坊主にされ、上半身の服を綺麗に切り刻まれていた。下半身までいかなかったのは、一応周りに女性の騎士がいるからだろう。


「……お前も相当過保護だよな」

「ジークほどじゃないよ」

「溺愛されてるな」

「ジークですから」

「愛されてんなあ」

「当たり前じゃない」


 淡々と断言するハルシエに、ジークの頬も緩む。嬉しいものは嬉しいのだ。

 感謝をこめて髪をくしゃりと撫でると、ハルシエは満足げに微笑む。滅多めったに笑顔を見せないハルシエに周囲がざわついたが、ジークがひと睨みすると綺麗にんだ。



「……二人は、ブレないですね」

「ハルシエを侮辱する奴は滅べばいいんだよ」

「ジークをおとしめる輩は死んだ方が良いよね」



 二人の過激な発言は、はっきりしっかり周りに行き届いた。当然みんな震え上がった。

 今の二人を狙った恐れ知らずな者達は、全員春に入ったばかりの新人だ。故に、二人がどれだけこのくだらない、特に互いを侮辱した発言を叩き潰しているか知らなかった。

 叩き潰した中には、当然再起不能になった者もいる。

 それを目の当たりにした騎士達ならば、絶対に二人を揶揄やゆしたりはしない。誰だって命は惜しいのだ。


「……、……私も」


 そうすれば良かったのか。

 果たして本当にセドリックがそう言いたかったのかは分からない。少なくとも、ジークには空耳として聞こえた気がした。


「――よしっ! 今日はこの鬼畜副団長様が、みっちり稽古をつけてやる! まずは二グループに分かれろ!」

「げ、げえ……っ!」

「よっしゃ! 今日こそ一発入れる!」

「その前に……ハルシエ!」


 阿鼻叫喚が広がる予感に怯える騎士や、鼻息荒く打倒ジークを掲げる騎士など様々だ。

 それを制して、ジークがハルシエを呼ぶ。

 ハルシエは特に返事もせず、マイペースに歩き、歩き、中央まで歩き。



 ぱたん、と訓練所のちょうど中央に寝転がった。



 は? と異口同音が聞こえそうな空気の中。



「僕を踏んだり土煙をかぶせたら、殺すからね。――ジークが」



 淡泊に告げて、ハルシエはふところから本を取り出す。そのまま黙々と読み始める彼に、騎士達の半分くらいは顔が引きつった。

 土煙に関しては、魔法で防護壁を張っているからかからないだろう。あれは、寝転んでいる地面からもわずかに浮いている。相変わらず器用だ。


「というわけで、状況を限定する。今からお前らには、背後で怪我して動けない一般人達を背にかばい、敵から守り抜いてもらう。当然、退路は無し」

「……」

「せいぜい守り抜けよ? ――俺を退屈させないように」


 鬼だ。


 ハルシエを万が一でも踏みそうになっても駄目。ジークに抜かせても駄目。

 二グループに分かれても三百人近くいるのに、まるで勝てる気がしない。

 不敵な笑みを浮かべて仁王立ちするジークに、騎士達は恐れと敬意とやっぱり恐れをこめて剣を強く握り込んだ。


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