第七話 フレンチトーストが欲しいのは武者震いのためだよ


 更にカロリナやライナスといくつか確認事項を終えてから、二人を送り出す。

 まだまだ全貌解明とはいかないが、それでも新しい情報もあった。

 明日ブレット達に確認することも増えた。是非とも説教をしてやりたい。


「ジークはトップと二位が好きだよね」

「まあな。お前もだろ」

「ジークが好きだから許容してるだけだよ」

「よく言うぜ。式に出ようとは思うんだろ」

「BL本が正しいかどうか見届けてみたいからね」


 何故ここでツンデレっぽくなるのだろうか。ハルシエは、家族やジーク以外への好意は素直ではない。

 そこが可愛らしいと思うあたり、ジークの頭の中も可愛くなっているのかもしれない。隣に――は腰かけられなかったので、寝てるハルシエの頭を膝に乗せながら苦笑した。


「そういえば、二人の本は、僕達とは違って割と的を射ているんだよね」


 いきなりBL本の中身の話になった。

 何故ここで、とげっそりする。



「的を射てるってなんだよ……」

「二人の気持ちの動きだよ。あの二人って、いがみ合ってた時からお互いのこと好きだったしね」

「はあっ⁉」



 あれだけ顔を合わせれば、ぎゃーぎゃー喧嘩腰になっていた二人が、互いに思い合っていた。

 目がおかしいのではないかと思ったが、ハルシエはどこまでも無表情で真面目だった。


「どこでこじれたのか知らなかったけど、学院に入った時だったんだね。トップの何気ない言葉を挑発と捉えて、二位が打倒を掲げたらしいよ。それから、トップがいつも『オレの勝ちだな!』って意図もなく勝ち誇って、その言動に二位が馬鹿にされたと思って躍起になる……。印象通りの理由だったよ」

「……え。それマジなのか」

「前にカロリナが言ってた。二人の親が頭抱えてたって」

「へ、え……」


 カロリナの取材力、侮りがたし。


 ジークとハルシエの場合は、両親も渡す情報を絞っていたのだろう。一巻を見ただけでもよく分かる。

 それに、ジーク達のやり取りは、背景を知らなければ近くにいても深くは読み取れない。そういう意味では、ブレットとセドリックの方が遥かに解像度が高いのも納得出来た。


「僕から見てもすれ違い片両想いラブだったのに、ジークはどこまでもジークだったね」

「悪かったなあ。どうせ俺はハルシエしか見てないよ」

「僕も君しか見てないよ」

「だったら、何で二人の気持ちがわかったんだよ」

「恋愛力」

「あるか?」

「僕の愛読書はラブロマンスです」


 淡々と胸を張って告げるハルシエに、へえへえとおざなりに流す。物語がリソースであることに、若干不安を覚える。


「そんなジークには、BL本を貸してあげる」

「……あいつらの本じゃねえか」

「どれだけ二人が裏で思い合っていたかがよくわかるよ」

「……ねやは?」

「一巻からあるね」

「おいっ」

「クライマックスだけだから、読み飛ばせば? 僕は読んだけど。だって、大事な部分だからね」

「……、……お前の図太さが羨ましいよ」


 何が悲しくて、友人のラブラブ話を読まなければならないのか。

 いや。そういえば、あの二人はジークとハルシエの本の内容を知っていた。序の口だとも笑い飛ばしていた。

 つまり、彼らはジーク達の閨の話まで読破済みだ。周囲には変人しかいない。悟った。


「はあ……。のぞき見するみたいで気が引けるが」

「あの二人は僕達の素っ裸を覗き見してる。問題ないよ」

「問題しかねえな」

「本家を見せつけなければ問題はないよ」

「問題しかねえよ」


 そんなハルシエが読んでいるのは、ジーク達の最新刊だ。カロリナから献本けんぽんを受け取った時に読破していたはずだが、また読んでいるということは気に入ったのか。表面上なのに。


「お前、なんだかんだ俺達の本、好きだよな」

「この本の黒幕は、観察魔を追い詰めた黒幕を実際のモデルにしてる。コテンパンにする過程が面白いよ」

「どうなった?」

「読んでのお楽しみにしておきなよ」



 つまり、全巻読めと。



 とんでもないパートナーだ。ハルシエの神経に到達する日は来ない気がする。


「しっかし、ブレットの嫌がらせの方は聞けなかったな」

「観察魔に依頼したのは、二位の父親の独断なんでしょ。これからトップの父親から詳しい話を聞くって言ってたし、まだ全部は知らないんじゃない」

「なら、本人に聞くしかないな」

「ファルクス団長には手紙飛ばしたよ」

「サンキュ。抜き打ちで少しは何かつかみたいな」


 父である団長には、明日は不在としてもらう。その方が緩んだ空気に抜き打ちが効きやすくなるからだ。

 とりあえず、ジークは久々に騎士団で訓練を付けることにした。ハルシエも見学に来てくれるし、彼の方でもぐうたらしつつ調査をしてくれるだろう。正直、ジークだけだと見落とす可能性がある。


「しっかし、スティーブか……。俺もそんなに接点ねえなあ」

「儚げ美人」

「薄幸はどうした」

「どっちでも良いかなって」

「適当だな」

「興味なかったからね」


 同年代でなければ存在すら覚えていない、といったところか。相変わらずである。

 だが、それだけ興味が無いということは、少なくとも極悪人認定はされていないということでもあった。


「スティーブについての本は発売されてないのか?」

「無いよ。あったら一応読んでる」

「お前、片っ端から読むもんなあ」

「恋愛力もそこからついた」

「恋愛力以外ないのかよ」

「読書力」

「それは昔からだな……」

「妄想力」

「もう何も言わねえからな」

「言ってる」


 素晴らしいツッコミを受け、ジークは押し黙る。ハルシエに口で勝てる気がしない。


「本が無いから、スティーブの取り巻きが誰かは覚えてないよ」

「問題ない。悪意持ってる奴だけ探してくれ」

「フレンチトーストを所望します」

「昨日たらふく食べたじゃねえか」

「武者震い」

「震えてないぞ」

「じゃあ、震えます」

「やばい奴に見えるからやめろ。わかったよ……」

「今日はきのこと肉を所望します」

「へえへえ。肉のたたきもつけてやるよ」

「ん」


 ソファの上で寝ながら震えていたハルシエは、上機嫌になった。毎度折れるのはジークである。

 だが、ぐうたらなハルシエを引きずっていく以上、ご褒美はあげたい。本当なら好きな時に好きなだけ家でぐうたらするのが日常なのだ。

 心おきなくぐうたらするためにも、友人のうれいは解決したい。さっさとしたい。そうでないと、精神的に暴発して滅ぼしそうだ。


「明日の朝、フレンチトーストな」

「美味しい」

「まだ作ってねえ」

「美味しくないジークの料理は無いよ」

「嬉しいこと言うな」


 立ち上がりざまにハルシエの頭を撫でれば、おひさま、と返ってきた。

 しばらくはハルシエの中で、おひさまイコールジークとなるのだろう。


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